龍の子孫とメダルの物語
第2章/D.G.(ダークゴッド)
アポリスカの町はシスコの村から東へ、歩いて3時間ほどの場所にある。シスコの村よりも広く人も当然多い。日の出の時間から歩いてきたアルスは、町が騒がしくなる時間帯に到着した。
まずは3人組の情報を、と思い、町の入り口に近い宿屋に入った。宿屋はこれから宿を出ようとする宿泊者達が多く、かなりの賑わいを見せていた。次の目的地に向かう者、用事を済ませて家に帰ろうとする者、いま到着して荷物を下ろそうとしている者など様々だった。
そんな忙しない空間の中でアルスは、この騒動が落ち着くまで待とうと考え、入り口近くの丸椅子に腰を掛けたが、すぐに宿屋の従業員に声をかけられた。
「お着きですか?」
見ると、頭に耳、腰にしっぽが出ている雌のキャットのアニマノイド(獣人)だった。
「え?い、いや、宿屋の従業員さんにちょっと聞きたいことがあるもので」
「そうですか。少しお待ちくださいね」
そう言ってキャットの従業員は顧客の方に向かい、効率よくていねいに顧客の要望を捌いていった。顧客には様々な種族が入り混じっていた。ヒューマンはもちろん、いろいろなアニマノイドや妖精と言われるフェアリスも見られた。アポリスカの東には、このエリア最大の都市と言われるスタンザが控えている。その街に用事のある者が大半、この宿屋に宿泊したり、食事をしたり打合せに使ったりしているのだった。
そんなバタバタしている宿屋のロビーを眺めていると、さっき声をかけてきたアニマノイドが近づいてきた。
「どのような御用ですか?」
頭の上にある耳が、ピコピコ動いている。アニマノイドはシスコの村にも住んでいるので、珍しいわけではないが、彼女の目が1つは赤、もう1つは青なので、声をかけられてもアルスはその目に釘付けになりすぐには答えられなかった。
「お客様?」
再度、声を掛けられようやくアルスは我に返った。
「あ!、す、すみません、お忙しいのに…。実は…」
アルスは昨日出会った3人組のヒューマン(実態はヒューマンではないかもしれないが、そのことは伏せて)について心当たりがないか、訪ねた。
「ふーん、長身でひげ面、小太り、坊主頭、ですか…。ふーん」
キャットのアニマノイドは腕を組みながら小首をかしげ天井を見上げつつ、考えているようだった。その時は、しっぽが床をリズミカルに叩き、頭の上の耳はさっき以上に大きくピコピコ動いていた。その様がなぜか可笑しく、アルスの顔に自然と笑みが浮かんでいた。
「何か、可笑しいですか?」
キャットのアニマノイドは、アルスの表情に気づき問いただしてきた。
「い、いや、…ごめん」
「いーんですよ。それよりも3人組ではないですが、背の高いひげ面は、見たことがありますねぇ。そういえばそのヒューマンの後ろに坊主頭もいた、ような気が…」
また、頭の上で耳がピコピコ動き出した。せっかく考えてくれているのだから、今度は笑わないでおこうとアルスは思った。
「あ!そうだ。この町の中心にあるオベリスクの塔の下で見たんだ。背の高いひげ面と坊主頭。何か話し込んでいたなぁ…。あ、私、お使いでその塔の向こうにある別の宿屋に行く途中だったんですよ。背の高いひげ面、結構背が高いんで覚えていたんだわ」
3人組はおろか、その背の高いひげ面も坊主頭もこの宿屋には泊まらなかったそうだ。彼ら2人を見かけたのは、3日前の夕方くらいだったらしい。
そのオベリスクの塔は町の中心と言うこともあり、広場になっていた。そこには定期的に出店があり多くの人たちが日々集まっている場所だという。アルスも、昔行商に来た際、デガスと一緒にその広場で昼飯を食べた記憶があった。
まだ昼にも時間があるので、準備しているであろう出店に聞いてみるのも手だ、とアルスは考えた。
「ありがとう!行ってみます」
そう言うとアルスは丸椅子から立ち上がり、外に出ようとした。
