龍の子孫とメダルの物語
第10章/黒龍
デガスの亡骸はバスチェが、マリアの亡骸はアルスが抱いて、3人は黒い城から出ようとしていた。徐々に城が崩れ始めていた。主の黒龍が死んだことにより、魔法か何かの力が無くなりつつあることが明白だった。
「急ぐぞ。崩れて巻き添えを食らったら、こっちもやられちまう」
先頭を行くジュードが、後方に続くバスチェやアルスに声をかけた。デガスを抱えたバスチェは小走りになったが、マリアを抱えたアルスは逆に歩みを止めた。
外に出たジュードが続いてくるバスチェを助け、次に来るはずのアルスを待ち構えた。しかしなかなかアルスは来なかった。
「何をしている!アルス!」
心配になったバスチェが、崩れかかっている坑道に向かって大声を張り上げた。
「小僧!急げ!もう、坑道がもたない!!」
ジュードが続けて怒鳴りつけた。しかし、アルスからの返事はなかった。その間に大きな音を立てて坑道は崩れてしまい、完全にふさがってしまった。
「アルス!」
そう叫んで坑道の崩れた入り口を掘り起こそうとするバスチェに、ジュードは止めるよう言った。
「小僧も、曲がりなりにもドラゴノイドだ。こんなもんじゃくたばることは無いと思うが…」
そう言われてバスチェは手を止め、デガスの亡骸を抱え直した。
少しすると坑道自体が完全に崩れてしまったようだった。バスチェが耳をそばだててアルスの声を拾おうと試みたが、山の奥からは何も聞こえてこなかった。
ジュードは、デガスを抱えてアルスの所在を探ろうとしているバスチェを見て、自分がここに残ってアルスを捜索することを進言した。まずはデガスを葬ってやらなければならないことを主張し、ジュードは指笛を鳴らした。
するとどこからともなくフィンチのフェアリスが現れ、ジュードの肩に止まった。
「親父につなぎを付けるから、バスチェさんはデガスを抱えて港に向かってくれ。港に着くころには親父が待っているはずだ」
バスチェは、アルスが心配ではあるもののデガスをこのままにはできないと考え、ジュードの案に賛成し、デガスを抱えて山を下り始めた。
坑道の途中で崩落が激しくなり、マリアを抱えたアルスは元来た道を戻ることにした。崩れ始めている城に戻りながら、マリアがなぜ死ななければならなかったか、考えていた。
かつてゾロが言っていたように、母の形見のメダルが原因であることは明白だった。母の形見を自分が持っていたことで、マリアもデガスも死んでしまった、そう考えるアルスは徐々に自分に対し怒りを感じてしまうのだった。
崩れつつある城の中に戻り、アルスは振動によろめきながらデガスとマリアの居た部屋にたどり着いた。周りには死んだリザードのアニマノイドの躯が何体か転がっていた。真っ二つに割られた身体、首のない身体などがあった。部屋の奥にもう一部屋あることに気づいたアルスは、振動が続く中、マリアを抱えながらその部屋に向かって行った。中には血で真っ赤に染まったテーブルクロスと切り刻まれたマリアの服があった。その服は、以前クルルの大樹の根元でアルスと会った時に着ていたものだった。
マリアを床に座らせ、隣に腰を下ろしたアルスは、その服の一部を握りしめながら泣いた。
奥で大きな音がした。坑道が崩れ落ちたようだった。
アルスは泣きながらマリアに謝り続け、マリアの亡骸を抱きしめた。
マリアに対する贖罪の念と、このような事態を招いた自分を憎悪する念が、アルスの心の中で渦巻き絡まり、大きな黒い思念となって存在することになった。
