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第25話 ただいま

【1】


 目が覚めたときここがどこかという当たり前の疑問よりも先に、自分が生きていることに安堵した。見慣れない天井を眺めるよりも先に目を擦って涙を拭き取った。


「約束……守れたぜ」


 そうやって何度目になるか分からない涙を流して、それでもこれは嬉し泣きだからカウントしない。どっかの誰かに泣き虫認定される前に涙を拭っておかなければと、袖で拭こうかと腕を持ち上げたとき、


 俺の着ていた白い上衣ではなく、病人の着るようなダボっとした青い服着せられていることに気づく。


 上半身をゆっくりと起こして、補色残像現象とか補色残像効果かなんかのためだけに着せられた服を乗っていたベッドの上に脱ぎ捨てて降りる。


 上半身を曝け出したまま背を伸ばして元の服を探そうかと思って見渡してみると、少し離れた椅子の上に掛けられていた。誰がやったのか少し丁寧な置き方だった事に感心しながら袖を通す。前よりも少しだけ着崩さないと上手く着れなかったがよしとしよう。


 外に出ても不審ではない格好になってから日の差し込む扉に向かって歩き出す。


 俺の他にも数人の人達が簡易ベットに乗せられて横たわっていたが、命に別状はなさそうな怪我だったのでそのまま扉を開いて外に出る。


 扉を出てすぐに飛び込んできたのは街の景色。


 廊下だと思って出てみれば、その先はベランダのような作りの縁側だった。外の景色が見える通路から活気に満ちた人々の声と姿、そして笑い声と幸福が目に映った。


 その光景は戦争が終わったと言うのにこれほどの物はない。

 

 子供たちが走り回って、露天は店を開けて、人々はいつも通りの日常に帰っていく。戦場の街を俺は見てきたから、あの地獄を知っているから、この光景に笑みを溢さずにはいられなかったのだろう。


「起きたのか水成」


 時間なんて忘れてその場を眺めていたら、聞き覚えのある声が横から声をかけてきた。


 鎧は着ておらず、簡易的な戦闘服のようなものを着込んだ輝樹がそこに立っていた。だが腰に掛けられた剣と勇者の証のような装飾が胸に付いている事だけは目を背けたかった。


「今回の戦争について国が僕達に話したい事があるらしい」


 そう言い切った輝樹の目は本気だった、俺は王城に対していい思い出は全くない。実際に出禁を食らっているものと捉えてもいい程嫌われてもいる。


 だからこの場で「嫌だと」突っぱねる事もできるが、それだけはしたくない。


 たとえそれが最善だとしても、もう逃げるわけにはいかない。


 輝樹に勇者の証である装飾を植え付けたのは俺の責任だ、取れるものなら全てを背負うくらいの覚悟は必要だ。


「行くよ」


 そう言って輝樹の横を通り過ぎる。


「その……水成」


「何も言うな」


 そうだ、何も言わなくていい。


 同情なんて望んでいない。


 俺はこれでいいんだ。


 哀れむ必要などない、俺が望んだ景色は手に入っている。


 守りたいものは守り通して、こうしてお前が生きている事だけで俺の望みは叶っているんだと、口にはせずとも思っている。


「俺は幸せだよ……」


 そんな顔するなよ、それじゃあ守ったって言えないだろ。


【2】


 輝樹に連れて行かれるままに、とはならず。


 俺の方が先に進んでその後を輝樹が付いていく形になっていた。


 その時間、俺達の間に会話の一つも起こらなかった、約1年間の間も音信不通で顔を合わせた場所も悪かった事から遠慮していた。


 俺も輝樹達にはさよならも言わずに出て行ってしまったし、縁を切られていても仕方ない事をしている。だからこうして一緒に歩いている事すらなかったかも知れないんだ。一方的に消えた友人をどう思うか、どう思われたとしても俺は輝樹を救っただろう。


