騎士団長の息子1
エドワード殿下が去っていく姿が見えなくなるまで見送った。覚束ない足元だったが大丈夫だろうか?ちゃんと寄り道せずに宛てがわれた客室に戻ってくださるといいのだが。
それよりも……。
「いつまで隠れているつもりだ?」
私の呼びかけにバツが悪そうにテラスから出てくるヴィクター。
「す…すまない。聞くつもりはなかったんだが……」
「それは分かっている。この部屋に後から入ってきたのは私と殿下の方だ。私もまさか殿下がこんな場所であのような話を持ち掛けられるとは思わなかった。普通、極秘に勧誘する場合は部屋を貸し切りにするか、宛てがわれた客室で交渉するものだからな。その前に、私を側近にしたいなどよく言い出せたものだ。王家の過去を考えれば言えるようなセリフではないと思うのだがな」
「……僕達が生まれる前に起きた騒動だ。殿下にとっては歴史の出来事なのだろう」
「百年も経っていない。ほんの六十年前の出来事が歴史か?」
「殿下には歴史的事実に過ぎないのだろう」
「王家には過去の終わった出来事だろうが、ベデヴィア伯爵家はそうではない。決して忘れられない出来事であり、過去ではなく現在も続いている悲劇だ」
殿下が知らないはずは無い。
王家は六十年前の悲劇を教え込んでいるはずだ。
先代国王が何をしでかしたのか。
それによってどれ程の悲劇が国内に起きたか。
特にベデヴィア伯爵家が流した血の多さ。
国を憂いて残された忠臣たちが帝国の属国に舵を切ったのだから。
「それを知った上で私を勧誘しようとは、殿下は中々大胆なお人だ」
「アレックス……」
「そんな顔をするな、ヴィクター。私は大丈夫だ」
「もう……戻らないつもりか?王都には」
「いいや。スタンデール辺境伯爵家が落ち着いたら王都に凱旋するつもりだ」
「大仰だな。まるで戦地にいくかのようだ」
「似たようなものだろう?国境にあたっている領地持ちの貴族にとっては何時戦地になってもおかしくはない。キャサリン様を失った我が国が未だに他国に攻められないのは帝国基地が存在しているからだ」
「ああ……そうだな」
「帝国軍が撤退すればそれこそ我が国は終わる」
その前に何とかしなければならない。
帝国は海側の南方面は守ってくれるだろう。だが、それ以外を守る必要性はないのだからな。
ヴィクターもその事に気付いたのだろう。顔色が悪い。宰相家に生まれた割には繊細な質だからな。これからも王家によって苦労させられるだろう。




