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第6話 今の日常


【3】


 森の中で木々の隙間から漏れる日光を浴びて、顔の上に置いていた本を持ち上げた。

 何メートルもある木々と、周りに生茂る植物の中で身体を起こし、手に持っていた本を地面に置いて前のめりになって膝を立てた。


「……どれくらい寝てたんだろ」


 異世界に来てから8ヶ月と17日。


「さてと……やるか」


 昼寝を終えた身体を起こして立ち上がり、背を伸ばす。

 枕の代わりにしていたジャケットを引っ掴んで羽織る。

 そして勇者を救うため、今日もまた修練を始める。


【4】


 あの日。俺がユノに助けられた時に真実を教えてもらった。


 彼女は世界が滅んでしまうと言う運命を変えるため、運命の力が関与することのない人間である俺を求めた。

 彼女が言うには運命と言うのはいくつもの運命力の鎖が絡まってできた道標らしい。


 そしてその運命力の鎖、運命によって引き起こされる事件を俺が解決する事でその鎖を破壊できる。

 つまり破滅に向かっていく一本道を全力で邪魔して、世界の生存と言う俺たちにとって都合のいい未来へと行くようにコースアウトさせるのが俺の仕事。


 そのためには本来なら存在しない障害物を置いたり、道に穴を掘って通れなくしたりするのだが、大きく運命を変えるためには大きな鎖を解決しない事には大元の破滅は免れない、そして一番近くて無視できないものが勇者の死。


 だから運命の力が効かない俺は勇者を助け、彼の死を回避させる必要がある。

 ただしそれにはいくつか問題が発生しざるを得ない。


 それはなんと言っても俺の戦闘能力の低さ。


 俺には運命が効かないと言う力がある代わりに『運命によって生死が保証されていない』という事に他ならない。なので俺自体の戦闘能力の低さはそのまま死に直結するのだ。


 だからユノに出会ってからの6ヶ月と少し、その間の時間全てを使って強くなるためにひたすら修行をする事になった。


 彼女の発案した効果的な肉体改造、魔力量の増加、ありとあらゆる武器の取り扱い、武術の習得。できる事全てをやって、来たるべき日に備えた。


 だがそれだけでは届かない。魔法をメインで使わない騎士や戦闘職の人間でさえも基礎として身体強化魔法を使うらしいが、俺にはそれすらも使えない。


 なのでユノが持ち出してきたのは、過去の魔導士が作り上げた机上の空論【凱殻】という魔力を使った戦闘形態の研究資料だった。


 本人は「まあできなかったんだけど……」と言っていたのを真横で聞いたが何も何も言わないでおいた。


「凱殻」


 体内の魔力を感じながら小声でそう唱える。

 実際は唱える必要はないのだが、唱えた方がイメージしやすい。これはマニュアルのある魔法とは違い、イメージが物を言う。だから何かしら唱えた方が都合がいい。


 そうして適性がない原石の魔力が体内から放出され、それを肉体へと流して身体能力を上げ、同時に体外に放出した魔力を纏い始める。


 だがそんな上手くいくはずもなく。


「がぁぁ!」


 内側から暴走した魔力が皮膚を突き破り、纏っていた魔力も暴発して衝撃によって茂みの中に吹っ飛ばされる。茂みの中で倒れ込み、暴発で擦れ切れた皮膚と内部からの暴走で血を流した部分を押さえながら寝転がった。


「また今日もうまくいかねぇな」


 実のところ【凱殻】は魔力硬質化という魔力をある一定の密度で圧縮すると発生する硬化する特性を使った『魔力だけの擬似的な鎧』を目的として作られた研究だ。


 魔力で出来ているため重さが一切なく、なおかつ壊れても変えが効く。それに防御力だけなら金属の鎧以上。

 けれどこれは魔力の圧縮による物、当然人間が使えば潰れ死ぬ。


 人体強度の点ははユノからの肉体改造と血の滲んだ修行によって克服して、今では失敗しても皮膚が少し減るくらいで収まっている。


「後は魔力操作の技能……か、本当ならとっくに出来て次のステップに行ってたはずなんだがな」


 最初の身体づくりに費やした約2ヶ月以外は【凱殻】の修行、にも関わらず進展は一切ない。ユノは仕方ないから気長に待とうと言ってくれてはいるが、そんなに悠長にしていられるはずはない。