「待って!あの、お名前は?」
「え?あ、アルスと言います」
「私はキャラベル。他の従業員にも聞いてみます。あとでまた立ち寄ってみてください、アルス」
「わかりました。あの、ありがとう」
そう言ってアルスは町の中心部へと向かった。
まだ昼には時間があるので、それぞれの出店は開店準備で忙しそうだった。
(ちょっと、時間を間違えたかな…)
アルスはそうも思ったが、時間が経てば経つほど3人組の情報が消えていく不安から、居ても立っても居られなくなった訳だ。ならば当たって砕けてもいいか、と思い、一番近い茶店を準備しているタイガーのアニマノイドに聞いてみることにした。
「忙しいんだがな」
素っ気なかった。確かに、忙しそうにしてはいるが、手を動かしながらでも話すことはできるだろうに、とアルスは思った。しかし、こんなことで怯んでいてはこの先も大変だ、と考え直し再度聞いてみることにした。
「忙しいのにすみません!3日前の夕方頃、この辺でひげ面の背の高いヒューマン、見ませんでしたか!」
さっきより大きな声を出した。茶店のアニマノイドは、あまりの声のデカさに持っていた物を落っことし、耳をふさいだ。
「お、お前な、俺らはヒューマンより耳が良いんだ!そんな、でかい声出されちゃ、耳がつぶれちまうだろ!それに、俺はさっき、忙しいって言ったはずだ!」
怒るとさすがにタイガーは、怖い。
「す、すみません!」
後ずさりして、アルスは茶店を離れた。
改めて周りを見渡すと、10ほどある出店のどれもが忙しそうにしている。やはり時間が悪かったか、と、オベリスクの塔の根元に佇んでいると、後ろから肩を叩く者がいた。
「にぃちゃん、ゾロを探してるんケ?」
振り返ると、そこにはカエルそっくりの物体が立っていた。
「ひ!」
ビックリしてアルスはその場を飛びのいた。その様をカエルが見ると、フン!と鼻を鳴らした。機嫌を損ねたようだった。
「す、すみません。急に肩を叩かれたので…」
アルスは言い訳めいた言葉でその場を濁したが、余計に疑わしい目で見られることになってしまった。
「あ、あぁ…お腹がすいたなー。何かおいしい物、食べたいなー」
咄嗟にアルスはお腹がすいたことにして、ごまかした。するとカエルは急に相好を崩し、改めてアルスに近づいてきた。
「そうけ。腹が減ったケ?うちのメシ、食うケ」
手に水掻きがあり、明らかにカエルであるこの者に手を引かれ、1つの出店に連れていかれた。「ホロロとトーモのスープ/クエの店」と看板には書かれていた。
「まずは、食うケ」
スープボウルに黄色いスープに煮込んだホロロと言うトリの入った料理が目の前に置かれた。
「うまいケ。ほれ、食うケ」
見た目は置いておいて、いい匂いがし、アルスの腹を刺激してきた。出されたフォークとスプーンで一口食べてみた。
「う、うまい!なんだこれ?食べたことない味!」
アルスは、そう言ったきり食べ続け、あっという間に完食してしまった。
「そんなに早く食うケ、体に悪いケ」
と言いながら、カエルは嬉しそうに食器を片付け始めた。
「いや、本当においしかったです!」
まだ昼食には早い時間にもかかわらず、アルスの腹は一気に膨らんだ。これは、午後もバリバリ動けそうだ、とアルスは思った。
「で?ゾロを探してるんケ?」
そうだった。目的は食事じゃなく、3人組の探索だ。カエルだろうと何だろうと、情報があるなら手に入れないと、そうアルスは考えた。
「ゾロっていうんですか?背の高いひげ面は」
「そうケ。なぜ、奴を知りたいケ?」
テーブルの向こうからカエルはそう言いながらアルスの方に身を乗り出してきた。
「なぜって…、昨日見かけて、聞きたいことがあって…」
そう話していると、アルスの目の前に水掻きのついた掌が伸びてきた。
「あ、…お、おいくらですか?さっきのスープ」
「スープは300ピン、ケ。情報は1,000ピンだケ」
「へ?」
(お金を取るのか?)