 そうする事が罪滅ぼしでもあるから、


 両者とも無言で街を歩いて王城まで行き着く。


 輝樹の装飾を見た門番が挙動不審になりながら開門して、無駄に大きい門をくぐって城の中、俺が異世界に来た場所へと足を踏み入れた。


 異世界の始まりの──いや違うか、始まりの地はあそこだって決めている。


 綺麗に手入れされた庭を横切って城内へと踏み入れると、数多くの執事やメイド達が輝樹を促す。その後ろ姿をついて行き、見覚えのある廊下をいくつか通っていく。


 あの時と変わらない城の中を通って、その先にある国王の謁見の間へと進んでいくと、俺だけは止められて、結局何しに来たんだと言う事になった。


 勇者はいいがその連れはダメ、そこに俺が国に所属している者ではないから、と言う点が大きかったのだろう。鎧を着た騎士の人達が入っていくのを窓の外から見る限りそう言う事だ。


 一年も経てば顔を忘れる。たった少しの間だけ城に住み着いた穀潰しのことなど覚えてもいない、それに俺は部屋からほとんど出ていないのだから仕方ない。


 ここにいる意味もなくなってしまったので帰ろうと足を動かす。


「お前が勇者の仲間のくせに無能ってやつか」


 帰ろうとしている人を後ろから指差して言う事がそれかと思ったが、事実なのだからどうしようもない。俺が無能だと言うことは事実だ、隠す事もない。


「勇者が仲間と叫んでいたが、飛んだ腰抜けだとは」


 そんな手合いに時間を使っている暇はないと無視していた、


「そいつは今回の戦争で大きな功績を挙げている」


 こんな場所に俺を庇護する人間がいたのかと礼を言おうと振り返るが。


「お前……っ!」


 そこにいたのは黒いローブを着て、高価な宝石の付いた杖を持った魔法使い。


「敵の将軍をたった一人で討ち取った功績、感謝する」


 そう言って頭を下げようとするそいつの頭蓋を掴んで止めた。

 それをするだけの力も速さも、今の俺にはある。


「下げるな」


 他でもないお前が、


「貴殿への非礼を詫びれば……」


「謝ってんじゃねえよ」


 俺が怒る理由をかつての行動だと勘違いして謝罪を述べようとするそいつを止めた。

 止められるとは思っていなかったのか、何故だという顔をしていたが、


「俺はお前から家族を奪った……それは決して許される事じゃない」


 あの時は命の数に押しつぶされた、だが今はその命の重さが分かるつもりだ。家族というのがどんなもので、どれだけかけがいのない物かも知っている。


 だからお前の怒りも、苦しみも分かっているつもりだ。


「お前は俺を許しちゃ駄目なんだ」


 謝って許される事じゃない、だからお前から謝るのは絶対にしてはならない事だ。


「一生恨み続けろ、お前の……家族のために」


 それが俺のできるせめてもの宿罪。


 恨まれ続けることだけが俺にできる罪の背負い方。


「…………」


 そいつは何も言わずに俯いた、責める言葉も謝る言葉も発しなかった。

 俺もこれ以上何かを言うつもりはない。


 そうして言いたい事だけ言い尽くし、その場を離れるように立ち去ろうと歩いていくと。


「待って! 水成」


 後ろから走ってくる知り合い二人に振り返ると花凛と奈美が近づいてきていた。

 俺のすぐ側まで走ってくるとすぐさま腕を取り、


「帰ってきたんでしょ?だったらこっちにきてよ」


「輝樹くんも喜びますし」


 俺の手を引いて連れていこうとする二人から手を離して、その場に立ち止まってた。

 その理解できない行動に首を傾げて「行こうと」言う二人の少女に口を開く。


「悪いけど俺は行けない」


 振り払った手を眺めて花凛は感情のこもった声を荒げた。


「何で、輝樹は帰ってきて欲しいって言ってた! そうすれば……」


 彼女の目線がどこへ向かっているか、そんなこと初めから分かっている。輝樹だって最初にここを見た、あいつが責任を感じることは何もないはずなのに。


「そうすればその腕だって、無くなった右腕だって治癒魔法を使えば」


