嫌味なアイツを追い出したらなんだか調子がいい
薄暗い洞くつの中を五つの影が歩いていた。
少しひらけた場所に着いたところで、先頭を歩いていたローブ姿の男が歩みを止め振り返った。
「おい、おまえら!話がある」
「なんだ」
「なぁに」
「おおっス、休憩っスか?」
「………」
五人は今日の探索依頼を終えて、ダンジョンの地下二階まで帰って来たところだった。街まであと少し、ダンジョン内での最後の休憩にはちょうど良さそうだ。
彼らは同じ訓練所出身の五人組パーティーだ。先頭を歩いているのは魔導師でリーダーのブリュナー。浅い階層であれば後衛職の彼でも先頭を歩ける。
とは言え、通常なら前衛職が警戒しながら進むのがセオリー。だが、彼らはボロボロだった。リーダー以外の四人は…だが。
そんな状況もあって後衛職であるブリュナーが先頭を歩いている。けっして、目立ちたがりで、自己顕示欲が強い性格のせいだけではない。
「俺様は、今日限りでこのパーティーを抜けるっ」
「「「「……、はぁー!」」」」
一拍の沈黙の後、皆の声が揃った。
「な、何でっスか。急過ぎるっスよ」
「り、理由は?なんなん?」
アーバンとオフィリアが詰め寄り問いただす。
我が儘で物言いが偉そうなところもあるが、パーティーの一員として、リーダーとしてこれまで一緒に行動してきた。パーティーを抜けたいと言い出すほどの理由が思い浮かばない。
「理由?そりゃ…ビックになるためだな。俺様はこんなところでモタモタしてる訳にはいかねえんだ。だから、足手まといは切り離すことにした」
ブリュナーは笑いながら吐き捨てるように言った。
「“ピック”に?そりゃあ、どう言うことっスか?」
「有名になりたいってこと?そ、それなら別にパーティー抜けることなくない?今日も順調に依頼こなしたしさぁ…」
「そ、そうっスよ。このあいだCランクに昇格したのだって、随分と早い方だぁって褒められたじゃないっスか」
多少、性格に難があってもパーティーの高火力を失うのは避けたい。今後の活動にも支障が出る。食い下がる二人だけではなく、残りのメンバーもその事は危惧していた。
ブリュナーは怒りのこもったような笑顔を作り、ひとしきり笑った。
「悪いなみんな。俺様はもう決めたんだ。大体なぁ、はなっから釣り合いがとれていなかったんだよ。前提から間違ってた。なんで、大魔導師たる俺様がおまえら一般ジョブと一緒にいなきゃなんねんだ?…とな」
大仰に両手を広げてみせる。自分の言葉に酔っているようでいつも以上に嫌みが強い。
「はぁ?大魔導師?一般ジョブ?なにそれ」
「ブリュナー!テメェは魔導師だろうが?しかも、魔術師を卒業したばかりの。いつ大魔導師何てのになったんだよ?あぁ」
ブリュナーの胸ぐらに、アーバンがつかみかかる。怒りでいつもの軽い口調が消えていた。
しかし、彼は怯むどころか視線もそらさずニヤニヤと嫌らしい顔をみせ、アーバンの手を払いのけた。
「くくく。その辺りが一般ジョブの思考なのだよアーバン。上品さの欠片もない」
「はぁぁ!」
「俺様の殲滅力とこの頭脳が合わされば、普通の魔導師で収まるわけがない。故に俺様は大魔導師となるのだよ。分かるかね?一般ジョブの諸君。お前らは、腰抜け戦士に無能魔法使い、お気楽拳闘士と獣の狩人っ……ありきたりだ」
一人ずつ値踏みでもするように指差して回り、ため息をはく。
「なんだとおぉぉ!」
激昂したアーバンが殴りかかった。傷だらけの足は踏ん張りが効かず、大振りになった拳はブリュナーに避けられ空を切る。
「風を纏いし精霊よ、わが魔力を糧にして力を示せ!ー【ハリケーン】」
「う、うわぁぁぁぁ」
風が渦を巻き、パーティーで一番体格のよいアーバンが宙を舞う。壁に激突して力なく崩れ落ちた。
「アーバン!何てことしやがるっ。オフィリア、回復魔法を頼む」
