表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴノイド/竜人  作者: KAZ田中
6/9

龍の子孫とメダルの物語

第5章/シンドローネ

シンドローネという港町に、アルスとバスチェは転がり落ちるように降り立った。すぐにでもこの船から遠ざかりたいという顧客の思いが、我先に陸に降りようとする遮二無二な行動に表れていた。陽は西の彼方に沈もうとし、港にはガスの灯が点り始めた頃合いだった。アルスは船を降りる顧客の中に、例の金髪のヒューマンがいるかと首を伸ばして辺りを伺ってみたが、それらしいヒューマンは見つけられなかった。港の正面を見ると、奥に天辺が見えないほどの高さを誇るラウル山が、アルスを見下げるように存在していた。

港で働くヒューマンに確認したが、朝一の便は予定通り昼には着岸しており、それに乗っているゾロもこの町に着いているはずだった。

アルスとバスチェは、連れだって港のヒューマンや近場の酒場を回りゾロの消息を辿った。

が、誰もゾロらしき姿を見た者はいなかった。背が高く、長刀を携えたひげ面の男の消息は要として知れなかった。小太り男の話では、今日から3日はこの町で情報を待っているはずだった。その話を信じてここまでやって来た訳だが、アルスは辿ってきたゾロの糸が、細く見えなくなっていく不安に包まれた。

「まだ始まったばかりだ。そんな顔をするんじゃあない。ゾロを探すにしても、まずは腹ごしらえをしないか?」

そんなアルスの不安そうな顔を見て、バスチェは努めて明るく語りかけた。その言葉に反応するかのように、アルスのお腹が鳴った。その音が結構な大きさだったので、2人は顔を見合わせて笑った。アルスの顔に明るさと強さが戻った。

船が着いたばかりなので酒場はどこも賑わっていた。酒を飲みたいわけでもないが、腹が減っているのでアルスとバスチェは、小さいが陽気な声で満たされている酒場に席を何とか確保した。それぞれが食事をオーダーし待っていた時、隣の席に座っていた漁師のようなヒューマンとイカのアニマノイドが話す会話が、2人の耳に入ってきた。

「何かよぉ、夕着の船便がワイバーンの群れに襲われたんだって」

「おぉ、聞いてる聞いてる。しっかしあの小龍ども、何で海に出たかね?この町に住んで聞いたことがないぜぇ」

「そうそう、いつもはラウルのお山に隠れてんのになぁ。船を襲うような危ない奴らだったかぁ?」

「何かよぉ、一斉に西に向いて飛んで行ったらしいぜ?あとよ…」

普通の声高で話していた2人の漁師の会話が、一気にトーンが落ちていった。

「その…、ワイバーンの群れの先頭に、でかい黒龍が、いたとかいなかったとか…」

「うぇ?ま、まじか?ワイバーンの親玉かよぅ。聞いたことないぜ」

「な、なんか、よ。誰かが見たらしいんだがよ…、何でも男が黒龍になったらしいぜ?」

すると彼らの隣に座っていた男が、エールのジョッキを持って話に加わってきた。

「もうちっと、その話、詳しく聞かせてくんねえかな」

例の金髪のヒューマンだった。


漁師は、あくまでも又聞きだと断りつつ、港で働くネズミのアニマノイドが見たと言った。黒い服を着てひげ面、長身の男が長い両手を広げ、ラウル山の方に向かって何やら奇声を上げると、ワイバーンの群れが一斉に飛び立ち、それを見た男が飛びあがると、姿は一瞬にして黒い龍となり大きな翼で飛んで行ったらしい。

「やろぉ、逃げやがったか?」

金髪のヒューマンが独り言ちた時、バスチェが席を立った。

「よう。1杯やらないかい?」

バスチェは彼の対面に立ち、エールのジョッキを差し出した。

「ん?あぁ、あんたは。するとあの根性無しも一緒か?」

バスチェの後ろを覗き込むと、彼の目にアルスの姿が飛び込んできた。

「ちょっと、席を変わってくれないか。彼と話がしたいんだ」

バスチェはヒューマンとイカのアニマノイドに金貨を1枚渡し、席を変わってもらった。アルスも席に加わった。

「ところで、君とはどこかで会った気がするんだが。私に見覚えはないか?」

バスチェは彼を見てからずっと気にかかっていることを尋ねた。しかし、彼は首を振り、知らない、と言った。

「さっき2人の漁師の会話で、“逃げた”と言ったか?」

「ああ。奴は俺が追いかけてきたことに気づき、逃げやがったんだ」

バスチェはその話を詳しく聞きたい、と言い自己紹介をした。自分をアフランの茶売り商人、アルスはヒューマンを探していることも併せて説明した。

「ヒューマン探し?ドラゴノイドが?」

「し!」

バスチェは金髪ヒューマンの声が大きいことを注意した。あまり他に知られたくないこと、普通のヒューマンとして探しているんだと説明した。

「まぁ、何でもいいか。俺はジュード。ご存じのようにドラゴノイド、だ」

ジュードは、黒龍を追っていた。剣の師匠の仇だと言う。3年ほど前、幼い頃から剣術を学んできた師匠が、ジュードの目の前で黒龍によって殺された。自分は龍の尾で払われた拍子に川に落ち流され、そのおかげで一命をとりとめたそうだった。