「情報は、お金ケ」
それにしても合わせて1,300ピンは、高すぎる、と思いながらも相手の名前がわかったことには感謝していた。なので、しぶしぶではあるが硬貨で1,300ピンを水掻きのある掌に置いた。満足そうにうなずいたカエルは、くるりとアルスに背を向けて出店の奥に引っ込んでいった。
「あ、あの!ちょっと!」
「もっと知りたきゃ、あと1,000ピンだケ」
「えー!」
「はぁー」
深い溜息をアルスはオベリスクの塔のある広場の真ん中で、吐いた。
結局、あのあとゾロの情報を入手するのに1,500ピンも追加で支払ったのだった。最初の情報で昼食と一緒に1,300ピン、追加の情報で1,000ピン、さらに追加を何とかまけてくれて500ピン、ゾロの情報をもらうのに合計で2,500ピンも使ってしまった。これは中級の宿屋での1泊分の宿代に等しい。見つかる間のどこかで、野宿もしなきゃならないな、と思いながら広場を歩いていると、野太い声がアルスを呼んだ。
「そこの、少年。ちょっといいか」
アルスを呼んだのは、午前中にアルスが声をかけ忙しいことで断られたタイガーのアニマノイドだった。腕組みをしてアルスを見ているので、何か怒られるのかと恐る恐る近づいた。
「なんだ、そんなに怖がるな。ところでさっき、クエにゾロのことを聞いてなかったか?」
キャット系のアニマノイドは非常に耳が良い。カエルのクエの店先で話していた内容を聞き取っていたらしい。アルスは驚きながらも、確かにゾロと言うヒューマンについて聞いていたことを認めた。
「ヒューマン?クエのやつ、そんなことを言ったのか?奴はヒューマンの成りをしているが、そうじゃない。下等のD.G.、つまりダークゴッドだよ」
「そ、そんな…。そんな話は聞かなかった…。」
「言ってもいないだろ、クエの奴は。ヒューマンだと言わなかったはずだ。君が思い込んで話を聞いていたんじゃないか?」
そう言われると、確かにそうだった。アルスがカエルのクエから仕入れた情報は、名前がゾロということ・出身というか、このアポリスカの街の東にあるスタンザの港を超えて、海の向こう更に東にあるピサと言う街から来ている、ということ・ほかの2人(小太りと坊主頭)は行く先々で従える家来のようなもの、という3つだった。
「た、確かに、そうです。僕はてっきりヒューマンとしか…、あっ!」
「な、なんだ?…、だからデカい声を出すなって。それで、どうした?」
昨日シスコの村に行く途中、3人組が去り際に見せた光景をアルスは思い出したのだった。
その光景をタイガーのアニマノイドに説明した。
「その赤い光を出すというダガーは?」
アルスは腰に付けていたダガーを外し、鞘ごと見せた。
「手にとっても?」
タイガーはアルスに断り、ダガーを手に持った。
「う、お、重い!な、何故この大きさでこんなに重いんだ?」
やはり、あの夜と同じだった。自分が持つとこのダガーは重さが軽くなる。ダガーが認めた者でしか使いこなせない代物なのだ、とアルスは再確認した。
タイガーはアルスにダガーを返しながら、アルスに話した。
「ゾロの奴は、もう10年以上、ゴラン山に通っている。私は行く先々で茶店を開いて旅を続けているが、こちらに来れば必ずゾロを見かける。と、言うか匂う」