「ダメなの。もう魔力が残ってないの。ポーションならあるから、行ってくる」
オフィリアがアーバンに駆け寄る。その背中に向けて手を伸ばすブリュナーだが。
シュンッ
「ん?」
「…余計なこと、しないで」
レジーナが放った矢がブリュナーの袖口を壁に縫い付ける。
「器用なものだ。だが、…フンッ…勘違いするな。回復魔法を施してやろうとしただけだ。ろくに回復もできない無能魔法使いに代わってな。はっははは」
壁に刺さった矢を引抜き、解放された手首をさする。
「おやおや、大事なローブに穴が開いてしまった。レジーナ、君のことは他のやつらよりは認めているのだよ。一緒に来るなら、これの弁償は見逃してやるし、可愛がってもやるぞ」
卑下た眼差しをレジーナに向ける。
流れるような動作で矢をつがえ、ブリュナーの額に向けて弦を引き絞る。
「次は…はずしてあげない」
「おお、怖い怖い」
両手を低くあげて降参の姿をみせるが、その顔は少しも悪びれてはいない。
「ああ、そうだ。フロイド!」
「なんだ」
「俺様が抜けること、ギルドでちゃんと処理しとけよ。ダンジョンで死にましたぁとかテキトーなこと報告するな」
「ああ。わかったよ。…パーティーはどうするんだ」
「こんな時に、そんな事を確認するなんて、やっばお前、真面目だな。そう言うバカ真面目なところがでーきれいなんだよ。でも、まっ、そーだなぁ、俺様がいなくなるのにそのまま使われちゃ困るかぁ。落ちぶれていかれると……なっ」
「くっ」
フロイドは奥歯をギュッと噛みしめ、睨み付けた。
「まぁ、そこはうまいことやってくれや。得意だろ?そういう…面倒な雑務はよっ」
「くぅぅ」
奥歯がギリギリと音をたてる。フロイドの手が無意識に腰の剣を探し始めた。
「そろそろ剣を手離して、ペンに持ち替えたほうがいいんじゃないか?あ?はははは」
「くっ…キサマァ…」
遂に剣を探しあて、強く握りしめるその手は小刻みに震えていた。
「おお?なんだ?抜けるもんなら抜いてみろ。その刃先の欠けたなまくらじゃ、大魔導師の俺様にはカスリもしないぞぉ」
「ゆるさ「よせ!フロイドっ」」
今にも飛び掛かりそうになっていたフロイドの肩に、優しく手が添えられる。
「はっ!」
手が触れるまで接近されていることにさえ気が付いていなかった。頭が怒りに満ちて周りが見えていなかった。
「れ、レジーナ…すまない」
「いいさ。よく耐えてたよ。あなたの、フロイドの手をあんなやつの血で汚す必要はないよ」
「言ってくれるな、レジーナ。まるで俺様がそのへっぴり腰に殺られるみたいに聞こえたが?」
「そう言ったのよ。さすが…”大“魔導師様ね。理解が早くて助かるわ」
「ちっ…まあいい。俺様はもう行く。ここを離れるんでな」
ブリュナーが踵を返し歩き始める。
「はあ、はあ、はあ」
「アーバン!大丈夫か?」
オフィリアに肩を借りたアーバンが、弱々しい足取りで近付いてきた。
「はあ、だ、大丈夫っス、はあ、も、もんだいねぇっす」
近くの壁に背を預けて座ったアーバンの顔色は青白く、大量の汗をかいていた。隣に立つオフィリアは首を左右に振り、危険な状態だと言外に語る。
「ブリュナー!」
「……」
フロイドは四人から離れて行く元リーダーの名を叫んだ。
少しの間をおいてからゆっくりと振り返ったその様は、いかにも面倒だと語っていた。
「なんだ?」
「アーバンが危ないんだ?あの状態じゃ街まで持たないかもしれない」
「だから?」
「だから?って!仲間だろっ!助けてくれよ!」
「もう違う。さっき話した通りだ」
「そんなぁ、くっ…なら金を払う。冒険者として依頼する。頼む」
フロイドは頭を下げた。その姿をつまらないものをみるように眺めていたブリュナーは、ニヤリと笑い口を開く。
「端金なんか要らない、すぐに大金が入るからな。まあ、同じパーティーだったよしみだ。誠心誠意頼まれたら、俺様だって断れねえかもなぁ」
