宰相の息子3
「ジュリエット殿は頼もしいな。ヴィエンヌ王国でもよろしく頼む」
「それは私が言わなければならないセリフですわ」
「そうか?」
「そうですとも」
「ふふふふ」「ほほほほほっ」
系統の違う美貌の令嬢二人が見つめ合って笑い合う姿は知らない者が見れば眼福だろう。
「アテナとジュリエット嬢は気が合うようだな。歳も離れているし、性格が正反対のようだから心配していたが大丈夫そうで安心した」
「……性格は似ているかもしれないぞ」
アテナ嬢は僕達より2つ上の21歳、それに対してジュリエットは16歳だ。確かに年齢が少し離れているから話などが合わないと心配するアレックスの気持ちも分かるが。女性らしく綺麗な物を好むジュリエットだが中身は実に男らしい。
幼少期は下の弟達を拳一つでいう事を聞かせ、着実に舎弟を増やしていたからな。今の姿からは考えられない子供時代だ。
姉弟喧嘩も凄かった。
ジュリエットの圧勝だ。殴る蹴るを繰り返し、そこに付け入る隙は全くない。一時は飛び蹴りまで繰り出していた程だ。憐れなのはジュリエットの弟達だ。実の姉に体でどちらが上位者なのかを理解させられたのだからな。彼らは一生ジュリエットに頭が上がらないだろう。武闘派の傾向にあるアテナ嬢と気が合うのも納得するばかりだ。
「強い女性はそれだけ魅力的というものだ」
アレックス……?
「アテナとジュリエット嬢で『義姉妹の契り』を交わすのも良いかもしれないな」
「はっ!? 『義姉妹の契り』?なんだそれは……『義兄弟の契り』の間違いではないのか!?」
アレックスがおかしな事を言いだした。
何だ、『義姉妹の契り』とは。普通、『義兄弟の契り』だろう!
生死を共にする覚悟を男同士で誓う儀式だ。
特に、戦乱の時代に多かった「約束事」だ。平和な今では廃れた古臭い慣習といってもいい。戦場に出征する男達の間で交わされる「約束事」は、実際には女性の救済を意味している。要は「私が戦死したら、生き残った義兄弟のお前が私の妻の面倒をみてくれ」という意味が込められている。場合によってはそれが「母」や「姉妹」、「恋人」になる時もある。
「保護される側である女性の間ではそんな契りを交わす必要性はないだろう?」
「本当にそう思うか?」
「常識的に考えて契りを結ぶのなら僕達の方だろ……」
「インドアの私たちには縁のない話だよ」
「僕は兎も角、アレックスは違うだろ?学園を卒業した後も鍛えているじゃないか」
「それでも彼女たちに比べたらお遊戯みたいなものだよ。なにしろ実地経験が無いからね」
ん!?
実地の経験……まさかアレックス…ジュリエットの事を知っているのか?
いや、まさかな。
あれは子供の時の話だ。
ジュリエットのヤンチャ時代を知っている者は貴族社会では少ない。というか、大体がジュリエットの下僕だ。今は実弟たちの下僕になっているようだが……。
「ジュリエット嬢もアテナ同様に狩りが得意だと聞いているからね」
ああ、狩猟のことか。驚いたぞ。
「戦う二人はさぞかし強いことだろうね」
アレックス、これ以上言うな。言葉の裏を読み取るマネはしたく無いんだ。
僕はメガネの位置を直すふりをしながらアレックスを盗み見る。
普段通りの穏やかな笑顔だが、今はその微笑みが恐ろしく感じる。
一週間後にはこの国を出るというのに不穏な空気に満ちている事に気付かないフリをした。




