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ドラゴノイド/竜人  作者: KAZ田中
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龍の子孫とメダルの物語

第3章/アテンザの街

アポリスカの町を日の出頃に出て、アテンザの西の門に着いたのはおよそ7時間後だった。

もう昼の時間も終わり、働く様々な種族で街は熱気に包まれていた。アポリスカも賑わっていたが、アテンザはその比ではなかった。この地域の最大都市であり、昔からの城を中心として作られた城塞であり、その城も数千年前の神々の戦いのときからあるものと言われていた。

「この人混みだと、なかなか匂いを追うのは難しいな…」

門の中に入るなりバスチェは残念そうにつぶやいた。

「まだ始まったばかりです。頑張りましょう!まずは宿屋から当たってみますか」

そう言ってアルスは近場の宿屋に足を伸ばした。バスチェも気を取り直してアルスの後に続いて行った。

最初の宿屋はそんなに混んではいなかった。アルスはアポリスカで行ったのと同様に、宿屋の従業員に話を聞くつもりでいた。中はフロントとラウンジと食事処が配置され、キャラベルが働く宿屋より一回り大きい印象だった。ヒューマンやアニマノイドの従業員何人かが思い思いに作業をしていたが、そのうちの1人のヒューマンに声を掛けた。

「お忙しいところすみません。ヒューマンを探しているのですが…」

男性のヒューマンの従業員は作業の手を止めてアルスの話に耳を貸してくれたが、ゾロのような背が高くひげ面のヒューマンは見ていないとのことだった。同じフロアでバスチェはドッグのアニマノイドの従業員に話を聞いてみたが、結果は同じだった。

「この宿には泊まらなかったようだ」

2人は宿屋を後にして、次の宿屋に向かった。

アテンザの宿屋は、西・南・北にそれぞれある門の近くに集中している。アルスとバスチェは西の門からアテンザに入った訳だが、西の門の周りにも20もの宿屋が点在していた。さらに南、北とそれぞれの門の傍に同じくらいの宿屋があるとなると、この日だけではとても回り切れるものではなかった。さらに街の中心にある城の近くには、もっと高級な宿泊所が何か所か存在している。滞在していると思われる3日目に当たる当日で、宿屋を当たって探し出すのは不可能に近かった。それでもバスチェはゾロの匂いを嗅ぎ出そうと必死になっていたが、様々な種族の汗や体臭、食べ物の臭いや風で運ばれる花の匂いなどが混在し、探し当てることができないでいた。

次第に日は傾き夜の気配が近づくにつれて、アルスは焦りだしてきた。

(ここで捕まえられなかったら、次はいつになるか…)

何とか西の門の周りの宿屋は当たり切ったが、情報は得られなかった。次は南か、北か、と考えていたところ、不意にバスチェが気づいた。

「こ、この匂い。これはゾロ本人の匂いじゃないが、ゾロと一緒に匂ってきたことのある香りだ」

聞くと、それはある果実を使った酒の香りだと言う。バスチェは手掛かりがほとんどない状況で、藁にも縋る気持ちでその香りを追った。アルスも自分では何もできないので、バスチェの後に従った。

北の門の近くの宿屋街のはずれにある居酒屋からその香りは流れてきたようだった。香りとともに大声での会話や罵声、ケンカ腰のやり取りなどが聞こえ、気の粗い連中が集い酒を飲む場所のようだった。

