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第7話 迷宮行くなら徒歩で

行ごとのあれこれをやってなくて凄く見づらかった事を謝罪します


【1】


 俺はこの世界の言葉が分からない。読めもしなければ喋ることすら不可能だ。


 それ自体はかなり初期の段階で発覚しており、それ以来言葉を覚えるのは俺にとって一種の目標とも言えた。

 そしてユノという万能翻訳魔法を有意義に使いながら、この家の一室にある書庫から読めそうな本をいくつか見繕って読む事にしている。


 俺自身、英語の成績は良い物ではなかったが、日常的に使うようになれば何とか覚えられるようにはなった。

 そもそも英語に関して、というより学業面に関しては中学生の頃に盛大なサボりを行ったのが糸を引いているだけで決して馬鹿なわけではない、絶対にだ。


 理由は思い出せないが出席日数が大変になっていた事だけは覚えている。


 ともあれ話が脱線してしまったが、俺はこの世界に来て何とか言葉を覚え、軽い日常会話や専門用語が多くない本くらいは読めるようになった。


 そんな中でとある本を手に取った。いや、本というのは少し違ったかもしれない。

 文字が綴られている紙の束で内容に至っては途中で終わっていたが、それでも俺にとっては最悪なものが記されていた。


 そう、人の死が書かれていた。


【2】


「おっと」


 足元のうねるような気の根っこに蹴躓いて転びそうになるが、何とか持ち堪えて前方を進んでいるユノの姿へとついて行く。


 早朝から昨日言っていた迷宮とやらに行くために案内してもらっているが、道が思ったより酷い。いつも訓練している森も最初は酷いもんだったけれど、何日も踏み荒らして行くうちにいつの間にか歩きやすくなっていった。


 そして今回通っている道は訓練の時には一回も来ておらず、俺にとっては未開の大地なわけで、何の配慮もなく生い茂っている木々の合間を縫うようにして前に進む。

 直接地面が見えないほど雑草が生えているのにユノはどんどん前に進んでいってしまうのでついて行くのがかなり難しい。


 地面には見えないだけで石やら気の根っこがあるのでよく転びそうになる。きっとこれもそれもあの巨大な大木のせいなのだろうと、少し奥にある巨大な木へと視線を向けた。


 高さは何メートルかは分からない、太さは視界に映るだけでもオーバーしている。

 考えるだけ無駄だと切り捨てて遥か前を歩いているユノへと足を速めた。


 すると何を思ったのか突然ユノは足を止めて。


「…………ねえ」


 と、唐突に口を開いた。

 振り返る事はせず、目を合わせるような事は決してない。

 だからなのかその声は背後にいる俺ではなく、他の誰かへと向けられたような気がした。


「……戦争、戦争ってどう思う?」

「戦争がか?」


 ユノがそれに対して何を思っているのか、何を抱いているのかは俺には分からない。

 けれど彼女の言葉からは悲しみが感じられた。


「……俺は戦争は好きじゃない」

「………………」

「実際に見たことも体験したこともないし、テレビとかでやっている被害者とかの映像を見てことがあるだけで……そんな何か言えるってわけじゃないけど」


 学校の授業で、テレビで、雑誌で、聞いたことがあるだけ。

 それに対して俺が言えることなんて何一つないはずなのに自然と口にしていた。


「痛いよ。あれは」


 そして怖い。


「私は戦争があるなら、戦いがあるなら、正しい方に勝って欲しい。勝った方が正しいんじゃなくて、正しいほうに勝って欲しい。間違っている方が負ければ良い。そうでないと誰も報われない」


 あの戦いに正しい物なんて何もない、それを知っているはずなのに彼女は言い切った。


 言っている事は滅茶苦茶で、筋なんて一つも通っていない。戦争は価値観が違えた時に起こる物でどちらが正しいかなんて決まっていない、ましてや正解なんて存在していない。


 そんな事は彼女の運命を見る力が分かっているはずだ。

 ユノはそのまま立ち尽くしてからもう一度口を開く。


「もう一度聞く……引き返しても良いのよ? それに必ず通らなくちゃいけない理由はない。帰ってこれる保証がない不確定な場所なんかに本当は……入れたくない」


 こちらには振り返らなかった。


 彼女は彼女のまま、最後に選択をくれた。

 けれどあまり時間は残されていないし、勇者が死ぬと言われる時間まであと数ヶ月しかない。だから命をかけてでも戦闘力を上げなければ何も救えない。


 それに俺のせいで勇者を戦わざるを得ない状況にしたのに俺が助けなくてどうする。


「強くなる義務がある。勇者を助ける理由がある。あいつの背中を押したのは俺だから、俺があいつを助けなくちゃいけない。それは運命とやらがあってもなくても変わりはしない、尻拭いは自分でするさ」


