とある王家の影
うちの国の王子様はバカだ。
それも生半可なバカじゃなく大バカ者ときてる。
ブロワ公爵家のキャサリン様との婚約を一方的に破棄して国に多大な損失を出しているというのに反省の「は」の字もない。ヴィエンヌ王国で自身の役回りをこなしてきたのは結構だが、余計な知恵まで付けてきやがった!
王子は帰国早々に「民の暮らしを知りたい」と言いだし、市井にお忍びで視察する事を希望した。ああ、そのセリフを最初に聞いた時は「ようやくバカ王子も王族の自覚が芽生えたか」と感動したもんだ!
あの時の感動の涙を返しやがれ!馬鹿野郎!!
「民の暮らしもそれほど困窮しているようには見えないな」
当たり前だ。
まがりなりにも王子の視察だ。
事前に何処に足を運ぶのかは打ち合わせ済みだし、ここら一帯は中流階級が多い。比較的裕福な庶民ばかりだ。
「税金が上がっているのに給料が上がらないという話を聞いた。雇用者は労働者を酷使しているのではないか?」
ケチな雇い主がいるのは確かだ。
だが、今は何処かの誰かさんのせいで不景気なんだよ!賃金を上げたくても出来ない状況なんだ!分かれよ!
「輸入品が二倍の値段になっているそうだ。外交官は何をしているんだ?」
関税を引き上げられた原因が言うな!
輸入停止されなかっただけ有難いってもんだ!
今じゃあ、コーヒーもチョコレートも贅沢品に成っちまってる!
農業国から小麦を買い取るのも一苦労している有り様だ。
「やはり政治が悪いんだな。皆が言っている」
政治ねぇ。
王子様が言う「皆」は誰の事だ?
自由思想に気触れまくっている若い連中の事か?
まあ、バカでかい声でいいまくっているからな。嫌でも耳に入るってもんだ。だが、あんなお綺麗すぎる言葉を真に受けるなんて……アホ過ぎるだろ?
王族教育は厳しかったはずだが……この王子様には何一つ身に付いちゃあいないな。
今まではキャサリン様が実質の「女王」として君臨するはずだったからそれで良かったんだが……あの王子じゃあな。お先真っ暗だぜ。
「時代は平等な社会だ!」
バカ王子がアホどもと意気投合してやがる。
頭湧いてんのか?
そんなお綺麗な理想主義で何が出来るっていうんだ!
仮に政権を奪い取った処で上手くいきっこないだろ!
若いからか?
それとも無責任に騒いで誰かが何かをしてくれるのを待っているのか?
溜息が出る。
ただでさえ面倒な事態になっているっていうのに。ここ数日、リベルタ共和国からの密入国者が多い。検挙して強制送還してはいるが……嫌な予感がする。