「アルス、私が確認してくるから、ここにいるんだ」

そう言うとバスチェは1人で居酒屋に入っていった。ちょっと心配になったアルスは、居酒屋に近づいて行った。その直後、ドアからヒューマンが吹っ飛んできた。

「ひえっ!」

ビックリして飛びのいたアルスの足元に、赤ら顔の丸いヒューマンが転がっていた。居酒屋の中から重々しい声音ではあるが、明らかにバスチェの声が聞こえてきた。

「貴様らの中で、ゾロを知っている奴が居ることは分かっている。素直に答えないとさっきの奴みたいに、外で寝る羽目になるぞ!」

文句を言う輩が居たようだが、直ぐに外に吹っ飛ばされた。その後2人ほどのヒューマンやらアニマノイドが吹っ飛んできて、ようやく居酒屋の中は静かになったようだった。

少ししてバスチェが外に出てきた。

「アルス、奴の居場所が分かった。城近くの宿泊所らしい」

「は、はい…、い、急ぎましょうか」

バスチェの怪力に少々戸惑いながら、アルスはバスチェと一緒に目的の宿泊所に向かった。


その宿泊所は、アテンザを統治する役人が経営する、街でも有数の高級な宿泊所だった。

「確かに奴の匂いが残っている…」

鼻をヒク付かせながらバスチェは言った。

宿泊所の入り口には2人のヒューマンらしい門番が立っていた。門番は黒い服で整え重々しい雰囲気を漂わせている。バスチェとアルスは作戦を練った。さすがに先ほどの居酒屋のような手は使えない。

「すみません」

結局、ストレートに聞いてみることにし、その役をアルスが請け負った。2人の門番の真ん中でどちらに声を掛ける訳でなく、話しかけた。

「こちらに、ゾロさんはご宿泊でしょうか?」

「どちら様ですか?」

まだ子供にも見えるアルスを前に、いぶかしそうな眼差しを投げかけ門番の1人が聞いてきた。

「お探しのメダルの件、とお伝えいただければわかるかと…」

2人の門番には伝わっていなかったようだった。何を言ってるんだ、この小僧は、という明らかな表情を浮かべ、掌をヒラヒラさせながらここから離れるように意思表示した。

アルスは、それでも同じ場所に立っていた。

「おい、小僧!」

門番の後ろから怒鳴りつける者が居た。一昨日アルスに絡んできた小太りのヒューマンだった。

「こないだの小僧だな。メダルの件、何故知っている?」

門番の間を通り、アルスの目の前に立った小太り男は、アルスを睨みながら聞いてきた。

「こっちが聞きたい」

そう言ってバスチェが物陰から現れ、小太り男を睨みつけた。自分の倍はあるであろうかと思われる、大きなタイガーのアニマノイドが頭の上から睨みつけるので、小太り男は怯んだのか2歩ほど後ずさった。

バスチェは、小太り男の首根っこを片手で捕まえ力ずくで引きずり出した。

「お、おい!何すんだ!」

そう喚く小太り男を見ても、黒服の門番たちは微動だにしなかった。むしろ、宿泊所の前で騒ぎなど起こすな、向こうでやってくれと冷たく言い放った。

宿泊所から少し離れた場所まで、バスチェは小太り男を引きずり、多少手荒な真似をしつつ話を聞きだした。彼の話によると、ゾロはすでにスタンザの港に向かい明日の朝に出向する船に乗るらしかった。メダルを無くしたことで、ゾロはかなり怒り、小太り男と坊主頭に必ずメダルを探し出して自分に届けるよう言い残した。その怒りの大きさは、小太り男の左腕が肩から無くなっていることからもわかった。

「むぅ-」

バスチェが言葉にならない大きなため息を吐いた。ちなみに何故メダルを気にしているか、と言う点に関しては、小太り男は何も知らなかった。ただ、ゾロが誰かに渡すためにメダルを持っていた、ということらしかった。誰に渡すかも、彼は知らないようだった。

「お、俺は、ただ、頼まれただけでよ…」

さっきの勢いが嘘のように、しおれた様子で小太り男はつぶやいた。

明日の朝ゾロが船で向かう先は、シンドローネという街であることが小太り男の自白でわかった。そこに3日間滞在するので、それまでに見つけて持って来るよう指示を受けていたのだった。もう1人の坊主頭は、来た道を引き返し別に探しに動いているという。その話を聞いて、アルスは少し心配になった。シスコ村に残したデガスやマギー、クレスタという仲間たちに危害が加えられなければいいけど、と思い、さらにマリアのことも心配になっていた。

