王子2
アレックスに忠告された日から一週間が過ぎた頃には、キャサリンの価値を嫌でも理解する事が出来た。
高貴な血筋と並ぶ者のない美貌、十二ヶ国語を流暢に話し一度会話した相手の事は決して忘れないという記憶力、豊富な知識。それらを武器にグランデン帝国の外交を一手に任されているそうだ。細やかな気配りや相手の立場を思いやる心配りに心酔する外交官が後を絶たないと聞く。近々、帝国は東方の国々とで新しい何かを始めようとしているらしい。東方の国々との交流が今以上に深まり貿易は更に発展を遂げるだろうとの噂だ。
東方の国々との貿易拡大なら港が必要になる。
帝国は内陸部に位置している。港が無いわけではないが、浅瀬が多く大型船が行き来する事は難しい。そのため、「属国の中で巨大な港を整備させる計画が上がっている」と海に面した国々は目をギラつかせながら話していた。恐らく、港候補の国々なのだろう。
我がコムーネ王国は海洋貿易が盛んだ。
当然、我が国も候補に挙がっているとばかり思っていた。
「殿下、それは有り得ません」
アレックスの冷たすぎる声音で説明された現実に冷や汗が止まらなかった。
キャサリンとの婚約をなくしたコムーネ王国は候補にも入っていなかった。アレックスがいうには、キャサリンの婚約者のままなら候補どころか確実にコムーネ王国に巨大な港が建設されていた、と。それを放棄したのは他ならぬ自分だと。この港建設の話が話題になっているのは僕とコムーネ王国に対する嘲りと嫌味である……と。
その後も情報不足な僕をアレックスとヴィクターがフォローしてくれた。
ヴィクターも優秀だが、アレックスはその上をいく。
近衛騎士団団長の息子という事で武術にのみ秀でているとばかり思っていたが、そうではなかった。文武両道に優れている上に教養深い。こんな逸材が隠れていたとは驚いた。騎士になるなど勿体ない。側近として僕の傍にいるべき人物だ。ヴィクターはいずれ宰相の跡を継ぐだろうから側近になる必要はないが、アレックスは別だ。このままいけば父親の跡を継いで近衛騎士団団長になるだろうからな。今のうちに引き抜いておかなければ。幸いといってはアレだが、僕には側近という存在はいない。何代か前までは幼い頃から「側近」という名の「学友」が選ばれていたらしいが、古い制度という事で今では学園卒業後に「側近」を選ぶシステムになっている。現に父上も学園を卒業してから選ばれたようだ。
僕の「最初の側近」はアレックスにしよう。
将来の国王の初の側近に選ばれる栄誉だ。きっと喜ぶだろう。
「それは出来ません」
断わられた。
僕の勧誘を断わるなど考えもしなかった。断わる理由が分からない。というよりも王子の自分を拒否する行為にただ驚く他ない。
「何故だ?」
理由を知りたい。
やはり父親の跡を継がないといけないからか?
ベデヴィア伯爵も子宝には恵まれなかったようだからな。
「私は帰国後、スタンデール辺境伯爵家に婿入りする事が決まっております。エドワード殿下の側近になる事は出来ません」
予想しなかった応えが返ってきた。




