第24話 決着
【4】
俺の領域、無明。
それは一定範囲内の運命力を完全遮断する領域。
本来運命を変えるというのは気の遠くなるような作業が必要で、運命力をどうにかするために運命をいくつも変えていかなければならない。
それが俺にできる世界に対する抗い方。
だがこの能力はその世界という盤上をひっくり返してゲームそのものを破壊することのできる能力。
それが運命力の完全遮断。
偶然誰かが助けに入ることもなければ、たまたま致命傷を逃れることもない。
突然の覚醒も、天災によって救われることもない。
運なんかは作用しない、偶然なんか存在しない。
俺の世界にある全ての確率はゼロに。
運命によって保護された全て存在しないことにし、完全な実力勝負に引き摺り込む。
確定された未来を破壊し、全てを闇の中に葬り去ることができる。
絶対に勝てないとされる相手だろうとも、その絶対はこの領域内では存在しない。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ俺の方に分があれば勝つ可能性が存在すると言うことだ。
初めから何も得られなかった人間がたどり着いた、全てを手に入れるための力。
それが俺の領域、俺の世界。
この世界にあるのは全て等しく平等に成り下がる。
「それがどうした? 今更心性領域を展開したところで今のお前自身をよく見てみろ。その身体では立っていることすら困難でまともに戦えるとは思えない」
俺にはもう、ヤツと殺し合う力は残されていない。
剣を叩き落とす力もなけれ回避する体力すら残されてはいない。
今から魔法を叩き込まれれば、大量の剣を向けられて落とされるだけで俺は何もできずに死ぬだろう。
だから前に出ることを選んだ。
逃げる気がないなら、立ち去る気がないなら、もう前だけを見よう。
回避はできない、防御は不可能だ。
ならば前に進め、前だけを見ろ。
それが俺にできる最大の攻撃手段にして、最強の鉾。
俺は俺の全てを持ってお前を倒す。
【凱旋せよ、鑛の攻殻──零式】
魔力のコントロールが不完全だった時の【凱殻】を意図的に生み出す。
荒れ狂う魔力を制御できずに内部から暴発、その時に生まれるエネルギーを推進力に変える技。
おそらくこれは論理的じゃない、失敗すれば俺の身体は引きちぎれ、四肢は爆散。
ハッキリ言って無謀だろう。
それでもやるしかない、正面から突き破るには普通の速度じゃ足りない。
もっと、暴発するときの破壊エネルギーを推進力に変えるジェットスタートでなければならない。
けれどその速度に俺の身体は、俺の足は、飛び込んでくる視覚情報に耐え切れるのか。
俺の身体は速度に耐えきれず攻撃を叩き込む前に死ぬんじゃないのか。
圧倒的な速度に耐え切れる肉体は持ち合わせていない、届くより先に限界がくる可能性の方が高い。
「できるかじゃねぇ、やるんだよ」
やって成功させるんだ。
それがお前らの信じたハルミスイセイだ。
「ケリつけようぜ、ただの人間と魔族の英雄の信念に」
地面を破壊するエネルギー、空気を振動させる破裂音。
圧倒的な破壊力で地面が抉れて後方に飛び散り、砂埃を超えて前方に走り出す。
全てを超えて、地面を蹴るたびに加速を繰り返す。
一足。
二足。
そして──疾走。
音速を超えた速度で疾走し、直線にに走ってくる俺を仕留めるべく放たれた剣を全て置き去りにした。迫る剣より早く、突き刺さる剣より早く、全てを置き去りにしろ。
何よりも早く、迎え撃つ攻撃全てを超えてこの拳を届かせろ。
『行け、水成。お前ならやれる』
過去を乗り越えた。
後ろ暗い過去を、逃げ出してしまったあの時も、もう一度だけ向き合う時間をくれた。
そして上空から降ってくる無数の剣を人体に到達するよりも早く潜り抜け、速度を落とすことなく前に踏み出す。
『行ってください先輩』
俺に未来を見てくれと託した親友。
最後まで友と言い、俺を信じて送り出してくれたあいつのために。
俺が止まらないと見るや巨大な大剣をいくつも進行方向に突き刺して行手を阻もうとする奴の壁を真正面からぶち破る。
『君を信じたい。だから見せてくれ、限界のその先を』
あんたが残した全てを俺は受け継いだ。
無数の剣が高速で迫りくるのを正面から破壊。
距離──5メートル。
『行きなさい水成くん。それが君なのだから』
お前が教えてくれた。
俺という人間を、勘違いしていた俺を、俺が戦う意味を思い出させてくれたのは紛れもないお前のおかげだ。
迫る拳に恐怖して、この場にある全ての剣を総動員して掃射するクライド。
だがそれよりも俺は速い。
『迷う必要はない。お前の剣は何よりも強い』
全ての剣を乗り越えて、ようやくたどり着いた。
俺の射程距離内。
全力を持って拳を振るい、神速を持って衝撃を生み出す。
クライドの顔面に向かって命を終わらせる一撃を叩き込むべく地面を強く踏み込んで、俺の全てを載せた拳を放つ。
「勝負だ! クライドぉおおおおおお!」
音速を超え、神速に到達する右拳を突き出し。クライドの顔面を捉えた。
はずだった。
「……奥の手、斬撃の固定。剣という特性を突き詰めた結果できたあらかじめ置いておく斬撃だ」
見えない斬撃によって、奴の用意していた奥の手によって俺の全てを込めた腕は切断された。