「さて、今からじゃ明日の朝の船には乗れん。その次の船で追いかけようか…」

バスチェはつぶやいた。

その時、アルスは出がけにデガスからアテンザにいる知り合いを紹介してもらったことを思い出した。もらったメモを開き、そこに相談してみたらと考えた。そのことをバスチェに話すと、快く賛成してくれた。

知り合いの家に向かうに当たり、小太り男をどうするか相談したが、すでに勢いもなくなりゾロの行き先も聞き出したことで使い道も無くなったので放っておくことにした。

小太り男も片腕をゾロに落とされ、ゾロの話を謳ってしまったことで、逃げ出そうとする気になっていたようで、その場からそそくさと逃げ出していった。


デガスに紹介してもらったヒューマンは、街の北の門の東側の集合住宅に住んでいるらしかった。名前はスヴェンソン。デガスとどういった関係か、歳は幾つなのか、何をやっているのかもメモには書かれていなかった。とにかくこの街に知り合いはいないので、何とか明日の船を確保する術を、スヴェンソンに頼るしかなかった。

住んでいる集合住宅は1Fにバールが入っており、月が上りきった今の時間でも客が入っていて騒がしかった。メモによるとスヴェンソンの住まいは3Fにあるため、店の脇にある石の階段をバスチェと2人で上がっていった。3Fのフロアの一番奥の部屋が、彼の住まいだった。2人でドアの前に立ち、アルスがノックをしようとした瞬間、ドアが開いた。

「ようやく来たか。さぁ、入って」

色白でグレーの髪をした瞳の青い男のヒューマンが、顔を出して言った。

「おや?アニマノイドか。連れがいるとは聞いていたが、あなたも入りなさい」

タイガーのアニマノイドを見て少し驚いた風ではあったが、住まいの中へ招いてくれた。

入り口から住まいの中に入ると大きな広間になっていた。奥の壁の真ん中に暖炉があり、季節柄火は入っていなかったが、暖炉の両脇には天井までの書棚が設えてあり、様々な書物で埋まっていた。

「君が、アルスか。ようこそ、我が家へ。しかし…、なるほど目がお父さんにそっくりだな。瞳の奥にチロチロと燃える炎が揺らめいているところなど、まさに同じだよ」

アルスの手を握りながら、スヴェンソンは言った。スヴェンソンは長身痩躯で、その体を黒のマントで覆っていた。

「貴方は、アフランから?」

スヴェンソンはアルスの後ろにいたバスチェに問うた。バスチェは、出身はアフランだが、もう10年は帰っていないと答えた。

「いまもそちらの国は大変だそうだね。王様は病に倒れ、その片腕だった衛士長がいなくなったとか…、ちょうど10年くらい前かな」

スヴェンソンは、バスチェの瞳を見つめながら語った。バスチェは、たまらずにスヴェンソンの青い瞳から目をそらした。

「あ、あのー、スヴェンソンさん…。デガスとは、どういった…」

「デガスかい?最初、私は彼の客だった。何度か取引を重ねるごとに親しくなり、もう30年以上の付き合いだよ。君の両親の婚姻式にもお邪魔したね。君が生まれた時はお祝いを持って駆け付けたんだよ」

(そんな、昔から…)

アルスは言葉も出なかった。そんな古くからの友人であるにもかかわらず、自分はスヴェンソンの存在すら知らなかった。

スヴェンソンは学者をしていると言った。主に魔法学と古代神世紀を中心とした古代史を、様々な文献を使って学び、実践し、噂に上っている事象や歴史が正しいかそうでないかをヒモ解いていると言う。1年のうち半分はあちらこちらに旅をしては、自分の立てた仮説や伝承を確認しているらしい。確定した内容に関しては、自ら筆を取って書物に書き残している。