「その、持っているドラゴンダガーは、どうしたの?」

不意にアルスが問い尋ねた。ジュードはアルスの方に向き直り、アルスの目を覗き込んだ。

「お前は、赤、か」

アルスの瞳の奥に見られる赤い炎のような影を、ジュードは確認していた。

「俺のは、ダガーじゃない。もっと剣先の長いドラゴンソードだ」

そう言ってジュードはテーブルの上にドラゴンソードを置いた。ゴトッと重厚な音がした。確かにアルスのダガーよりも刀身は倍ほども長そうだった。

「あ、その模様…」

ジュードの持っていたドラゴンソードの鞘には、アルスのドラゴンダガー同様の龍の模様が施されていた。さらに龍の四つ足の2本ずつに青い石が付いていた。色は違えど設えは2人の持つ剣と同じだった。アルスはそのドラゴンソードの横に、自分のドラゴンダガーを並べて置いた。

「こいつは、師匠の形見だ。16歳の誕生日の夜に譲り受けた」

師匠が黒龍に殺されたのは、その翌日だった。師匠は龍が近づいていることに気づいてはいたが、村人と恐らく自分を守ろうとして盾になったんだろう、とジュードは話した。せめて自分がドラゴンソードを抜いていれば、師匠は殺されずに済んだだろう、そう思うといたたまれなく、ただただ師匠の教え通り剣を振ってきたが、3年たった今年、自分の技量に納得がいったため、仇討ちに出たという。

「で、君はドラゴノイド、なのか?」

バスチェが聞いてきた。それを聞いて、改めてバスチェの方に向き直り口を開いた。

実はジュードの母が、東方神・青龍だったと言う。青龍は、文字通り体色は青く、瞳もブルーで、水を司る神だった。その母は10年前、ジュードが剣術の修行中にある地に旅立った。何が目的で何をしに旅だったのか、わからないまま、ジュードは剣の師匠に預けられた。

「俺の瞳を覗いてみな。青い炎が見えるはずだ」

そう言って顔をバスチェの前に突き出した。バスチェは言われた通りにジュードの瞳を覗き込んだ。瞳の奥には、アルスのそれに似て、しかしアルスのものよりも大きく力強い青い炎を見ることができた。バスチェに次いでアルスも覗き込んだ。確かに青い炎が揺らめいていた。ジュードはアルスの方に向き目を見て語った。

「お前は赤い炎が感じられるが、それは南方神・赤龍の血だな。火を司る神だ。だが、まだ成長途上だな」

そう言うとジュードはドラゴンソードを腰に佩き、帰り支度を始めた。

「俺は飛んで行った黒龍を追う。奴はD.G.だ。普通はヒューマンの姿をして目立たないように行動しているが、姿を晒して飛んで行ったとなると、何かをやらかす気だろう」

ジュードを改めて見ると、骨格もしっかりし身長もかなりある、立派な大人のヒューマンに見えた。自分と3つ年が違うだけで、この差は、と改めて自分の非力さを思わずにはいられなかったアルスだった。

「ぼ、ぼくらもD.G.なのにヒューマンの格好をした、長刀を持った長身でひげ面の奴を探しているんだ!その、飛んで行った黒龍が、もしそいつなら…」

急にアルスの口から出てきた言葉に、ジュードは面食らったように顔をしかめたが、アルスの方をしっかり見て言った。

「お前の探し人は、恐らく龍じゃねぇ。もう少し下等なD.G.だろう。なぜかと言うと、俺の追いかけるD.G.は、武器は持たねえのさ。あいつらの、プライドっての?飛ぶ黒龍は変にプライドが高いらしく、自分の爪だけで人を殺し街を壊す。そいつが俺の仇だ」

そう言うとジュードは酒場の出口に人をかき分けながら向かって行った。そして店を出る間際にこう言った。

「アフランの衛士長バスチェさんよ、またな」

バスチェは驚いた。

(彼はやはり自分を知っていた。自分はアフランの茶売り商人としか説明していない、それなのに自分の素性を把握していた。彼は誰だ?)