思いを、願いを、己の全てを乗せた俺という人間の一撃を防がれ、すでに限界を超えた肉体にとってはそれが決定打となり全身が破裂する。
ここまでして、ここまでやってもこの戦士には勝てないのか。
全てを出し切った、これ以上何かを求めることはできない。
俺の全てを出し切り、俺という人間は終了する。
腕を切られ、喪失した血によって動かなくなった肉体が終わりを迎えて崩れ去る。
もうだめなのか。
全てを出し切り、その上での敗北。
奥の手を隠し持っていたクライドに対して何もなかった俺。
勝負は決まった。
もう身体は動かない、顔面が地面に落ちるその瞬間。
『行って、水成』
彼女の声がした。
いつだって支えてくれた彼女が。
俺の生きる理由が、俺の大切な者が。
『そしてちゃんと帰ってきてね』
最後にもう一度、朽ちかけた俺の背中を押す。
「ガッガァアアアアアアア!」
限界を超えた身体は大量の血を吹き出して戦闘を拒む。
激痛は肉体の機能を停止へと向かわせる。
もう戦えない。
もう動けない。
これ以上不可能だ。
けれど今、ここで戦わなければ。
今ここで前に出なければ。
踏み出さなければ、立ち上がらなければならない。
俺は今まで何のために戦ってきた。
何のために今ここにいる。
何のためにここに立っている。
何をするためにここに降り立った。
どうして俺は戦っている。
背中を押してくれた人達の手が俺をまだ離さない。
俺はまだ倒れていない。
俺にはまだ拳が、身体が、仲間が残っている。
立ち上がる意思が、受け継がれた闘志はまだ消えていない。
「がぁああああああああ! これがぁああああ最後のッッ!」
地面を踏み込んだ。
身体の限界なんて知らない。
この攻撃の反動が俺の身体にどんな影響を与えるかなんて、今はどうでもいい。
限界を超え、死の淵に陥った俺の身体を無理やりそれらしく動かしているだけに過ぎないこれは、おそらく今後も響き続ける。
限界の限界のその先なんて待っているのは死だけ。
けれど、それでも俺は今戦える力が欲しい。
明日の未来が潰えようと、ここで負ければ生きてたって意味はない。
託された思いを果たせずに、願った理想の一つさえ守れずに何が俺だ。
寿命くらいいくらでもやる。
この先の人生がどれほど削れようとも、俺の手足の一つが動かなくなろうとも。
視界が、臓器が、四肢が、失われようとも。
今ここで、前に進む力だけが有ればそれでいい。
拳を握りしろ。
それが俺にできる、
ハルミスイセイに託された想いだろ。
「くたばれぇえええ!」
奥の手である大量に設置された斬撃が俺の身体を襲い、全身から血が噴き出す。
失われる感覚の中でも痛みは絶大、食いしばる歯が割れる。
そして最後に残った左手にもその刃がかかり、皮膚が切れ、肉が絶たれる。
もうすでに人の形は保っていない、骨にぶら下がる筋肉だった物体だけ。
戦いないだろう。もう何も残されちゃいないはずだが、
それでもまだ、拳は止まっちゃいない。
「何故……そこまでする。どうしてそこまで……」
奥の手を使用し、防御する手段を失ったクライドに拳が迫る。
腕を失い、身体はまさに満身創痍。
人間かどうかすら危うい物になってまで戦う意味は普通の人にはない。
一度負けてまた挑む必要はない、誰かがやってくれると諦めるのが普通だ。
そして俺もその一人だった。
「どうしてお前はそんなになっても戦える……」
そんなもん、決まってんだろ。
「好きな女が待ってんだ、そこを退けええええ!」
クライドの顔面を俺の拳が穿ち、頭蓋を粉砕して彼を絶命へと追いやった。
衝撃で地面に叩きつけられ、何度も転がり跳ねるクライドに、
「がぁぁあああああああああああああああ!」
傷だらけの左手を天に掲げて叫び声を上げた。
最後に得た勝利。
俺の全てを出し切り、その上で何もかもを込めた。
出会いを、思いを、俺を支えていた全てをもってこいつを倒した。
それほどまでに強敵だった。
「お前は……強かったよ。俺の戦ったヤツの中で一番芯が通ってて、覚悟があった。全てを投げ打ってでも相手を殺す覚悟が、俺を殺すために全力になったお前を俺は生涯覚え続ける」
クライドの死体はもう動かない。
俺が殺した。
この手で、言い訳のしようがないくらい正面から殺した。
「それでも俺達の方が強かった」
空から水が垂れ、少しずつ雨に変わる。
曇った空に雨が降る戦場。
その奥で自分達の大将が殺されたという事を認識した魔族の兵士達は俺へ敵意と殺意を向ける。
「将軍がやられた! 仇を撃て!」
仇討ちとばかりに矢を放ち、馬に乗って斬りかかってくる魔族。
そんな彼らに視線を向け、切断された右腕の傷口を上着で縛り、突き刺さった無数の剣を引き抜いて投げ捨てる。
「死にてぇやつからかかってこい。お前ら全員ぶっ殺して俺は約束を果たす」
逃げはしない。
真正面から挑む。
それが勇者を救う事で、俺が望んだ結末だ。
ここから先は誰一人、何人たりとも通しはしない。
──必ず君のもとに帰る。だから後少しだけ待っていてくれ。
千を超える大軍に挑む。
それでも俺は死なない。なぜなら帰ると約束したのだから。
完全にタイトル詐欺になっちゃったけど、面白い、続き書けよって方はブクマや評価をよろしくお願いします。
枯渇すると死にます