龍の子孫とメダルの物語
遠き遠き古の刻。冥界の王たるハデラーが中界を支配すべく侵略を開始。それを許さぬ天界の王ゼウシウスが、他の神々とともにダークゴッドたちの行動を阻止すべく戦いを挑んだ。中界が戦場となり中界に住む多くの生き物たちをも巻き込んだこの戦いは、何千年もの永きに亘り続いた。多くの神々が傷つき、ダークゴッドも中界の生き物たちも同じく激しいこの戦いの中で傷つき倒れた。中界の山は崩れ、川は枯れ、戦いに臨まぬ中界の生き物たちも多くの種族が死に絶えた。
戦いは、天界の神々の勝利となった。冥界の王ハデラーは、ゼウシウスたちの手により永久の闇に幽閉され、ハデラーに従うダークゴッドたちもそれぞれが分散されて各地に封印された。冥界に逃げ帰ったダークゴッドたちも、神の手により冥界の扉を封じられ中界、更には天界へ行くことも不可能となった。
こうして数千年もの間続いた神々による戦いは天界の神々による勝利に終わり、中界にもようやく平穏が訪れた。
この戦いの終わりには中界の生き物たちにとって、冥界からの侵略の脅威が除かれたほかにも、いくつかの変化がもたらされた。
それは、神々との交合に伴う種の変化、だった。
永き戦いの最中、神々もずっと戦いに集中できていたわけではなかった。戦いに傷つき体を癒す時間は、刺々しい殺伐とした心を安らげる時間ともなり、そこには娯楽も文化に基づく文明も知識も中界に分け与える機会となった。そして種を超えた愛も、そこには含まれた。
神々の戦いによって荒らされた中界には、数千年の時を経て、戦い前の生き物たちとは異なる種族が存在することになった。
G-ノイド:天界の神々と中界のヒューマンとの交合による種族。12種類の血脈があるが、
時間とともにその特異性は希薄となり、絶えた血脈もある。
フェアリス:天界の神々の使者たる天使が、中界のヒューマンや他の生き物と融合して生成
された生き物。フェアリスにはヒューマンとの融合の場合は男女の種別はある
が、その他の生き物はすべて中性となる。
アニマノイド:いわゆる獣人。神のいたずらにより生まれた中界の生き物とヒューマンの交
合種。タイガー・ベア・キャット・ドッグ・ホーク・シャーク・オクトパス
などさまざまな種をもつ。
またそれは天界の神々のみならず、冥界の闇の神も同様で、秘かに異種族の存在が中界に頒布していたが、戦後数千年の時を経て露になることもなく他の種族と平穏に過ごしていた、…はずだった。
天界・中界・冥界で成り立つ世界での物語
天界:神の治める世界
中界:一般生物の存する世界
冥界:闇の神の治める世界
Prologue/はじまりの刻
昨夜まで続いた長い雨は、巷の粉塵をすっかりと洗い流し、久しぶりの朝日を浴びて煌めく雨粒が、さわやかな日の始まりを予告しているようでもあった。
ゴラン山の麓にあるシスコの村に、16歳になろうとするヒューマン・アルスは祖父であるデガスと暮らしていた。デガスと2人、金物の精製・修理を生業とし、村もしくは麓を下った小さな町アポリスカで金物を売ったり修理を請け負ったりして生計を立てていた。
アルスの両親は、アポリスカの東にある大きな街スタンザに行商に行った帰りに、何者かに殺された。10年も前の話だった。当時シスコ村やアポリスカ、スタンザでも有名な事件だったが、いつしか時が流れ人々の記憶から洗い流されたかのように、その件については話にも上がらなくなってしまっていた。この10年、小さな喧嘩はあれど殺人のような大事は起こることは無く、平穏な世の中でアルスの両親の事件は誰もが思い出したくない事柄となっていた。村長もアポリスカ町長も、それぞれに暮らすヒューマンたちも、平穏な村や町であることに誇りを持っているようだった。
かつてアルスはデガスに両親の話をせがんでいたが、デガスはあえて口にせず、アルスに仕事を指示し忙しく働かせることで話題をそらしていた。そしていつしかアルスは事件について聞くこともしなくなり、いつもと変わらぬ明るい表情を崩さずに1日1日を過ごしていた。アルスが朝ご飯を食べ、いつものように村はずれの勉学所に行くのを、デガスは穏やかな笑みで見送り、夕方日の入り前に帰ってくると一緒にひと仕事を済ませて夕食を食べ、思い思いの時間で眠りにつく、そんな何事もない日々が2人の間には続いていた。
それでも夜になるとアルスのベッドから、咽び泣くような声を、デガスは何度も聞いていた。
アルス16歳の誕生日の夜。
いつものように質素な夕食を終え食器を片付けたアルスに、デガスは地下の部屋に来るように言った。地下の部屋はデガスの金物作品と多くの書物が置かれた、デガスの書斎とも言える部屋だった。アルスの小さい頃はよく部屋に入っていたが、最近はまったく寄り付かなくなっていた。いつも夕食を終えると自分の部屋に閉じこもり本を読み、夜空に光る星を観察するのが日課になっていたため、夕食後にデガスと話すことすら無くなっていた。
