宰相の息子2
冷や汗が止まらない。
エドワード殿下たちの踊りを鑑賞しながら左横で毒づくジュリエットも恐ろしいが背後の玉座に座っている両陛下の沈黙も怖い……振り返れない。
「アリス嬢の踊りは素晴らしいな」
右隣にきたアレックスは穏やかに微笑んで賛辞を口にする。
「嫌だわ、アレックス様。人は何かしらの特技があるものです」
「私は芸術に関する才はとんとないから羨ましいかぎりだ」
「特技はダンスだけではないようですよ?独創的な音楽の才能をお持ちのようですわ。殿下が褒めていらしたのを聞いた方がおりますの」
「それは凄いな。殿下に褒められる事など中々ないことだ。私など凡庸な音しか出せないからね」
嘘を吐け!
お前フルートの名手だろう!
「まぁ、御謙遜を。アレックス様のフルートの音色は誰よりも素晴らしいではありませんか。プロになれない事をマエストロが酷く悔しがっていると伺っておりますわ」
そうだそうだ!
文武両道に音楽にかけては天才と名高い。
「大層なものではありません。お耳汚しにならない程度のものですよ」
……アレックス、何言っているんだ?
お前の謙遜は知っている者からしたら「嫌味」にしかならないぞ!意味的に逆ですよね。
「アレックス様、過ぎた謙遜は嫌味ですわ」
「そうだろうか?」
「そうですわ。アレックス様の事をよく知っている方が聞いたら自分を馬鹿にしているのではないかと勘違いする者も出てきますわよ」
心底呆れたように言うジュリエットに同感だ。つい、相槌を打ってしまった。
「ヴィクターまで……」
眉を下げて困った顔のアレックスは年齢よりも幼く見える。
何時もは冷静沈着で穏やかに微笑んでいる彼にしては珍しいが、いい加減自覚すべきだ。自分が出来すぎるという事を。
「二人ともそこまでにしてくれないか?私の婚約者が困っている」
前からシャンパングラスを片手に長身の美女が登場した。
アレックスの婚約者だ。
「アテナ、もう良いのかい?」
「彼女たちも私の晴れ姿を見たら満足してくれたよ」
「ドレス姿のアテナは珍しいからね。皆、喜んだだろう」
「肖像画を描かせたいと言いだしたレディが数名いるのだが……いいだろうか?」
「私の許可などいらないよ」
「そういう訳にはいかない。アレックスは私の婚約者なのだからな。未来の夫君の許可は必要だろう?」
「人気者の妻を持てて光栄だよ。肖像画の件は私の方で任せてもらおう。人物画に定評のある画家を知っているからね」
「アレックスの見立てなら確かな腕前だろう。そちらは任せる」
「描かせるのは帰国してからになるけれど大丈夫かい?」
「私の可愛いレディたちは待ってくれるさ」
「それは僥倖だ」
これが婚約者同士の会話とは……。
アテナのいう「可愛いレディたち」とは、彼女の「ファンクラブ」のメンバーの事をいってるのだろう。
アテナ・スタンデール辺境伯爵令嬢。
女性にしては高い170㎝の長身のスレンダーな美女は会場の中でもシンプルな装いをしているが、それが却って目立っていた上に彼女にしか着こなすのは難しいであろう独特のデザインだ。恐らく、婚約者であるアレックス自らが選んだドレスなのだろう。
スタンデール辺境伯爵家は「武断派」が多い。
例に漏れず、アテナ嬢も武術の達人だ。並みの男では歯が立たない。
しかも彼女は普段男装をしている。
中性的な美貌に男姿はよく似合っていた。
まさに「男装の麗人」だ。
そこらの男よりもずっと女性にモテてもいたが……。
彼女が女性にモテる理由は、美貌だけでは無いだろう。本物の男よりもずっと女性の扱いが上手い。女性のツボを心得ているというべきだろう。
「アレックス様とアテナ様は相変わらず仲が宜しいですわね」
「ジュリエット殿こそ、両陛下たちとの挨拶後もヴィクター殿と寄り添っておいでだ。私たちなど及びもつかない睦まじさではないか」
私とジュリエットが仲睦まじい?
アテナ嬢、私は弄られているのだが……。
「まぁ、ヴィクターはおじくそですから私が傍にいないといけませんのよ」
ジュリエット……。
臆病者呼ばわりは酷いのではないか?
いや、その前に、君はどうも下町言葉を知り過ぎている!
どこから覚えてくるんだ!?