タイガーのアニマノイドは嗅覚も優れていた。彼が言うには、ゾロの放つ匂いは通常のヒューマンのものではなかった。もちろん他のアニマノイドやフェアリスのものでもない、独特の臭気を放っているそうだ。その匂いは、タイガーのアニマノイドが過去に何度も嗅いだことのある匂いで、忘れられるものでもなかった。
「少年、ゾロを追うのか?奴はスタンザに向かったと思うぞ」
「え?どうしてそれを?」
「奴はゴラン山に行って戻ってくると、決まってスタンザにしばらく留まる。誰かに会っているのかもしれんが、昨日この方向に来たということはスタンザに戻る途中だろう」
まだ、ゾロの姿も見かけず居場所も掴んでいないアルスにとって、またとない情報だった。
「じゃあ、今から向かえば…」
「おいおい、少年。今からじゃスタンザに着く頃は月が2つは出ているだろう。道中に危険な場所もある。明日にしろ。なぁに、ゾロは明日動くことは無い。大体3日はとどまるだろうから」
そう言うとタイガーのアニマノイドは、途中だった出店の片づけを始めた。
「あれ?もう閉めちゃうんですか?」
「ああ、私も明日はスタンザに行く。どうだ少年。一緒に行かないか?」
アルスもスタンザの街は1度くらいしか行ったことが無かった。ましてヒューマンの姿をしたD.G.を探さなければならない。タイガーのアニマノイドはスタンザで何度も出店を出しており、あの広い街の大半を認識している。一緒に動くことの方が効率的だし、ゾロはあと3日は街にいると言う。
「はい!お願いします!」
お互いに名を名乗り、アルスは出店の片づけを手伝った。タイガーのアニマノイドは、バスチェと言った。
明日の朝早くスタンザへ向かうことにしたので、互いにアポリスカで1泊することにした。町の入り口まで戻り、最初に話を聞いた宿屋に入った。応対してくれたのは、キャラベルだった。
「アルス!来てくれたんだ。泊るの?」
そう言って駆け寄ってきたキャラベルが、アルスの後ろにいるバスチェに気づいた。
「え…」
少しの間言葉を失ったキャラベルに、バスチェは口を閉ざすよう口元に人差し指を当てた。
小さくうなずいたキャラベルは、アルスに向き直り入手した情報がある、と伝えた。
キャラベルの情報は、ゾロと言う名のヒューマンで、彼はそうでもないが、連れ歩くヒューマンがみな荒くれ者で、行く先々で問題を起こすらしかった。行く場所によって部下のようなヒューマンの顔触れは変わるらしいが、ここ半年は、例の小太りと坊主頭の3人組で動いていると言う。アポリスカの町には、いつも東から来て西に行き、戻ってきたらまた東に帰るという行動をしているらしく、何かの行商か土地買いかと、彼を見知っている者は噂しているそうだ。
キャラベルにお礼を言って、指定された部屋にアルスは向かった。バスチェは隣の部屋だった。
「じゃあ、後で一緒に夕食を食べようじゃないか、アルスくん」
部屋のドアを閉める直前、バスチェは言った。
「そうですね。バスチェさん、よろしくお願いします」
同じく自分の部屋のドア前でアルスは答えた。
部屋はそんなに大きくはないが落ち着いた雰囲気を漂わせていた。アンティークと言える小さなテーブルとチェスト、そしてベッドで部屋は占められており小さめのクロークがドアの脇にあった。
「はぁー…」
ベッドに腰をかけ、思わずアルスはため息をついた。朝日とともにシスコの村を出て、アポカリスの町に着いてからの慌ただしさを思うと、一気に体が疲労に包まれてしまうかのようだった。そのままアルスは横に倒れ、いつしかベッドの上で寝込んでしまった。
ドンドン!
