宰相の息子4
殿下は素直な方だ。
王宮で育ちながら擦れることなく純粋でいられたのは偏にキャサリン様がいたからこそだ。周囲がキャサリン様の婚約者である殿下に気を遣い、キャサリン様も殿下に対する悪意の全てを処理してきたのだろう。だからこそ、殿下は悪意にさらされていながら今一つ自覚が乏しい。鈍い以前の問題だ。危機管理が欠落しているといってもいい。
だからアレックスの事も簡単に口に出せたのだろう。
相手が殿下でなければアレックスの事だ。白い手袋を投げていたはず。
それだけリベルタ共和国に関してはデリケートな問題なのだ。あの調子で他の貴族にも同じような事をしでかさないか心配だ。
リベルタ共和国。
その名はコムーネ王国では禁忌の一つでもある。
いや、王国の大半がリベルタ共和国を忌避している。数十年前に平民たちがクーデターを起こして国王夫妻とその王子王女、数多の貴族を処刑して、「民衆のための国」を造った。
当時の王妃はコムーネ王国の王女殿下。
国王陛下の叔母上にあたられるお方だ。
我が国の王女殿下が異国の地で断頭台の露と消えるなど……。
あの国が「共和国」と名前を変えた時から今に至るまで国交は断絶している。これから先も開くことはない。殿下の教育係達も詳しい経緯までは話してはいないだろう。王家にとっても「悲劇」であり「タブー」の代物だ。未だにリベルタ共和国から王女殿下と付き添った女官たちの遺体の引き取りに応じてくれない。にも拘わらず、奴らは図々しくも「国交の正常化」を訴える。その前に遺体を返せ!話はそれからだろう!非常識な野蛮人どもが!!
僕も宰相である父上から学園卒業と同時に「リベルタ王国最後の王妃の悲劇」を聞いた時には仰天した。しかも「悲劇の女官たち」の中に騎士団団長の叔母上がいたのだからな……。アレックスにとっては大叔母にあたる人物だ。殿下の話でアレックスは全てを知っているのだろう。だから難色を示した。
キャサリン様が殿下の婚約者であったなら上手くフォローしてくれていただろうに……。
あのお方の事だ、殿下が疑問に思う前に別の興味ある話に誘導してくれていたはずだ。
いや、そもそもリベルタ共和国人と殿下を接触させるようなマネはさせなかった。
……どうも我々は、殿下の事でキャサリン様に甘え過ぎていたようだ。
これから先も殿下は相当の苦労をするだろう。
もう答えを教えてくれる相手はいないのだ。
失敗をしてもフォローして正しい方向に道を示してくださる方はいない。




