王子4
昼食は「マナーの時間」。
そう聞いていたものの、王妃様が「私はエドワード殿下の婚約者の事は詳しくありません。なので、最初の食事も普段通りの気兼ねの無いものにしましょう。ある程度の事は報告書で目を通していますが、実際、この目で観なければ納得が出来ないのです。他の事なら兎も角、食事のマナーは何処の貴族も大して差はないはずですからね」と仰ったからだ。
王妃様の言葉に気付く事もあった。
食事は基本のマナーさえ出来ていれば問題は無い。多少の差はあれど、他のマナーよりもずっとゆるやかだ。今までの教育係はキャサリンと見比べて落第点を言っていた可能性もある。王妃様はそれを僕たちに教えてくださっているのかもしれない。
昼食の時間は楽しかった。
アリスとの食事も学園以来なのだ。
暫くは談笑しながら食事をしていたが、話しているのが僕とアリスだけだと気づいた。父上と王妃様は静かに食事をしている。
これは不味いな。
アリスとの食事で浮かれていたが、ここは王宮であって学園ではない。
学生気分が抜けていないと言われればそれまでだが、食事中の会話はマナー違反だ。
学園では多少大目に見られていたが、卒業した後も抜けきらない様では社交界に出向いた時に厄介な事になる。
「アリス」
「なに?」
会話を中断したせいで少し不機嫌な表情になったアリスだが、小首を傾げた仕草がなんとも愛らしい。
「食事中の会話はマナー違反になるんだ。静かに食べよう?」
「何故?会話をしながら食事を摂った方が美味しく感じられるじゃないの。お茶会では会話しながらティータイムをするのに、食事の時だけしないなんておかしいわ」
「いや、お茶会と食事は別ものだろう?」
「どうして?同じでしょう?食べているのがお菓子かそうでないかの違いじゃない」
え?
全然違うだろう。
どういうことだ?
男爵家では食事中の会話を推奨しているのか?
そんなバカな……。
「国王様も王妃様も何も仰っていないわよ?」
はっとして上座に座っている二人を見る。
王妃様は薄っすら微笑みながらも眉を片方上げて“不愉快である”と表現されているし、そんな王妃様の顔を見て、父上の顔色が悪い。明らかなマナー違反をアリスだけでなく僕までもしているのだから当然だろう。
「エドワード殿下が選んだ令嬢は面白い方ですわね。私もお目見え以下の方々の詳細を知らないので驚いてばかりだわ。ブロワ公爵令嬢ではまず有り得ない事でしょう。男爵邸では何時もそのようになさっていたのですか?」
食事を終えられた王妃様がアリスに質問した。
「はい!あっ…いいえ……その……」
アリス?
どうしたのだ?
口ごもる質問ではないはずだ。
「なにか言いにくい事情が御有りなのかしら?
各家庭で色々と事情があるでしょうから、あまり込み入った事は聞きません。ですが、何か悩みがあるのなら遠慮なく言って欲しいわ。私や国王陛下には相談出来ない事かしら?込み入った事情なら無理に話さなくても構わないわ。ただ、エドワード殿下にだけは事情を話しておいた方がいいわよ。お二人は婚約者同士ですもの。何れ結婚するから大丈夫と安心していてはいけないわ。何時なにが起こるか分からないのが人生ですもの。すれ違いや勘違いですめばいいけれど、最悪、思い違いをする場合もありますからね。その時に真実を知って後悔する事態にならないとも限りません」
「えっ?!いえ!違います!そんな御大層なものではないんです。ただ、お父様が一家団欒をされるのが好きで、よく男爵邸の台所でお母様と私の三人でその日の出来事を話して食事をしていたものだから……」
意外だな。
公爵が家庭人だったとは。
「あら?食事場所ではないのですか?」
「あ、は…い。お恥ずかしい話なんですが、男爵家にお金が無くなってからは元居た屋敷も売り払ってしまって、残ったのが古い小屋同然の家だけだったんです。もともと狩猟目的の別荘のような造りで…男爵家の祖父が変わり者だったんでしょうね。小さい家のわりに庭が広くて、色々な果樹が植えられていたり、備え付けられていた物置には農作業道具まであったんです。文官としてやり手だって聞いていたのに農作業なんかをしてたんですよ。近くにある街の住民もその事を知ってるくらいで。畑でとれたダイコンやイモを住民たちに分けていたりしてたんですって。笑っちゃいますよね。貴族の行動じゃありませんもの。そんなことをする位ならもっと宝石とか買い込んでくれていたら良かったのに。そうすれば、私も母も父が亡くなってから苦労する事も無かったはずです」
初めて聞く内容だった。