ドアの叩く音で目が覚めた。窓を見ると綺麗な夕焼けが広がっていた。まだはっきりしない頭でドアに近づき開けると、目の前にバスチェが立っていた。
「アルスくん、食事に行こうか。おや、寝てたのか?」
アルスは、バスチェと一緒に夕食を食べる約束だったことを思い出した。
「あ、す、すみません、バスチェさん。行きましょうか」
下階に降りるとダイナーがあり、宿泊者・来客者がそれぞれ思い思いに食事を楽しみ、賑わっていた。
一通り飲み物と食事をそれぞれ頼んだ後、オーダーが到着するまでの間、アルスはバスチェと明日の予定を擦り合わせた。オーダーした食事を運んできたのはキャラベルだった。
「おまたせー。明日は早いの?ならたくさん食べて早く寝ないとねー」
そう言うとキャラベルは、アルスとバスチェの前に食事と飲み物を置いた後、ちょっとした前菜も置いた。
「あれ?頼んでないよ?」
アルスはキャラベルに言ったが、泊ってくれるアルスへのサービスだそうだ。
アルスとバスチェは、それぞれ頼んだものを食べながら互いに自己紹介をした。一緒に食事をし、隣通しの部屋に泊まり、明日朝早くから一緒にアテンザまで同道する相手にもかかわらず、名前以外知らなかったことが2人は可笑しかった。アルスにしてみれば、それだけ安心できる雰囲気をバスチェは持っていた。
アルスは、一昨日16歳になったばかりでヒューマン探しの旅に出たところだった、と説明した。そのヒューマンと思ったゾロが、実はD.G.だったことはバスチェから教えてもらったわけだが。一方バスチェは、南にあるアニマノイドが作った国アフランから10年前に旅に出たという。これまで一度も国に帰らずアフランの名物であるお茶を商品に、行く先々で茶店を出してはアフランの名物の茶を広めている、とのことだった。
アルスは、アフランと言う国の名前をどこかで聞いた記憶があった。だがその場ではすぐに思い出すことはできなかった。
それぞれ完食し、明日が早いこともあるので寝ることになった。上階に行く階段を上りながら、アルスはキャラベルに挨拶をした。挨拶は返してくれたものの、彼女はまだ忙しそうに動き回っていた。
部屋の前で2人は互いに挨拶をし、アルスは部屋に入った。
食事も飲み物も満足のいく味だった。お腹が一杯になったものの先ほど仮眠をしたので、すぐに眠気は訪れなかった。そこで、明日の出発準備をしようと考え、ベッドの上で荷物を整理していた時、隣のバスチェの部屋からバスチェが誰かと話をしている声が聞こえてきた。何を話しているか聴き取れはしないが、相手は女性のようだった。
(誰だろう…。こんな時間に…、それもこんなところで)
壁に耳をそばだてようと近づいたが、考え直した。バスチェにも事情があるのだろうし、あまり首を突っ込むのも良くないことと思ったのだった。
夜が明けて、最初の日の光が窓辺に差す頃、アルスとバスチェは宿を出発した。まだ眠っているアポリスカの町の中を進み、東の門から街道に出て大都市アテンザを目指し進んだ。
空は既に青く染まり、野鳥たちが朝ご飯を食べに行くのか、群れで飛んでいた。
アテンザへはおよそ6時間の行程になる。順調に進んでもお昼過ぎの到着と思われた。道中には1つの山と1本の川を越えていくことになる。
バスチェの話では、例の男3人組、というかそのうちのゾロというD.G.は、最低3日はアテンザにとどまるという。アルスが出会って今日は3日目、その日のうちにアテンザまで移動していれば、明日にはいなくなっている可能性が高い。それを考えるとアルスの足は、無意識に速くなっていた。
「おいおい、アルス。今から飛ばすと後でバテるぞ」
バスチェが注意するのも当然だった。越えねばならない山は標高もあり、かなり険しい部分もあるスーテ山で、夜には野獣や時によって魔物が出る噂がたつほどの場所でもあり、気軽に踏破できる代物ではなかった。
「そうですね。力を蓄えておかないと、ですね」
「そう。ところで…、君はなぜ、ゾロを探している?」
突然、バスチェが聞いてきた。
アルスは聞いてきたバスチェの顔を見た。彼の瞳は濃いブルーで、落ち着いた、それでいて安心できる雰囲気を醸し出していた。見ていると吸い込まれそうで、色は違えどマリアの瞳に似た印象を覚えた。
「そうですね、実は…」