 肘の辺りから斬り落とされた右腕を見てそう言った。


 俺のなくなった右腕に向かってそう言っていた。


 輝樹も無くなった腕を見て何も言い出せなくなった、哀れんだのかもしれない。


「城の人達の治癒魔法はすごいんですよ、怪我なんてすぐに……」


 奈美も賛同してそう言ってくる。

 帰って来いと、そうすればいいと言ってくるが、


「それは無理だ。お前らも知ってるだろうが俺には魔力適性が無いからな、崖っぷちのこの国が戦力にならないやつを親切で治療する事はないだろう?」


 この国が俺を必要としていない。


 戦力にならない人間を治療する事はないだろう、もしその気があるなら既にこの腕は治っているはずだ。

 だが現に治っていないし、この服の下にはまだ傷跡が残っている。傷口を塞いだだけの、いつ開くか分からない痕が無数にある。


「それでもちゃんと頼めば!」


 頭を下げて助けてくださいと言えば、勇者の威光を振りかざせばどうにかなるかもしれない。

 だが俺がいいたい事は腕がどうこうでも、国が必要としていないからなんて言う捻くれた考え方じゃない。


 ただ一つ、


「俺は帰る場所ができたんだ」


「えっ」


 俺を必要としてくれる人がもういる、そいつの下に帰らなくちゃいけない。

 俺の居場所はここじゃ無い、ここにいる意味も必要もない。


「だから悪いな、俺はもう帰るべき場所があって。それはここじゃない」


 帰る場所があるから、寄り道しているわけにも行かないんだよ。


「またいつか会うだろうから、またな」


 今生の別れでも無いんだからまた会える。


 進むべき先が違っていても、途中までは同じなんだから。

 お前らが魔族と戦わせられるのなら俺はきっと助けに行く。


 会うとしたらその時か。


 全てが終わった時に、


「さよならは言いたくない、別れるのだけはしたくないから」


 そうやって離れていく。

 後ろの二人に向かって軽く手を振り、振り返ることなく門をくぐった。

 また会おうと心に留めて、


【3】


 街向く人々を横切って歩いていた。


 戦争が終わったと、場の空気がこれ以上なく表している。


 空を覆う黒い煙も、鼻に付く血の臭いも存在していない。


 天を見上げれば高く登った陽の光が降り注ぎ、明るさをもたらしていた。

 その視界の隅に映り込む物を、ひらりと舞うそれを手に乗せて家路に急ぐ。


 ただの平原を駆け抜けて、ただの子供に戻った気分で走っていた。


 薄暗い森の中を走り、かつて通った道を辿った。あの日起こった最初の戦いを懐かしむように同じ道を通った。


 ──そうじゃないかもしれない、


 俺は同じ道を通りたかった。


 ずっと願ったあの光景を、叶えたかった願いの果てを、


「ユノ……」


 あの時と同じ場所で、俺が救われた森の中に立っていた少女に声をかける。


 氷漬けの魔物はいない、あの時のような血みどろの戦いはない。


 そして生茂る木々は変わっている。


「あの時と同じだな」


 時間も経った。


 人も変わった。


 変わった所はあるけれど、


「俺はまた右腕を失ったよ、そしてまたボロボロだ」


 失った腕を見せつけるように前に出すとユノは笑った。


「だから今度こそはちゃんと言うよ」


 行き場のなかった少年に帰る場所ができた。


 それが変わった所だろう。


 そして心性史。

 あの時感じた引っかかり。

 あれはもう盛んじゃない学問だけど、あるとき一番人気だったものがある。


 そのテーマを思い出して芽吹いた桜を見上げる。

 俺達の望んだ光景は今ここに──


「ただいま」


第一部終了しました。


第二部の更新に関しては未定ですが、脅迫が多かったら早まるかも。

未だに回収していない伏線が多いのでその辺をやるためにいつか書きます。



最初っから最後までタイトル詐欺だったけど、どうでした?

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