「じゃあ、スヴェンソンさんは魔法士?」

アルスは一通り話を聞き終わった後に、問い合わせた。

「いや。普通のヒューマンにそんな力はないよ。G-ノイドやフェアリスなら別だがね」

そう言ってアルスの瞳をじっと見つめた。アルスは見つめられている間、落ち着かずソワソワし目もきょろきょろ動き出した。

「まあいいさ。明日の船の件だろ?準備はしてある」

そう言うとスヴェンソンは、部屋のテーブルの上に明日の昼前に出向するシンドローネ行の舟券を2枚置いた。

「ど、どうして…」

アルスとバスチェは互いに目を合わせながら、不思議に思いスヴェンソンに聞いた。

「大したことじゃない。アルス、君がこの街に到着したことやここまで何をしてきたかは、この街にいる限り私の耳には入ってくるようになっているのさ。デガスからこちらに向かうであろうことも聞いていた。当然、ここに来る前にアポリスカに寄ることも想像できた。この街に着いてから、連れがいることもわかったし」

実はスヴェンソンは、何体かのフェアリスと契約を結んでいるという。スヴェンソンの指令に従い、フェアリスたちは外を、文字通り飛び回り情報を集め都度都度彼に報告をしてきているそうだ。

「ところで、君たちはこれからも一緒に旅をするのかい?」

スヴェンソンは自分のことをどこまで知っているのか、アルスにはわからなかった。デガスがかなり彼を信用していることは、彼の自分に対する態度や対応からも感じられた。そこでアルスは、これまでのことを細かくスヴェンソンに話すことにした。

アルスが話し終わった頃合いを見計らって、スヴェンソンが口を開いた。

「ならば、目的、というか探す対象はどちらも同じ、ということか。であれば、これから長い時間一緒にいることにもなる。互いを信用できなければ、時を一緒に過ごすにつれ疑念が生まれ信用するに至らなくなる可能性もある。それはダメだ。そんな状態では、ヤツには届かないだろう」

スヴェンソンは話しながら広間をグルグルと歩き回った。

「まずは、互いが信用に足る相手かどうか、それこそ正直にすべてを話し合うべきだと思うが」

そう言って、スヴェンソンはバスチェの方を見た。

「うぅむ…。た、確かに。スヴェンソン氏の言う通りかもしれない」

バスチェは隣の立つアルスの方に向き直った。

「アルス、私はアフランの茶売りではないのだ」

アルスは、そう言われても驚きはしなかった。それはここまでのバスチェの風貌や態度から、ただのアニマノイドとは感じなかったからだった。特にアテンザに到着する前の夕日に輝くバスチェの姿は、神々しく高貴なイメージを与え見惚れるかのような佇まいだった。

「私は、彼の言う通り、かつてはアフランの衛士長だった。例のメダルが無くなり、国が荒んでいくことがどうにも我慢できず、国王に探索の許可をもらいここまでに至った。私は各地に私の部下を配置しメダルの手がかりを探らせつつ、私も母国の名物の茶を売る行商人に成りすまして手がかりを探していたんだ」

アポリスカの宿屋で働いていたキャラベルも、バスチェの部下だと言う。

「そう、だったんですか。大変な旅を続けていたんですね」

そう言うと、アルスは自分がG-ノイドであることを告げた。それも特殊な神であるドラゴンの子供であること、すなわちドラゴノイドであることをバスチェに説明した。

「そうだったか。まだこの時代にG-ノイドが存在しているとは…」

互いの素性を隠しもせず語り合った2人は、しばらく黙ったまま互いを見つめた。

話を聞いていたスヴェンソンが、2人のそばに寄ってきた。

「どうかな。互いに信用できる相手と理解できたかな?」

アルスとバスチェは、改めて互いの顔を見つめ無言で握手を交わした。

「じゃ、遅くなったが夕食としようか。今日は、私が得意としているシチューなんだが、口に合うといいがね」


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