そう考えアルスの方に顔を向けると、アルスも驚いた顔でバスチェを見ていた。

途端、アルスのお腹が、グウッと鳴った。食事を頼んでそのままにしていたことを思い出し、席に戻った時には、例の漁師2人がすっかり平らげてしまった後だった。


その夜は酒場で食事を済ませ、その後何件かの店や宿屋を当たってみたが、ゾロの消息はつかめなかった。最後に訪れた港町のはずれの小さな宿屋に、2人は泊まることにした。あてがわれたアルスの部屋で、バスチェと明日からどうするかを打ち合わせた。

港町自体は狭い。おそらく今晩回った酒場や宿屋でほぼすべてだろうと思われた。港には倉庫もあるが、さすがにそこで3日は待たないだろうと考え、明日からはどこに向かうか、宿屋でもらった町の地図を睨んでいると、町はずれに1本の細い道があるのがわかった。

その道はラウル山に続く道だった。町の外に出る道はその1本しかない。シンドローネという町は、港が町外につながる唯一のポイントである、他と隔絶された町だ。なのでこの道もラウル山で行き止まりのはずだった。山の向こうに抜ける坑道が無ければ。

アルスとバスチェは、明日はこの道を探ることに決めた。

「と、なれば、夜も遅い。もう寝るとしよう」

バスチェはそう言って自分の部屋に戻って行った。

アルスは、ベッドに入ってもすぐには寝付けなかった。初めての船旅、船上でのワイバーンの襲撃、シンドローネという港町、すべてが初めてのことで知らず知らず興奮しており、まだその感情が収まらないでいた。毛布の中で両腕を抱え丸まってみるものの、一向に眠くならない。それどころか、ジュードの存在、彼の話、黒龍のこと、次から次へと頭の中を駆け巡っていた。そして、最後には、西方に飛んで行ったワイバーンの群れとそれを率いていたという黒龍の目的が気になり、ますまる目が冴えていくのだった。

朝になり、宿屋の食事処でアルスとバスチェは食事を採った。宿屋に昼食も頼み、それぞれの部屋で支度をし昼食を受け取って外に出た。目的の道はこの宿屋の脇から北に向かって伸びていた。空は朝から晴れ渡ってはいたが、目的地であるラウル山の山頂には、一塊の黒雲がまとわりついていた。

寝不足のアルスは、小さな欠伸をしながらバスチェとともに歩を進めていた。

「なんだ、寝不足なのか?」

顔自体がタイガーなので顔色は分からないが、毛の色艶が良いバスチェがアルスに話しかけた。

「昨日の出来事が頭の中を駆け巡って…、ちょっと寝不足ですね」

アルスは正直に答えた。

「昨日のこともあるから、この先、気は抜かない方が良い」

バスチェはアルスの方を向いて言った。昨日の事件もあるので、アルスもバスチェも互いの武器をバッグには入れず腰に装備していた。アルスはドラゴンダガーを、バスチェは船上でも使ったソードを腰に納めていた。アルスは、このソードを足場の悪い船上で、それも片手で振り回し何頭ものワイバーンを倒していたバスチェの力のすごさを、改めて感じていた。

道は次第に険しく狭くなっていった。この時点で道と言っても1人がかろうじて通れる部分があるだけで、平らになっているわけでもなく、ベアか何かが数頭で歩いてできた通路のような印象だった。当初は道の両端が石の壁面となっていたが、ある程度のところから左側の視界が抜け始め、低い山々の頂や遠くまで続く空を見ることができるようになっていた。

「ん?」

先頭を行くバスチェが足を止め、鼻をヒク付かせた。

「アルス、奴はこの先にいるようだ」

ゾロの匂いを認識できるバスチェの嗅覚が、彼を捕らえたようだった。

狭い道を、バスチェを先頭に、アルスは少し緊張しながら、これまでよりも少しスピードを落としながら進んで行った。ラウル山の中腹にも届かない辺りでバスチェは歩みを止め、鼻を利かせ始めた。

「近い?」

アルスは極力声を落としてバスチェに聞いた。

「この辺りに、奴の匂いが、強く残ってはいるが…」

バスチェは鼻を先にしながら首を回し、周りの匂いを嗅いだ。すると右側の岩壁の一部に強い匂いが残っているようだった。その辺りをバスチェの太い腕が触っていると、ある個所でその腕が岩の中に吸い込まれるように見えた。

「これは…。隠しの魔法か?」

その場所に足を踏み入れると、それは岩壁に作られた坑道だった。ずいぶん奥が深そうな印象だ。隠しの魔法とは、魔法士が見た目をごまかすために仕掛けるもので、気づかれない場合が多いと言う。D.G.には魔法士は居ないと言われるので、ゾロの仲間には魔法士がいるのではないかと想像された。魔法士は主にG-ノイド、フェアリス、時にはヒューマンがその力を身に付けている。

バスチェとアルスは、ゆっくりと暗い坑道の中を進んで行った。バスチェによると、ゾロの匂いはこの行動の先に続いていると言う。アルスは、緊張からか手に少し汗をかきつつドラゴンダガーの束に手を当てながら、バスチェの後に続いて行った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