「良かった、分かったよ。ブリュー…」
改めてブリュナーに向き直り、頭を下げるフロイドに向かって怒声が飛ぶ。
「お前じゃねえ!レジーナがやれ」
「なっ、何でだよ。誰が頼んだっ…」
「時間がないんだ、俺様は忙しいんだ、帰ってもいいんだぜ?」
意味がわからず困惑するフロイドの言葉を待たず、冷たい声が浴びせられた。
ブリュナーに向き直り、レジーナが頭を下げる。
「くっ、ブリュナー!悪いがアー…」
「“様”をつけろよ、毛むくじゃら!」
ニヤニヤと気色の悪い顔で見下すように吐き捨てた。
「ぐぐぐぅ…ブリュナーさ、様、アーバンを回復してやってください」
「はーはっははは!よくできたなぁ、犬ころ。─天と地の精霊よ、わが魔力を糧にしてかのものを癒やせ!ー【トゥラター】」
アーバンの全身を白い光が包むと傷が癒え、顔色も良くなっていった。
「まぁ、俺様は悪人ではないからね。街まで無事にたどり着けるといいな」
心底愉快だと言わんばかりの顔で、ブリュナーは去っていった。
「レジーナさん、ありがとうっス」
「……ああ」
それから四人は暫く休憩したあと、なんとか街までたどり着くことができた。
街に着いた四人は宿屋に併設されている治療院で治療を受けた。すでに陽も沈んでいることから、軽い食事と明日ギルドに行くことを確認して解散となった。
──
─
「パーティーの名前、どうする?」
申し合わせた訳でもないのに、いつもの食堂で朝食をとる四人の姿があった。
「あいつが言うように、メンバーじゃないやつの名前がついてるのはね」
「”fous“っス。もうここには四人しかいないっスから、力を合わせて頑張るっス!」
オフィリアがため息混じりに呟いたところに、アーバンが誇らしげに提案した。
「フォース?四人の力…それぞれの力を合わせてひとつの力に…」
「え、いやフォー」
「……うん、いい」
「アーバン、お前天才だな。“フォース”、どうだみんな?」
腕を組み考えをまとめるオフィリア、レジーナは小さく頷く。フロイドがみんなの顔を見渡した。
提案したはずのアーバンだけが苦い顔をしている。
「俺は”フォース“にしたい」
「いや、ふぉ…」
「良いわね、“フォース”」
「えぇ…」
「…いいと思う。アーバン、グッジョブ!!」
「(あぁ、もう言えないっス。いつもは笑わないレジーナさんまで、あんな笑顔で…)も、もちろんっス。フォースっス」
二人からの承諾の言葉とレジーナの満面の笑み。これらを跳ね返すほどの力を持ち合わせていないアーバンは言葉を飲み込み、笑って答えた。
「もうひとつ話があるんだが、あいつの、ブリュナーの宿と荷物がそのまんまなんだ」
「えっ?あれから帰ってきてないの?」
「いや、うーん、ダンジョンからは出たそうなんだが、宿にもよらずその日のうちに豪華な馬車で街を出たらしい」
「何してるんっスか!宿屋の支払い踏み倒すなんて」
「いや、踏み倒してるつもりはないだろう」
「ああ…そう言うことね」
「ええっ?なんっスか?」
「……お貴族様…“元“だけど」
「あっ!そうっス。そんな話を聞いたっス」
「ブリュナーは否定していたが、あいつが好き勝手して家を潰した。…いや、家名は残ってるから潰れてはいないか。兄弟とは思えないくらい優秀な弟が騎士爵までの降爵で踏みとどめたみたいだけど…」
「さ、あいつの家のことはその辺にして、宿代はどうするの?」
「そうだなぁ。ちょっと手間だが、ギルドの職員に証人になってもらう。アイツが残していった荷物を処分して、その代金で支払おうと思う」
「いいんじゃないっスか。放置されても宿屋が迷惑だろうし、ギルドを間にいれとけば後々揉めないですむっス」
──
─
ギルドで事情を説明すると、パーティーの名義変更など諸々の手続きはすんなりと終わった。さしてあげるなら、リーダーがブリュナーだったことに驚かれたくらいだ。