 立ち止まっているユノを追いついて前に進む。

 迷宮とやらはすぐそこにあったので迷う事はなかった。


【3】


 大きな石を積み上げてできた巨大な塔、それがまず目にしたときの感想だった。

 天まで続くと思われる程の高さと、横幅は測るのもめんどくさいが、体幹では東京ドームの入り口に立ったようなもんだった。


「ここが迷宮が……ほんと気味が悪い」


 石造りの塔と言ってもこんな場所にあるのだ。苔やツタが巻きついて幽霊屋敷のような雰囲気を醸し出しては止まらない。


 怖いもの見たさならもう帰っている。


「私の領域内で唯一影響を与えられない場所。しかも私からはまったくの未知数で内部の状況は把握できない。この中で何かあってもすぐに助けに行く事はできない……」


 再度念を押すように言うユノを横に塔の壁に手を置いた。


 この先にどんな敵が待ち受けているのかは分からない、【凱殻】が使えない俺にどこまで出来るのかも分からない。それでも行くしかない、強くなるにはこれしかない。


「俺は必ず戻ってくる……だから行くよ」


 塔の扉の前まで移動して、重苦しい扉を押している俺を背後に何か言おうとした様子だったが、最後には飲み込んで。


「いってらっしゃい」


 閉まりゆく扉の奥からそう聞こえた。


【4】


 迷宮の内装は何もなかった。


 ただ上に続く階段が一つと、内部を取り囲むように付けられた無数の明かり。

 そして目の前にいる魔物の群れ。


 種類はざっと見るだけで数十匹。この巨大なスタジアムかと思うような場所に跋扈して、俺が入ってくるなり獣の目を向け牙を向く。


「ガルゥゥウウウ」


 狼、虎、猿、猪など大抵の動物の形は見えた。

 だが彼らは魔物、通常の動物ではない。魂から生み出されるという魔力を扱う術を本能的に理解しており、まさに戦闘に特化した『魔法を使う動物』である。


 目の前に位置する魔物に対して攻撃の構えを取り、相手の出方を伺い続ける事少し。ついに魔物の方から痺れを切らして仕掛けてきた。


 本来人間は犬にさえ勝てない生き物だが、それを知恵でどうにか誤魔化しているだけで実際の身体能力においては彼らの足元にも及ばない。


 中には犬くらい蹴り殺せると言ったクラスメイトがいたが、それは飼い犬であり、人間に躾けられた犬だ。

 実際彼らの脚力は時速80キロにも及び、そしてプロの陸上選手の速度が約36キロであるためその差は歴然。


 噛む力は約160キロで、そのうえ鋭い爪も硬い皮膚もある。


 反応速度と移動速度が倍以上ある犬、そしてそれをも凌駕する魔物に対して人間が取れる手段は限りなく少なく。同じ土俵に立ちたいのなら身体能力を彼らと同じくらい強化するか。彼らを仕留めるだけの技を身に付けるしかない。


 そのため魔物と戦ってきたこの世界の歴史は魔法と共にあった。高い知能と魔法によって優位性を獲得する。そうやって戦ってきたが、俺にそれは当てはまらない。


 なので第3の選択肢。相手よりも先に相手の行動を把握する。


 それが俺の習得した新たな技術【共鳴止水きょうめいしすい


 高速で喉元を食い千切りに飛びかかる魔物を前にその顔面を上段回し蹴りにて蹴り飛ばし、揺らぐ魔物に対して強く地面を踏み込み拳を叩き込む。


 頭蓋骨を破壊した事を感覚で理解しながら、次に襲いかかってくる魔物へと拳を握る。


 正面から飛びかかってくる敵に対して懐に滑り込んでぶん殴り、吹っ飛ぶ魔物とその奥にいる奴らを巻き込むように飛び蹴りを喰らわせ、地面を転がっていく魔物達へと視線をやりながら地面へと着地する。