踏めば音を出す古いオークの階段を降り、明かり窓から漏れるロウソクの灯を確認し、大きめのドアを開けると、分厚い何冊かの本が重ねられた部屋の大きなテーブルの奥にデガスは居た。
「今日は16歳の誕生日だな」
徐にデガスは口を開いた。
朝から同じことを聞いていた。その時は軽い口調で笑みを湛えながら、いつものデガスのようだったが、今は違う。アルスには、ロウソクの灯のせいもあるだろうが、デガスの顔がいつにも増して暗く、皺がより深くなってしまったように見えた。
「何度目?今日は同じことを言うね」
あえて明るくアルスは答えた。
そんなアルスの軽口も耳に入らないかの如く、デガスはテーブルの前にある丸椅子に腰を掛けるように手で指示した。言われた通り丸椅子にアルスが腰をかけると、デガスは後ろの棚の奥から古い布で包まれた物をテーブルの上に置いた。
ゴトッ。
重い音がした。金物であることは間違いがなかった。
「何?」
アルスの問いに答えることもせず、デガスは古い布を外していった。それは見事な彫刻が施された鞘をもつ小ぶりの剣のように見えた。彫刻は胴の長い生き物を模っているようで、四つ足の前足に2つ赤い石が嵌め込まれていた。鞘のもう片側にも同じ生き物が細工してあり、今度は後ろ脚に2つの赤い石が嵌っていた。握りの部分は緑の鱗のような模様で、片手で握るのに十分な長さだった。
「抜いてみろ」
デガスはアルスに言った。
持ってみるとそこそこに重い。これを振るのは結構大変だ、とアルスは思いながら、握りを持ち鞘から剣を抜いた。
その時。
アルスが抜いた剣先から赤い光が迸り、剣自体を赤い光が包み込んだ。
「うわ!」
驚いたアルスが剣を顔から遠ざけると、地下の部屋全体が赤い光で包まれた。
「…、やはり、か」
デガスが、苦々しい表情を湛えながら口を開いた。
「え?…何のこと?」
「もう鞘に納めろ。眩しくてかなわん…」
アルスが言われた通り剣を鞘に納めると、赤い光は消え、部屋の中は以前のように薄暗い空間に戻った。
「どういう…」
「これからお前に両親の話をする」
突然のデガスの言葉に、アルスは固まった。
いままで聞いても決して話してくれなかった両親の話を、デガスはこれからすると言う。アルスは鞘に納めた剣をテーブルに置き、丸椅子に居住まいをただし座りなおした。
デガスの口が語る話、それは長い神々の争いの話から始まった。
デガスは、ところどころ話を止めアルスがきちんと話を飲み込めているかを確認するかのように、長い長い話を進めていった。
アルスは最初両親の話が出てこないので面食らってはいたが、デガスの話す内容が興味深く、体を乗り出すようにデガスの話を聞いていた。
「お前の両親だが…」
アルスは突然両親の話に振られたため、いままでの興味本位の頭から現実に揺り戻されたような気がした。
「母親、つまりワシの娘だが、G-ノイドの血流だった。ワシの連れ、すなわちお前の祖母がその血筋だった。さらに、お前の父は、遠い異国の、いわゆる神だった」
「え?」
デガスは、アルスの両親の正体を何の脚色もせず隠すことなく伝えた。
母の血筋が何の神のG-ノイドであったかは、不明と言う。数千年ものあいだ流れてきた神の血は、今となっては水に等しいと思われる。が、父の場合は異国の神であったことは間違いがない。父と母は20年前にゴラン山の中腹で出会った。母は薬草を取りに一人で山に入っていたが、ある場所で傷ついた大きな生き物に出会った。それが後の父だった。その生き物は剣の鞘に模られた生き物と同じく胴の長い四つ足で、体からかなりの出血をしていた。母は持っていた薬草で応急処置をしたものの、その生き物の大きさから、この先どのように処置すればよいか悩んでいた。するとその生き物はヒューマンの男の姿に変異した。母は再度薬草で処置をし、ヒューマンの姿になった父を家まで連れて帰り看病した。その後2人は互いに惹かれ合い結ばれ、4年後にアルスが生まれたのである。
「そんな…、でも父さんが神だって、どうして…」
「ワシが聞き出した」
デガスによると、一緒に暮らしだしてから1年後、2人が惹かれ合っていることに気づいたデガスが父と2人きりの時に問いただしたそうだ。
父は東の果ての地の神だと言った。ゴラン山のある場所が、かつての神々の争いによって封印されたダークゴッドの封印地の1つなのだが、少しおかしな波動が出ているため調べに来たが、結界を破れずに傷つき倒れた、と言う。その傷がもとで本来の力が出せない父は、他の神にその調査を任せ、2度と神の姿にならないことを条件に母との婚姻を選んだという。
