王子5
そう言えば、僕はアリスが男爵令嬢であった時の事を全く知らない。
アリスが話さない事もあるし、僕自身も積極的に聞くことも無かった。
実父が亡くなった事を機に男爵家が没落して、母娘で苦労したという事は辛うじて知っている位だ。
「まぁ、御苦労なさったのですね。
チャーリー・ランカー男爵は“法の番人”とまで言われた法務大臣で、自分にとても厳しい方でしたわ」
「王妃様は祖父の事を御存知なんですか?」
「妃になったばかりの頃は、政治の何たるかを理解しておらず、陛下共々男爵に助けられたものです。
同僚や部下、果ては目上の方ともぶつかり合っておいででしたが間違った事は何一つ言わない方でもありました。御子息が男爵の跡を継いで政界に入るものとばかり思っていましたが……別の道を選んだ時は驚いたものです」
「あ…父は祖父と折り合いが悪かったようで、祖父の反対を押し切って商売の世界に行きましたから」
「政界とはまた違った厳しい競争社会においても成功を収めたのですから、流石はランカー男爵の子息だと、当時はかなり話題になっていましたよ。確か伯爵家の御令嬢と結婚をなさって長男が誕生したと聞いた事がありましたけど……」
「それは私の兄です」
兄!?
アリスには兄がいたのか?
そんな話聞いた事がないぞ!
いや待てよ。
さっき、王妃様は「伯爵令嬢と結婚した」と言っていた。
伯爵家ならば高位貴族だ。
アリスからは、マナーの殆どは母君から学んだと聞いた事がある。
伯爵令嬢が母親なら、何故、マナーが下位貴族なんだ?嫁いだのが男爵家だったからか?だから下位貴族の教育しか施さなかったのか?
「兄君とは随分と歳が離れていたようですね」
「兄といっても異母兄ですから……十五歳も離れていたせいか、兄という感じはあまりしませんでした。私が七歳の時に病気で亡くなりましたから…構われた記憶もありませんし……」
「そうでしたか…辛い記憶を思い出させてしまいましたね」
「いいえ。私と兄との接点は特にありませんでしたけど、その分、色々な贈り物をくださっていましたから」
「贈り物を?兄君は、どんな物をプレゼントしていたのかしら?」
「はい。綺麗なドレスや靴、可愛らしいバッグに子供でも似合う小さいアクセサリー類が多かったです。後は、流行りのお菓子や人形です」
「母親違いの兄妹はあまり親しくすることがないと聞きますが……ランカー男爵家ではそうではないようですね。異性で歳も離れていると自然と距離を取る方が多い中で、兄君は、兄君なりの方法で妹君を可愛がっていたようですね」
王妃様の仰る通りだ。
同じ母親を持つ兄妹でも頻繁に贈り物などしないだろう。
学友たちの中には妹と折り合いが悪い者も数人いた。
プレゼントなど誕生日だけで十分だ、と言っていたからな。
「かわい…が……る?」
「どうかしましたか?」
「い…え。……何でもありません。今、思い出したんですけど兄がプレゼントしてくれた物は全て一級品ばかりだったような……」
「父君の跡を継いだのなら貿易商としても目が肥えていたはずです。妹君への贈り物も余念がなかったのでしょう」
「そう…ですね」
段々とアリスの表情が青くなっている。
一体どうしたと言うんだ?
顔色が悪くなる会話ではないぞ?
王妃様も困ったように微笑んでいる。
「エドワード殿下、今日はこの辺でお開きに致しましょう。婚約者の令嬢が緊張して体調を崩しているようですからね」
気を遣ってくださった王妃様の言葉に甘える形で、僕とアリスは退席した。
王妃様が仰ったようにアリスの顔は真っ青だった。