【共鳴止水】それは体内の魔力を外へ放出し、対象がその範囲(エリア)内に入った際に起こる魔力の揺れで空間を把握する術。適性を通さないので魔法ではなく魔力操作を使った技能。


 魔力は俺自身の肉体と同じで魔力に何があれば反応することができる。ただし神経は通っていないので痛みはない。これは物理的に俺の掌の上を実現できる技能だ。


 動き出すタイミング、筋肉の動き、呼吸のリズム、それら全てを把握する事が可能。

 だからこそ遅れを取らない。圧倒的な身体能力の差が有りながらも、相手よりも先に備えることができれば対策の仕様はいくらでも存在する。


 相手よりも先に攻撃、相手の攻撃に合わせて回避。そうやって戦っていく。

 狼を殴り、蛇を引きちぎり、虎を絞め殺す。


 後どれだけ殺せば良いかと立っていると、それをチャンスだとばかりに横から迫る猪のような魔物の突進を【共鳴止水】によって把握し跳躍で回避、そのまま空中で回転すると共に踵落とし。そして怯んだ隙を突いて連撃を叩き込んで相手より先に決着をつける。


 俺の攻撃を振り払って突進をするべく走り出そうとする猪の膝を蹴り飛ばして破壊、体重によって倒れていく猪にアッパーをぶち込む。


 倒れて動かなくなった魔物を前に、次は誰だと振り返るも、そこに挑戦者はいなかった。

 すでに何十頭もの魔物を葬ったのだ、彼らの目から俺は殺せないと理解できたのだろう。


 魔物は人間より知能が低いが馬鹿ではない。


 勝てないと知った相手に挑もうとする蛮勇は持ち合わせてはいない。

 だから遠慮なく死体の山を越えて階段へと歩いた。


【5】


 次の階へと進む階段はとてつもなく長い。


 壁にかけられている明かりをいくつか越えて、壁に沿うように作られた螺旋型の段差を登った。そして数分の時間を階段を上ることにだけ割いてようやく次の階へと辿り着く。


 入り口にあった物より少し綺麗だが、形は同じ木の扉を押して室内へと足を踏み入れる。

 先程と同じくらいの大きな室内に、今までと違って多くの魔物はいない。


 けれどたった一体だけ、筋骨隆々の人体に牛の頭部を持つ化物がその室内の中心部に立っていた。見た目は牛頭馬頭……ではなくギンリャ神話のミノタウロスに近い。


 体長は3、4メートル。腕の長さだけで俺の身長とほぼ同じ。


 その化物に対して、その戦場へと足を踏み込んで拳を放った。


 相手の力は未知数だが、筋力の量は破壊力に直結する。小さな物が大きな物を倒せるなんて道理はない。だからこそそれを補うのが技で有り、知能で有り、特異性だ。


 目の前の化物にどれだけの破壊力があるのか、速度があるのか、人間の体に不釣り合いな頭部を持った化物に対してどこまでできるか、ただの人間である俺には計り知れない。


 相手が反応する前に、視界に捉えて動き出す空白のタイムラグを超え、拳を叩き込んだ。

 連続で叩き込め、相手が反応するよりも先にダメージを与えろ。

 奴の太い腕は俺の倍以上ある。食らえば致命傷、しかも防御すら貫通する恐れがある。 それほどまでに身体能力のハンデは大きすぎた。


 けれどあくまで首から下が人間。体格が違えど根本的な部分は同じで、四足で走る獣のような速度は出ない。腕が動くと理解できれば回避できる隙は必ずある。


 そう思っていた。


「がぁぁぁああああ!」


 カウンターでもなんでもない、技なんて一つも加わっていない。あるのは俺の攻撃を全て貫いてなお衰える事のない破壊力。圧倒的な筋肉の質量。


 人間に付く筋肉は骨格に依存するため、それ以上のパワーアップは存在しない。だが目の前にいた化物は人間とは比べ物にならないほどの体格を生まれながらに持っていた。


 だから俺の連撃を正面から叩き潰すことが可能だった。


 腹部に届いた衝撃によって壁まで吹っ飛ばされた挙句、受け身をとる猶予すら与えられず壁にめり込む。


 そして肺の空気を全て吐き出した俺を前にさらなる追撃を仕掛けようと、すぐそこまで迫っていた。限界まで腕を引き、膨れ上がる筋繊維を前に食らえば即死と理解させられ、【共鳴止水】にて相手の攻撃先を予測して攻撃が来るよりも先に壁から抜け出して回避、そして壁に腕がめり込んで硬直したその隙に腕ひしぎ十字固めを食らわせる。