以前のパーティー名は“ブリュナーズfour”だったのだが…。
その後、ブリュナーの遺品(死んでないけど)を換金した。
「しっかし、たいした金額にならなかったっスね」
「そうね。使ってる素材は高級なのにデザインで台無しだなんて…」
「宿代はなんとかなったなったからいいんじゃないか。ただ、また問題が出てくるとは…」
「…死しても足を引っ張る」
「レジーナ、一応まだ生きてるから」
四人とも疲労と愚痴がだだ漏れである。ブリュナーが借りていた高級な部屋は散らかりっぱなし。売りに出した衣装や装飾品は素材以上の価値がつかず、宿代と掃除代、迷惑料でほぼ消えた。
手元にあるのは禍々しい意匠の短剣や、Cランク昇格のときにメンバーに配られたアミュレットなどだ。
それらは、買取り屋から断られた物だ。「なんかよくわからんけど、お断りや!」そう言って突き返された。
ならば鋳潰してしまうかと言うことになり、フロイドが懇意にしている鍛冶屋にやって来た。
「お邪魔します!」
フロイドがいつもよりも張りのある声で、来訪を告げながら扉を潜る。
「おう、いらっ…なあんだフロイドか。よくきたな。珍しく今日は連れと一緒か?」
「はい。僕の大切なパーティーメンバーです」
メンバーを紹介し、今日訪れた理由を話す。
「そうか、狭いところだがゆっくりしてくれ。で?」
「これです」
フロイドがカウンターの上にそれらを並べた。
「ほぉー」
鍛冶屋のおやじこと、トムは顎ひげを弄りながら低い声で唸った。
「えっ!すごいんっスか?お宝っスか?」
アーバンが子供のようにはしゃぐ。
「んーわからん。じゃが、何にか隠れとる気がする」
「何かって何ですか?」
「それがわからんから困っておるんじゃ。預かってもいいか?」
トムの問い掛けに皆を見渡してからフロイドが頷いた。
「お願いします」
「おう任しとけ。そういやぁ、お前らみんなお揃いのアミュレットつけてんだな?」
預かった品物のなかから同じものを見つけ、それぞれの腕をみる。
「もしかしてこれも何かあるんっスか?」
「そうじゃな。詳しく調べんと何とも言えんが…調べるか?」
いち早く、レジーナが腕からはずしてカウンターに置いた。それに続くようにオフィリア、アーバンが、フロイドはためらいながらもアミュレットをはずした。
「…パーティーの証だった。でも、いまは違う」
「そ、そうっスね」
「心機一転!装備を見直すのもいいかもね」
「じゃ、トムさんよろしくお願いします」
「おう任しとけ」
四人はトムの店をあとにし、ギルドで近場の採取依頼を受け、街を出た。
──
─
「アーバン!右を頼む。僕は左に行く」
「よっしゃ…任せるっス」
「レジーナは後方の警戒と牽制を!」
「…了解」
「オフィリアは奥の魔物から仕留めていってくれ」
「任せてちょうだい。みんなすぐ終わらせるから頑張ってね」
皆で薬草を摘んでいたところ、草原ネズミの群れに囲まれた。三十体ほどの中規模な群れだ。人間の子供より大きな図体だが、単体の危険度はさほどでもない。しかし、ひとたび群れると連携された動きをしてくるので、非常に危険な魔物と言える。
「みんな、死ぬ気で生きろ!」
──
─
「みんな大丈夫か?」
「ああ、うん大丈夫よ」
「楽勝だったっス。なんか身体が軽いんっスよ」
「…弱かった?」
苦戦が予想された戦闘は、危なげなく終わった。これまでも同じような状況で戦ったことがある。その時は前衛にフロイドとアーバン、さらにレジーナが加わり全力で耐えつづけ、オフィリアが牽制をしてブリュナーの魔法で数を減らしていった。
前衛にはいった三人はヘトヘトで傷だらけ。オフィリアは魔力切れになり、ブリュナーは照準精度が悪い上に無駄撃ちが多く、魔力切れ寸前になっていた。偉そうな態度だけは顕在だったが。それくらい、危険な魔物だった…はずだった。
