王子8
「アレックス……すまない。意味が分からん」
キャサリンが『特別』とはどういう事だ?
気に入っているから養女にするのか?
それなら帝国皇帝は趣味が悪いな。
「キャサリン様の母君であらせられるエリーザベト様は皇帝陛下にとって掌中の珠ともいうべき妹君です。キャサリン様がお生まれになるや、お忍びで度々ブロワ邸にお越しになっていた程です。それだけではなく、皇帝陛下自らキャサリン様を抱いてあやすほどの溺愛ぶりだったそうですよ」
冷酷非情な帝国皇帝がキャサリンを溺愛!?
「……知らなかった」
「あくまでも『お忍び』という形を取っておられましたからね。王宮ではなくブロワ公爵邸に滞在していらっしゃいましたので知らない者の方が多いです」
いや、我が国に滞在していたという話もそうだが帝国皇帝がキャサリンを溺愛していた事の方が驚きだ。
どうも釈然としない。
「それでもおかしくないか?いきなり帝国に来させるなど……」
「殿下との婚約がなくなったからに決まっております。コムーネ王国の第一王子殿下との婚約が白紙となった今、キャサリン様を我が国に置いておく理由がなくなりました。ある筋から聞いた話では殿下との婚約解消が正式に決まった次の日に帝国の外交官がキャサリン様を訪ねたそうです。恐らく皇帝陛下の書状を持参していたのでしょう。どうやら皇帝陛下はキャサリン様を養女にする件を諦めてはいらっしゃらなかったようですよ」
なんだ?終わった話ではなかったのか。
しかし……。
「そこまでの価値がキャサリンにあるのか?」
何故かアレックスは溜息をつくと、哀れみを含んだ目で告げてきた。
「これは私の推測に過ぎませんが、キャサリン様が我が国に戻って来ることはないと思われます」
「は!?」
「戻る理由もありませんし、周囲も反対なさるでしょう」
「ブロワ公爵家はどうなる!?」
キャサリンがいなければ誰がブロワ公爵家を継ぐんだ!
僕とアリスを支えてくれないのか!?
「特に問題はありません」
「問題は大有りだろう!公爵家が無くなってしまうのだぞ!」
「公爵家は同じ血縁者から養子を貰えば済む話ですし、現当主が亡くなった後で公爵家の全てを王家に返却すればいいだけです」
確かにその通りだが……。
「何の問題もありませんよ、殿下」
何時ものように微笑んだアレックスに僕はもう何も言えなかった。