 腕が伸びている状態からかけた為に綺麗な形で成功。この技はいかに体格が違えど腕よりも背筋の方が強く逃げ出すことは難しい。


 そのまま腕と靭帯を破壊してやろうと力を加えるも、再び壁に叩きつけられて頭部から血を垂らして倒れる。腕をとられたことを知った化物はくっ付いた虫を壁に叩きつけて引き離す、それは上の者にしかできない攻撃方法。


 頭を強く打ったことで手足を離してしまい、壁にもたれ掛かるようにずり落ちる俺に対して化物は何事もなかったかのように腕を動かす。


 ダメージは残っていない様子。


 強く地面を蹴り、高速で接近して蹴りを放った俺に相手は合わせる気など全くない。

 ただ真っ直ぐ、ストレートで十分殺せる。

 顔面をぶん殴られて床を勢いよく転がり、壁に到達する前に腹部へと蹴りが放たれる。

 ボールを蹴るような動きで人体を蹴り飛ばす、そしていかにも球遊びだと言うように壁に跳ね返った所を再び奴の拳が捉える。


 なんとか防御の構えをするもことごとく撃ち抜かれて衝撃は人体へ到達する。


 肋骨損傷。


 臓器損傷。


 頭蓋骨損傷。


 橈骨損傷。


 まさに満身創痍。


 それ以外の言葉が見つからないくらいボロ雑巾に扱われる。


 なのに一撃も有効打は無い。一度も膝をつけさせることはできていない。

 圧倒的に身体能力が足りない。奴に並ぶ力がない。俺に【凱殻】はできない。

 地面に倒れていると首を掴まれて締め上げられる。これで終わりだと言う目をして、もう飽きたと、お前は弱いと言う現実を叩きつけてくる。


 だがそんなことは知っている。


 だから一瞬だけでいい、一瞬だけ【凱殻】を使わせろ。失敗してリバウンドがやってくるまでの瞬間に、その数秒の間にこいつを倒す。


 魔力を展開。魔力によって肉体のリミッターを外し、外部に魔力を纏わりつかせて強化。


 そして締め上げる化物の腕をへし折った。


 今までの俺では太刀打ちができなかった、それは相手も知っている。

 だから今この状況を理解できていない。絶対にあり得ないとした事が起きている現実を受け入れられず、今までと同じ攻撃をする化物は今や魔物だった。


 腕をへし折り、間合いを詰める。


 胴体部分に連撃を叩き込み、後退した魔物に回し蹴りを食らわせて首を物理的に回す。視界が切り替わり俺を見失ったその隙に、死角から回って首をへし折った。


 首をへし折り脳からの信号が途絶えた身体は地面に倒れ、そのまま絶命。

 そして俺にも時間が訪れる。


【凱殻】の反動で肉体が破裂、大量の血が身体の内部から裂けるように撒き散らして倒れそうになる身体を引きずって奥の階段へと向かう。


 反動が来るとは分かっていた。それを知って行動した。


 それでもダメージは簡単に消えるものではない。


 床に倒れながらも、なんと両手をついて起き上がろうとしたとき、たまたま死んだ魔物が視界に入った。そして今になって違和感に気づく。


 ──なんで俺の世界にあるギリシャ神話の化物がここにいる。


 ミノタウロスで迷宮なんて話ができすぎている。そう思って死体に近づこうとしたが、

 この室内にいるとまた化物が現れるのではないかと思考がよぎり、迷宮ならばありえるかもしれないと、その場をすぐに離れて上の階へと進んだ。


 一人で立っていられるだけの体力がなく、壁にもたれ掛かりながら階段を登る。


 なんとか登りきって、少しだけ休憩しようと最後の数段に足をかけた時、何か黒い物が俺の視界を遮った。

 そして頭部にかかる衝撃と、宙を舞う感覚を感じながら意識が消えた。

 


「面白い」とか「続き書けやボケェ!」と思った方はブクマに評価に感想、レビューに誉め殺しをよろしくお願いします。モチベが下がると死にます


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