「どう?したんだ?僕たち…」
「いいんじゃないっスか。楽勝だったんだから」
「で、でも少し前はあんなに苦戦していたのよ。それに今は一人減ってるのよ」
「おかしいな、何かが…」
「…強くなった?」
「依頼の期日はまだある。今日は戻ろう」
「そうね。そうしましょう」
四人は危機的状況を軽く乗り越えたにも関わらず、モヤモヤを抱えたまま街に向かって歩き出した。
「レジーナさん、あれっス」
「…ああ、確かに立派な角だが…遠い」
辺りを警戒していたアーバンが依頼対象の六角鹿を見付けた。角が薬の材料になるのだが、逃げ足が早く市場に出回る数は少ない。討伐依頼は出るが若い個体の小さな角が持ち込まれるくらいだ。
「試してみていいっスか?」
「試すって?何を?」
アーバンが六角鹿を指差しながら尋ねる。
「捕獲っス」
「はぁ?どうやって?」
「走ってっス。いけそうな気がするんっス」
アーバンとフロイドが話していると六角鹿がこちらに気づいた。
「行くっス!レジーナさんよろしくっス」
「…わかった」
レジーナにサムズアップしたアーバンの姿が消え、直後、矢が二本放たれた。
飛んできた矢に驚き六角鹿が駆け出した。その先には万全の体勢で迫るアーバンがいる。
「いらっしゃいっス!…そして、お帰りは、あちらっス!」
バコーン
ピギィィィ
ズドーン
六角鹿が切りもみ回転しながら、フロイドめがけ飛んできた。
「危ない! ー【ウィンドシールド】」
詠唱もなく発動させたシールドは六角鹿の巨体を受け止め地に落ちた。アーバンに殴られたせいでフラつき、ヨタヨタと立ち上がる六角鹿。目の前のフロイドめがけて前足を振り下ろした。
「遅い?ふんっ」
フロイドは素早く剣を抜き六角鹿の胸のあたりを一突きする。砂煙と地響きを立てて魔物は倒れ動かなくなった。
「やったっス!なんか今日は身体が軽くていけそうな気がしたんっスよ」
アーバンが笑いながら戻ってきた。あれだけの速度で走って、自分より大きな魔物を殴り飛ばしてきたにも関わらず、息ひとつ切れていない。
「だけどこれ、どうやって運ぶんだ?」
六角鹿の亡骸を眺めながらフロイドが呟いた。
「「「………」」」
「えっ!なんでこっち見てんの?アーバン?レジーナまで…」
三人がフロイドを見つめる。「女性に運ばせる気?」や「フロイドさんスゲーっス」など期待のこもった眼差しに負けた。
「こんなの一人で運べるはずが……なんとかなるな…よし、帰ろう」
六角鹿の巨体を背負ったフロイドは皆に声をかけた。
街の門兵は六角鹿を軽々担ぐフロイドを見て腰を抜かしていた。ギルドで依頼達成の報告をして、倉庫に六角鹿を預けてきた。しばらくすると職員たちが騒ぎだした。すぐに処理が終わらないとのことで、明日の朝また訪れる事になり宿屋に戻った。
「今日はみんな調子が良かったっスね」
「そうだなぁ。驚くほど身体が軽かった」
「私もまだまだ魔力に余裕があるわぁ」
「…貫通、してた」
宿の食堂で今日の事を話している。
「僕たちなんで強くなったんだろう?」
「あいつがいなくなったから?かしら。他には思い当たらないけど」
「でも戦力的には確実に減ってるはずなんだぞ」
「四人で力を合わせたからっスよ。今まではブリュナーが活躍できるように動いてたっス。これからはみんなが主役っス。明日も頑張るっス」
それでいいのかと思わなくもないが、考えても分からないので楽しく食事をして解散した。
──
─
街から馬車を走らせて一日半ほど。国境にほど近い砦に豪華な馬車が留まっていた。
砦の先には険しい岩山がそびえている。岩山を真っ直ぐにくり抜いたような街道に小山のような魔物が鎮座していた。
「それでは魔導…大魔導師様、よろしくお願いします」
「俺様にかかれば造作もない」