 それに俺にはこれしか戦う手段がないのだから。


「まーた考え事? いい加減その癖直した方がいいと思う」


 寝転がって考え事をしている俺の上に覗き込んできた影に反応して跳ね起きる。

 そして両手両足の四足で着地を行い、すぐさま対象へと視線を向けるが。


「なんだユノか……びっくりしたぁ」

「何も脅かしてないでしょ、むしろこっちの方がびっくりしたのよ。だっていきなりバッタみたいに跳び上がるんだし」


 なんかそんな風に言われると俺が悪いみたいになるだろ。


「まあ……あれだ。この前昼寝してたら魔物に喰われてそれ以来気が張ってる?」


【凱殻】と身体を鍛える訓練をしていた時のこと、疲れたから少し休もうと寝転がっていると上からパクリと喰われて、臭いのと汚いのを我慢しながらジュラシックパークをやってのけたのが意味でも軽いトラウマだ。


「それってこの前汚くなって帰ってきた時のやつ?」

「そうそうそれそれ、あの時は本当に……」

「あれってちゃんと修行するって言うから信じて追いかけなかったのに、本当は裏で遊んでたのね」


 そう言えばそんなことがあったような気がする。

 ユノが採寸だかなんだか言って身体を弄ってきたのが気持ち悪くて逃げ出した、彼女は修行だと言えば強く出られないのでそのまま逃げたんだけども。


「気のせいだ、そんなんじゃない……多分」


 嘘も甚だしかった。


 なんとが誤魔化そうとするが詰め寄ってくるユノには何の効果も得られないようで、奥の手を使うしかあるまい。


「あっ! 逃げた!」


【凱殻】を使用しても無事な肉体や敵と戦う際に必要な身体能力を得るためにこの数ヶ月間はひたすら鍛えてきて、100メートル走で8秒を出すくらいには成長しているのだ。


 全力疾走しながら一瞬だけ背後を振り返るもユノの姿は見えない、これで撒いたも同然。

 確実に家に帰ってから何か言われるだろうが、そんなものはもう少し後だ。


 言い訳くらいその時間に考えてや──


「遅い!」


 後ろではなく上空からの走る背中への衝撃に体勢を崩させられると同時に意識が飛びそうになるのを持ち堪えるが、肉体の硬直だけは免れなかった。

 無理やり身体を捻って腕を伸ばすが簡単に取られ、華麗に組み伏せられて地面に叩きつけられる。


「ふっふっふ、まだまだ甘い! 私から逃げ切りたかったら、そうね……なんか凄いの持ってきなさい!」

「なんか凄いのってなんだよ!」


 自分より小さな少女に組み伏せられる17歳、なんとも情けない。


「罰として今日の晩ご飯はプリンを要求します、ついでに野菜は無しにします」

「……材料あったか? なかったら作らないぞ」


 俺の背中から退いたユノが手を出してくるのでそれを掴まって立ち上がる。


「さっさと帰ってご飯の準備、ほら行くよ」


 そう言って家路について行くユノの後ろ姿を眺めながらもう一度再確認する。


 俺が戦わなくてはならない理由の一つにユノが戦えないという物がある。

 彼女自身に戦闘能力がないわけではなく、実際に訓練を積んだ俺を簡単に組み伏せるくらいの力はある。


 けれどユノは彼女自身が作り出したこの世界以外では生命活動が著しく低下してしまい、長時間の滞在は彼女の消滅を意味する。


 だから俺が戦わなくてはならない。

 それは単にそう言われたからではなく、この数ヶ月の間に彼女を失いたくないと思うほど情が芽生えてしまった。


「やり遂げるしかない……絶対に」


 誰も失わないために俺が戦う。


「分かった、今いく」


 今度はユノの背中に聞こえるよう言った。


【5】


 いつもより早めの夕食を終えてからキッチンにて洗い物をしていた。

 ユノをキッチンに立たせると大惨事を引き起こしかねないので出禁にしたが、本人は不服なようで今度何か料理を教えることで手を打った。けれどそんな目処は今のところない。