アルスはこの旅に出るきっかけとなった両親のことを話した。10年前、それこそ今から向かおうとしているスーテ山の森の奥で何者かに両親が殺されたこと、母の持っていたメダルをシスコ村の宿屋に泊まったゾロたちが持っていたらしかったことを説明した。メダルをゾロたちはどうやって手に入れたのか、聞きたいとアルスは言った。
話し終わるまでじっと聞き入っていたバスチェが、話が終わると同時に大きな鼻息を立てた。
「そのメダル、見せてもらえるかい?」
歩みを止めたバスチェに聞かれたアルスは、懐から例のメダルを取り出しバスチェの大きな掌に置いた。バスチェは、落ち着いた濃いブルーの瞳でメダルをじっと眺めた。すると、その瞳からみるみる涙がこぼれてきた。
「え?バ、バスチェさん、ど、どうしたんです?」
急な展開で、アルスはどうすればいいかわからなかった。メダルを見つめ微動だにせず、ただ涙をこぼす大きな体をしたタイガーのアニマノイドを前に、オロオロするしかアルスにはできなかった。
「す、すまない。アルス、このメダルは…」
スーテ山に至る山道に差し掛かったところで、アルスとバスチェは道端の巨石に腰を下ろした。ちょうどアポリスカの町を出て2時間ほどだったので、休憩するタイミングでもあった。
「アルス、このメダルは我々アフランの国が誕生した際、儀式に使われた神より託されたメダルなんだよ」
涙は止まっていたが、バスチェの瞳は悲し気な色に変わっていた。
アフランはおよそ50年の歴史を持つアニマノイドが中心となって建国された国である。建国の際、天界の神に降りていただき、国の平和と発展を祈ってもらうよう儀式を行ったという。その儀式に使われたメダルで、災いから国を守るキーアイテムの役割を担っていた。しかしある時、何者かに儀式に使われた祭具が盗まれ、このメダルもその時に国から紛失したそうだ。
メダルは3枚あり、それぞれが「愛」「命」「種」の力を有しこの3枚が揃って国外からの邪悪な力を寄せ付けず、国の発展と永続が守られると言われていたが、3枚とも失われたことで現在のアフランは内戦、暴動が続き、国としての機能が保たれない状況に陥ってしまった。バスチェは、お茶を売る行商を続けながらこのメダルを探し求めていたと言う。
「そうだったんですか…」
悲しそうな表情のまま語るバスチェを見て、アルスは掛ける言葉もなかった。
「そうなれば、私もゾロに聞きたいことができた、という訳だ。アルス、一緒にアテンザに行くだけでなく、ゾロの探索に加えてくれないか。私は奴の匂いを嗅ぎ分けることができる。君が聞きたいこと、私が奴に聞きたいこと、何かつながっているような気がしてならん」
アルスは、同じようなことを考えていた。
「じゃあ、急ぎましょうか。バスチェさんの話だと3日はアテンザに滞在するとか。今日はその3日目になります」
アルスはバスチェを励ます意味でも、力んで声を掛けた。先に巨石から腰を上げ飲んでいた水筒もバッグに収めスーテ山の方に顔を向けた。
「そうだな、そうしよう。そして、このメダルは君が持っていてくれ。お母さんの形見だし、メダルは3枚揃わないと効果がないから」
「わかりました!改めて、バスチェさん、よろしくお願いします!」
2人は再びアテンザに向け歩を進めた。
日中でも薄暗いスーテ山の森を抜け、険しい岩山を乗り越えた頃、すでに太陽は中天を少し過ぎていた。急流の川を越えるとアテンザの城壁が西日に光って見えてきた。
「もう少しだな」
そう言うバスチェの、西日に輝く毛並みが美しく、アルスは思わず見とれてしまうほどだった。途中で少し休憩はしたものの、巨石に座って話して以降、ほぼノンストップで歩き続けてきた。さすがにアルスは疲労が溜まっていたが、バスチェは何ともない様子だった。バスチェ1人なら、もうアテンザに着いていただろう。少し申し訳なく思うアルスだった。
それにしても、と歩きながらアルスは考えた。D.G.であるゾロは、何者なのだろうか。D.G.と言うことは冥府の神の血脈と言うことだろう。するとドラゴノイドである自分とは敵と言うことになるのだろうか。なぜ、母のメダルを持っていたのか、そのメダルがアフランの儀式のメダルの1枚ということも関係があるのか。聞きたいことが山ほどあるが、まずはゾロを見つけないと。
そう考えバスチェの後を、アルスは懸命について行くのだった。