呼吸をするのも苦しくなるほど、アルスの動悸は激しく強くなっていった。右腕でマリアを抱え、いまだに痛みが残る左手で苦しい左胸の部分を押さえていた。そんなアルスの目にわずかな光が差し込んだ。その光は部屋の隅の床に転がっていた水晶の球が発したものだった。以前、ゾロと戦った際、この城から持ち出したものによく似ていた。しかし実際持ち出した水晶は、シスコ村でスヴェンソンに渡していた。
壁が崩れていく音が次第に大きく聞こえてきていた。城の崩落が進んでいるのだった。いずれこの部屋も瓦礫の一部に変わることだろうし、そうなればマリアとともに自分も死ねる、とアルスは考えていた。
再びアルスの目にわずかな光が差し込んできた。すると大きな振動が起こり、隅にあった水晶がその振動でアルスの方に転がってきた。
傍に転がってきた水晶を見ると、何かが動いているようだった。水晶をのぞき込むと、そこにはヒューマンがリザードのアニマノイドに襲われている光景が見えてきた。ヒューマンは女性で、リザードに何度か殴られ、テーブルに押し付けられ着ている服をはぎ取られ…。その女性のヒューマンは、マリアだった。
全裸になったマリアの顔に、リザードの赤く長い舌がまとわりついていた。何事か叫ぶマリアの声は聞こえなかったが、その唇の動きから何を叫んでいたのか、アルスには理解できた。
「ア・ル・ス…、た・す・け・て…」
水晶の中で、マリアはリザードのアニマノイドに、何度も犯され続けた。しばらくした後、リザードのアニマノイドは首を刎ねられ、大量の血を首から迸らせていた。
しかしアルスにその光景は目に入ってこなかった。アルスの頭の中では、生きていたマリアが叫んでいたであろう言葉「アルス、助けて」が、何度も何度も繰り返されていた。
そしてアルスの胸の中で渦巻き大きな黒い塊となっていた思念が、アルスの全身を満たしていくのを、アルスは認識した。
完全に身体の中が黒い思念で満たされた時、アルスは雷鳴のような怒号を吐いた。
同時に、アルスの居た部屋の天井が一気に崩れ落ちた。
ラウル山の中に入れる入り口を探っていたジュードだが、崩落した坑道以外それらしき入り口は見当たらなかった。坑道を探している間も崩れ落ちていく振動や音が絶え間なく聞こえており、さすがのドラゴノイドもこのままじゃ耐えられないのではないか、と考えていた時、山の内部から轟音が響いた。
「城が…、完全に、崩れちまったか…?」
そんな不吉な言葉を吐いたと同時に、雷かと思うほどの激しく大きな怒号が聞こえてきた。
その音に続いて炎とも熱線とも見られる光線が、ラウル山の山頂から天に向かって放たれ、そこから飛び出してきた生き物がいた。
ジュードの目に映ったのは、アルスの赤龍でも先ほど倒した黒龍でもない、新しい形態の龍だった。頭から首筋は燃えるような赤色をしているが、胸を中心に漆黒の色に染まり、巨大な翼や強靭に見える2本の脚も真っ黒だった。さらに黒く長い2本の尾が伸びていた。ジュードがここまで見てきた黒龍は、みな1本の尾だったが、明らかに新しい形態をした黒龍と言える容姿だった。
「ま、まさか…」
空に飛び出した際、新しい龍の頭から首筋は燃えるような赤だったが、次第に首から色が濃くなっていき、黒に近しい色に変色していった。飛び出してきた龍は、右手に何かを持っていた。
「ア、アルス…なのか?」
見上げるジュードを尻目に、新しい形の黒龍となったアルスは、右手にマリアの亡骸を持ったまま北の方角に飛び去って行った。
デガスの亡骸を抱え港町にたどり着いたバスチェは、待っていたスヴェンソンとともにデガスを葬る段取りを図り、港町の漁師組合に頼み込んでデガスの躯を預けた。調整はスヴェンソンに任せ取って返そうと来た道の方向に身体を向けた途端、雷鳴のような怒号がラウル山から聞こえた。音の方向を見上げると大きな2つ尾の黒龍が北方向に飛び立っていくところだった。