大魔導師と呼ばれた男は砦の上に登ると、呪文を紡ぎ始めた。
「大地に眠りし力の根源たる精霊よ、わが魔力を糧にして力を示せ!ー」
男の周りに魔法陣が浮かび上がり、魔力が集まり輝きを増していく。異変に気づいたのか、鎮座していた魔物がムクリと起き上がり動き出した。
「大魔導師様、魔物が動き出しましたぞ!お早く」
馬車にも負けない豪華な衣装の男が怯えた表情で急かすと、大魔導師は男を睨んだ。
「ー【ボルケーノ】」
魔法が発動され魔物の直ぐ側に巨大な火柱が上がった。ゴウゴウと燃え盛る炎が魔物を焼き、断末魔の声があたりに響いた。
「おっほー。こりゃすごい。流石は大魔導師様」
「ふっ…こ、これくらい…はぁ、俺様にかかれば造作も…はぁ、造作もない」
「大丈夫ですかな?大魔導師様、顔が青いですぞ」
「ああ、長旅だった故な…少々疲れたのだろう。大魔法も使ったことだしな」
「左様で御座いますか。あとの処理はお任せを、大魔導師様は中でごゆるりとお休みくだされ」
「ふふふ、上等な酒をもってこい。疲れを癒やさねばならん」
「もちろんご用意いたしております、ブリュナー大魔導師様」
──
─
翌朝、ギルドを訪れるとギルド証を取り上げられ会議室に通された。「しばらく待つように」と言われ、四人は神妙な面持ちで担当者の到着を待っていた。
「もしかしなくても昨日の六角鹿の件だよな」
「それしかないわよね」
「捕獲しちゃいけなかったんっスか?」
「…魔物は討伐、常識…でも」
レジーナが言葉を濁したとき、ギィーっと重苦しい音をたてて扉が開いた。
「待たせたな。ギルド長のロバートソンだ。お前らぁ、とんでもないことをしでかしたな」
「あぁぁ」
「やっぱりっスか」
四人が青い顔で項垂れた。フロイドが机にこすりつけるように頭を下げる。
「申し訳ない。知らなかったとはいえ…」
「ごめんなさいっス」
「ごめんなさい」
「……」
他の三人もそれに続いて頭を下げた。しばらくの静寂の後…。
「何をしているんだ?」
「なにって?捕獲しちゃだめな魔物だったんでしょ?」
「は?」
「とても立派な角だったし、体躯も立派で…」
「ああ、そうだな」
「国を守る聖獣?とか、森の主?とかですか?」
「主みたいなものではあるか?だが…」
四人の顔から血の気が引き、さらに蒼白になった。
「ど、どうなるっスか?」
「…奴隷落ち」
「そんなのいやよ」
「僕が、僕がみんなの罪を背負う。僕の命でなんとか…」
フロイドがロバートソンに詰め寄り、懇願する。その目からは涙が溢れていた。
「ちょ、ちょっと待て、落ち着いてくれ」
「いやしかし…」
「お前たちが駆除してくれたのは森の厄介者だ。俺は礼が言いたい、ありがとう」
「「「「はあー!!!」」」」
ギルド長のロバートソンが説明してくれた。
「お前たちが討伐した六角鹿はソニックディアと呼ばれていてな、街道の馬車を襲うってんでギルドでも重要討伐対象だったんだ。なんども討伐の依頼金が増額されてたが、遭遇できても返り討ちに合うか、逃げられてばかりだった。なかなか討伐できずに騎士団に要請を出すしかないかと話し合っていた。そんなところにだ、お前たちがしとめてきたものだから、この騒ぎだよ」
「はあ」
説明を聞いても、いまいち状況が飲み込めないフロイドは生返事を返すだけだった。
「まぁなんにせよこれが、討伐の報酬だ!」
ロバートソンが机の上にドサリと麻袋を置き、机の軋む。閉まりきらない口から金貨がこぼれ落ちて、澄んだ音色を奏でる。
「それから、今朝預かったお前らのギルド証な。今回の件でBランクに昇格だ」
「………」
「なんだ?不満か?」
「いやいや、そう言うわけではなくて…」
「私たちがBランク?」
四人の頭が状況整理に躍起になっていると、部屋の外が騒がしくなった。階段を乱暴に駆けあがる音がして、会議室の扉が開き、職員が入ってきた。