デガスは父に金物作業を叩き込んだが、母が妊娠しアルスの存在がわかると、父は工房に閉じこもり何かを造り始めた。それがこの剣だった。
「この剣をお前の父がワシに預けたとき、生まれてくるお前に16歳になったら渡して欲しいと言っておった。まるで自分の運命を知っていたかのように、な…」
この剣を、父はドラゴンダガーと呼んだ。普通のヒューマンが持てば普通の剣にしかならないが、自分の血を引くG-ノイドが持てば自分の身を護るとともに周りの世界をも護る品物となるそうだ。また持つ重さも持つ者の資質に応じて軽くなるという。
それを聞くと、アルスは今一度剣を持ってみた。
だが以前と重さは変わらない。再度鞘から剣を抜いてみると、先ほどと同様に赤い光が迸った。
「か、軽い!確かに軽くなった!」
鞘から抜いた剣は、これまでの重みが嘘のように消え失せていた。今まで片手で持てるかと思えるほどの重さが、片手で振り回せるほどの重さとなり、かなりの速さで扱うことも可能になる。
「アルス、お前がこの剣を抜いた際に赤い光が迸ったじゃろ。それこそG-ノイドの資質。あやつの血を引き、その資質を目覚めさせた証拠じゃ」
そう言うデガスの目は悲しみに満ちていた。
デガスの話はまだ続いていた。
アルスは知りたい根本の部分が聞けず、焦れていた。すなわち、両親の死の真相だった。
「なぜ、誰に殺されたのかは、はっきりせん…。ただ…」
「ただ?」
アルスはデガスの顔間近まで、無意識に顔を近づけていた。聞きたい、教えて欲しい、そんな素直な気持ちが溢れ出ている態度だった。
少し顔をアルスから離し、デガスは語りだした。
「あの日は朝からイヤな雲が空に出ていた。そういえば、お前の父は母にワシとお前と一緒に家で待っているよう言っていたが…。あれはそういうことだったのか…。」
父は母にデガスと一緒に家で待っているよう、しつこく言ったが、新しい街に商売に行くということもあるし父と離れたくなかったのかもしれず、半ば強引に一緒に出発したそうだ。
スタンザでの商売は割とうまくいったようだった。それは事件現場に落ちていた硬貨の数からも明白で、更にこれが単純な物取りや強盗の類の仕業でないことも語っていた。
2人はスタンザとアポリスカの間の山道に沿った森の中で殺されていた。母は背中から腰にかけて3つの切り傷があり、そのうちの1つが心臓にまで達していたそうだ。
「お前の父は…」
デガスが言い淀んだ。まだ16歳になったばかりの男の子に母の死と父の死の惨状を知らせる、そんな必要があるのか、自問した。しかし、語らねばアルスの将来にかかわる。
「お前の父は…両手両足を切り取られ、腹に穴を開けられて死んでおった…」
アルスの顔は真っ青になっていた。そして小刻みに体が震えだしてもいた。
「アルス…」
デガスは、さすがに悲惨な両親の状況を話したことに後悔を覚えた。やはり、まだ早かった。いくら16歳になりドラゴンダガーを譲り渡したとしても、その譲り受ける資格を持っていたとしても、あまりにも酷だ。
「な、なぜ?…なぜ、母さんも父さんも、殺されなきゃ…」
丸椅子に座り両ひざに握りこぶしを握っていた両手に、ポタポタと涙が落ちていた。
「…わからん。ただ、殺され方がヒューマンのものでも山のベアのものでも、ない。最初に言ったが、なぜ、何者に殺されたのか、わからんのじゃ…」
アルスはしばらく下を向いていた。涙も止まらないようだった。時折むせぶ声と鼻をすする音がするだけで、言葉は発しなくなっていた。
「宣託がある…」
おもむろにデガスが語った。アルスはそれでも下を向いたままだった。
「ここに…」
自分の後ろにある書棚から、古く分厚い本をデガスは取り出し、パラパラとページをめくっていたが、栞を挟んだページで手を止めた。
「竜の子どもは夜を照らす。赤い光で皆を包む。そして大きな竜となり、古の冥府との邂逅に至る。竜は…」
その先の文章が記されているであろう部分は、ちぎれており読めなくなっていた。
アルスはいまも下を向いている。しかし涙は止まったようだし、鼻水も出ていないようだった。
「アルスよ。お前はここでいう竜の子だ。お前には何かしらの運命があるらしい。16歳になった今日、覚悟を持つべき時期に来たのかもしれん…」
「覚悟…」
「竜の子は、G-ノイドとは呼ばんらしい…。既に血が薄くなってしまったG-ノイドには、ほとんどその能力が見られない。が、お前は異国とはいえ神の子、竜の子なのだ…」
顔を上げたアルスが、デガスの目をじっと覗き込んだ。アルスの目は既に涙で濡れてはいなかった。目の奥に小さいが強い光があることを、デガスは認めた。
「お前は…、ドラゴノイド。竜人、なのだ」
つづく