「アルス…」
隣に立ち同じ光景を見たスヴェンソンが、独り言ちた。
「ま、まさか…、あれがアルスなのか?」
大きな目をより大きく見開き、飛び去って行く黒龍とスヴェンソンを交互に見ながら、バスチェはスヴェンソンに問いかけた。
「…黒の思念に支配されてしまった…」
スヴェンソン曰く、ドラゴノイドはそれぞれ血統の龍を体内に内包している。それぞれが正しき心・正しき精神で過ごせば、内包している龍の能力を高めることやコントロールすることはできる。しかしその精神が黒い思念に支配されると、どんな龍も黒龍となり世に災いをもたらし、D.G.に落ちていくということのようだった。先にアルスとジュードが倒した黒龍ゾラも、もとはドラゴノイドだったと思われる。
スヴェンソンはバスチェの方に身体を向け、まっすぐにバスチェの目を見て言った。
「バスチェさん、あなたはアルスを追わねばなりません。彼は例のメダルを持っている」
確かに、あのメダルはアルスが持ったままだった。
「あのメダルはあなたが探し求めていたもの。それにあと2枚、どこかに存在する。あのメダルは、正しき心の者が持てば繁栄を、悪しき心の者が持てば破壊をもたらす。今のアルスは、正しき者か悪しき者か…。あの姿を見れば、正しき者とは…、言えないでしょう…」
そこへジュードがやってきた。アルスが飛び去った後、大急ぎで駆け戻ったようで息が切れていた。
「親父…、あれは、やはり…」
スヴェンソンは何も言わずに、小さくうなずいた。
Epilogue/黒龍とメダル
数時間後、バスチェとジュード、スヴェンソンは船の上にいた。デガスをシンドローネの港町で弔い、住んでいたシスコ村で埋葬しようということになり、デガスの骨とともにアテンザの港に向かうことになった。
「バスチェさん、この後、どうするんだ?」
船の舳先で腕を組んでまっすぐ前を見ていたバスチェに、ジュードは聞いた。
「私は…、アフランの衛士長だ。無くした国の守り神を取り戻さねば、ならん」
それはつまり、メダルを探し求めるということになり、アルスを探し出すということにつながる。
「正直、俺はメダルに興味はない」
ジュードは冗談を言うような軽い口調で言った。それを聞いたスヴェンソンはジュードの肩に手を置いたが、ジュードはそれを振り払い言葉を続けた。
「だが師匠の敵の黒龍を討って、新しい黒龍が生まれたというのは、ちょっと納得できねぇ。だから…、俺はアルスを追うことにする」
「それは、アルスを討つ、ということか?」
スヴェンソンが率直に聞いた。その言葉にバスチェも反応し、ジュードの方に向き直った。
「わからん。俺が判断する。…会ってみて倒さねばならない奴になっちまっているのなら、俺は躊躇なく、小僧を倒す」
フンッと、バスチェは鼻を鳴らした。スヴェンソンはジュードの言葉を聞いて小さくうなずいた。
「じゃあ、バスチェさん。あんたはメダル、俺は黒龍を追って、一緒に動くか」
「それもよかろう。退屈しないですむ」
バスチェがそう答え、3人は顔を見合わせて笑った。
「では、シスコ村に着いてデガスを埋葬したら、作戦会議と行きましょうか」
スヴェンソンが銀の長い髪を海風になびかせて提案した。
ジュードは、白い髪を掌でなぜてうなずいた。
バスチェは、再び前を向いて夕日に鬣を輝かせた。
アテンザの港が彼らの行く先に姿を見せ始めた。その奥のスーテ山に陽は吸い込まれるように落ち込んでいくところだった。
そのスーテ山の向こうに、1つの黒雲の塊があった。まるでワイバーンの群れが黒龍を中心に飛び回っているような、不気味さを覚える黒雲だった。
了