 水を出してくれる便利な魔道具を使っていつも通り皿を洗って拭いていたが、今日のユノはいつもと違った。

 普段なら食後に風呂に行くなり、突然何処かに徘徊して行ったりするものだが、今日に限ってはそんな事はなく大人しく席に座っていた。


「少し提案があるんだけど、聞いてくれる?」


 彼女は割と横暴な方だ。今日だってプリンを所望するから作らされたり、嫌いな物があると黙って残して行ったりする。だからこうやって改まってシリアスに何かを言われると言うのは最初に会ったとき以来だろう。

 だから俺もおちゃらけるのはやめる。


「分かった」


 手に持っていた皿をひとまず洗い場に戻してから水を止める。


「武器の扱いはだいぶ上達してきたし、戦闘技術も外に出しても生きていけるくらいには成長した……それは私も理解している」


 剣などの武具に関しては一通りの指南をユノから受けている。

 今から足掻いても本職の騎士や剣士に並ぶ事は絶対にない。そのため奥義だとか極意なんて言う物を除いた戦闘に必要な分だけの技能を会得した。


 俺にとって武器はあくまで戦うためにあって高みにのぼるためではない。


「だからこそ……もっと強くならなくちゃいけない、だけどそれには……」


 歯切れの悪い様子でユノは目線を合わせようとせず、何もないテーブルに俯いてどうにかして言葉を探している。


 たが俺には彼女が何を言いたいのかが分かってしまう。


 今の俺には本来絶対条件であった【凱殻】の習得が行われていない。

 大量の武器を臨機応変に扱える技能、多種多様な技を身につけて魔物相手に戦闘を行える程の成長をしたところで、勇者を殺す力を持った相手には対抗できない。


 はっきり言って俺にはまだ力不足だ。


「私には短期間にこれ以上のパワーアップを望むには危険な手段しか思いつかない、だから今言う試練は断ってもいい。断っても修行は続けるし計画的にはそこまで──」


「やるよ、それ。受けて立つ」


 俺が承諾したのに驚いた顔をするユノだが、すぐに表情を引っ込めて席から立った。


「まだ何も言ってない、それに本当に危ないの……命の危険だってあるかも知れない」


 心配してくれるのは素直に嬉しいが【凱殻】が使用できないのは俺の落ち度だ、それを補おうとしているユノに非は無い。


「それでも運命を変えられるのは俺だけなんだから──俺がやらなくちゃいけない。それに今ここで何もしないで輝樹を助けられなかった時の方が絶対に後悔する」


 言い切った俺へと、数歩だけ前に出たユノは一瞬だけ悲しい目をしたような気がしたが、彼女はすぐに背を向けて廊下へと歩いて行く。


「……場所は迷宮、明日行くから今日はもう休んでて」


 それだけを言い切って廊下から扉へと歩いて行き、そのまま外へと出て行ったユノの後ろ姿に追う事なく立ち尽くした。この時間帯ならもう日は沈んで月が出ている頃合い、そしてこの時間帯にいつもユノは何処かへとふらっと消える。


 何をしているのかはは分からない。否、知ろうとすることが怖い。

 それを部屋の隅に追いやられた複数の椅子と食器棚にある必要以上のコップに視線を投げかけて思った。

 俺には歩み寄る勇気がないから、気づいていることを知らないフリし続ける。


「いつも通り……だろ」


 椅子にかけられている上着を乱暴に引っ掴んで二階にある俺の部屋へと入った。

 俺の部屋と言っても、あるのは余っていた椅子と机、そしてベッド。

 机の上にはこの世界の文字を勉強しようと持ってきた本が数冊と、書取り用の紙が散らばっている。

 それらの横を通り過ぎてベッドの上に転がり、布団を掴んでうずくまった。


「……もう、寝よう」


 月明かりしかない暗い部屋の中で窓の外の景色を見ようともせずに目を瞑り、机の上に置かれていた本の内容を忘れるよう意識を手放した。

 


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