「ロバートソンさん!」
「なんだ騒々しい。ソニックディアの件で話をしているところなんだぞ」
「そんなことやってる場合じゃありません」
「そんなことって。何があった?」
ロバートソンは職員を睨むように見つめ、次の言葉を待った。
「魔物の群れが来ます。大量の…スタンピードではないかと」
「なんだとぉぉ。原因は?」
「詳細は調査中ですが、二日前にこの街を出発した魔導師が失敗したようだと。国境の砦の大型魔物討伐を…」
「あの依頼は複数のパーティー合同で進めるように準備中のはずだ」
「それが…セコイヤー卿が勝手に、単独討伐をするからと」
椅子を後ろに転がしながらロバートソンが立ち上がる。
「それで?」
「大型の魔物は討伐したようですが、腹の中に溜まっていた大量の卵が孵化して」
「何てこった…だからあれほど。高ランクのやつらを緊急招集だ。そのやらかした魔導師ってのはどこのどいつだ?」
「それが…最近ソロに転向したようで情報がなのですが、「俺様は大魔導師だからなっ」とどや顔だったそうです」
頭を抱えるロバートソン。
「なんだそいつは。セコイヤー卿も余計なことを」
職員は部屋を出ていった。話を聞いて四人は気付いた。件の魔導師はブリュナーに違いないと。
「ギルド長。僕らも参加させてください」
「ん?ああ、お前らもBランクだから招集対象ではあるが、なりたてだからなぁ。無理しないでいいぞ」
「僕らが行かないと…あいつの、ブリュナーのしでかしたことだから」
フロイドたちはブリュナーとの関係をギルド長に話した。
「お前らが責任を感じることなんかこれっぽっちもないぞ。まあ、こちらとしては参加してくれる人数は多い方がいいが」
「それなら、Bランクパーティーとして正式に参加させてください」
「わかった。じゃあ、死なないようにバリバリ頑張ってくれ」
───
──
─
ギルドの隣にある食事処ビックチキン亭。いつもは喧騒と笑い声が溢れているが、今日はギルド長ロバートソンの名前で貸切りになっていて、静まり返っている。
「よーしみんな、聞いてくれ。先日のスタンピード壊滅作戦に参加してくれてありがとう。みなの協力のお陰で無事乗り越えることができた。散っていった仲間も少なくはないが、お陰でこの街は救われた。先に逝った奴等に敬意を払い、生きてる俺たちはあいつらの分まで生きていかなきゃならん……」
「ギルド長、堅苦しいぜ。らしく行こうぜ、らしくよ」
「うるせぇな。たまにはギルド長らしい話もさせろっ…まっ、そうだな堅苦しいのは止めだ。今日は生きてることを噛み締めて、死ぬほど騒ごうぜ!」
「「「「「「おぉぉぉー」」」」」」
──
─
慰労祝勝会から数日後、四人はトムの鍛冶屋に集まっていた。
「それで、結局あのアミュレットが原因だったんっスか?」
「そうじゃな。あれは搾取のアミュレットと呼ばれるもので、小さい方は装着した者の力を吸取るのじゃ」
「吸取った力は立派な方に…ブリュナーが使っていたと…」
「…他人の力で、強く…か」
見るからに古そうな本に、これまで四人が装備していたアミュレットの挿絵が描かれていた。隣のページにはブリュナーが装備していた一回り立派なものが描かれている。
「まぁ、そやつがその事を知っていたのかどうか…ワシも古い文献をひっぱりだしてようやく探し当てたくらいじゃからな」
「知ってたら、僕たちを切り捨てたりしないだろ」
「確かにね。でも皮肉よね。力を吸取られる側は抑圧訓練で強くなり、吸取る側は飽和状態で成長が止まるなんてね」
「…私たちはAランクに、アイツは豚箱いき」
「でも、ちょっと悔しいっス。アイツに育てて貰ったみたいっス」
「いいじゃないか。切り捨てたのはアイツだし、僕たちは調子がいいし」
「じゃあ、今日も明日も明後日もバンバン活躍しまくりっスね」