第23話 俺の心性領域
タイトル詐欺ですね、ごめんなさい
【1】
戦場に慣れることなどない。
誰もいない荒野の真ん中で、墓標のように突き立てられた武具と、積み上げられた数多くの死体の中でたった一人、敵を迎え撃つために待っていた。
輝樹に対してあの剣を操る領域使いは相性が悪い。現に俺は剣帯に吊るしていた剣によって腹を裂かれている。だからヤツと輝樹を鉢合わせることだけは阻止する。
それがあいつを助けることに繋がるのだから。
遥か遠くから響く足音を感じて戦いの時間が近い事を予期。
そして視界に魔族の軍隊が見えたあたりで立ち上がり、攻め込んでくる彼らの姿が少しずつ迫ってくる様子に【凱殻】を起動して前に出た。
すると進行通路にいるはずのない人間が、しかも単独で存在している事に驚いたのか一度兵を止め、先頭を走っていた彼らのトップが一人こちら側に歩く。
「先程負けたというのにまた挑むか。……だがそれは無謀だ。人はいきなり覚醒して強くなったりはしない、今までの経験の蓄積によって作くなる生き物。今のお前がやっているのはただの自殺行為だぞ」
先頭を走る黒コートの領域使いがこの広い荒野を見渡して、この場所に俺しかいないこと、俺以外の兵士が全て倒されていることを認識してから馬を降りた。
「……だがお前はここで確実に息の根を止めなければ勇者よりも厄介な存在になると、俺の経験が言っているのでな、今度こそ確実に殺させてもらう──俺の心性領域に巻き込まれたくなければ全軍退がれ! 余計な手立てをすると死ぬぞ」
そいつが怒鳴り声を上げると背後に控えていた大量の兵士たちが後ろへと後退していき、ある程度の距離を保った場所で待機を始める。
「先に名乗っておこう。俺の名はクライド。俺を前にして二度対面したお前に敬意を評して殺してやろう」
戦場に存在する無数の剣を宙に浮かせ、クライドを中心にして回転させる。
それが奴の領域、奴の能力。
だがそんなものにビビっていては何もできやしない。
俺は戦うためにここに来たのだ。
守りたいものがあって、それを守るためにここにいる。
だから名乗れ、その名前はもう恥じるものではない。
「ハルミスイセイ、お前を倒す男の名だ」
拳を構えて戦闘態勢に入る。
ここが正念場。
友を助けるために、俺が俺でいるために全てを賭けろ。
「心性領域展開──劔の宴」
全ての剣は俺に矛先を向けた。
【2】
迷っても仕方がない、今更怖気づくならこんな所にいなくていい。
宙を舞う剣戟は踊り狂い、束となって襲い掛かる。
見える範囲の戦場から剣をかき集めて操り、俺という邪魔者を排除するためだけに領域は稼働する。
恐怖や死を表す剣を操り、一切の迷いなく心臓を貫いて来る。
【凱殻】を纏った拳で叩き落としては前に跳び、この拳をクライドに叩き込む為だけに前に出た。防御と攻撃を一度に行う剣撃に阻まれながらも、一歩でも前に向かうべく踏み込んで拳を放つ。
死角からの攻撃を【共鳴止水】で捉えて回避しようとするが、それでは届かない。
今ここで痛みを許容しなくてどうする、逃げてどうする、安全策なんて糞程も要らないと歯を食いしばって地面を駆け出した。
脇腹を掠める剣撃に血を吹き出して激痛が走る。吐き出しそうな苦痛を飲み込んで、痛みに歯を食いしばって、痛みの分だけ威力を倍加させて殴りつける。
元々防御用に取っておいたのだろう大剣が攻撃を防ぎ、攻撃の隙を突かれて串刺しになる。吹っ飛びそうな意識をかき集めて最後になるかもしれないチャンスを掴んだ。
近くにあった全ての剣が突き刺さっている今だからこそ、これ以上の追撃には時間がかかる。すでに操作して向かわせている可能性があったとしてもここから離れれば意味を失う。串刺しになった身体で盾の代わりを務める大剣を掴んで防御をこじ開ける。
そして驚愕の表情を浮かべたクライドを振り上げた拳でぶち抜く。
衝撃で吹っ飛ぶそいつに二撃目を叩きつけて高速でぶっ飛ばす。
突き刺さった剣を引き抜きへし折る、吹き出す血の量なんか気にしてられない。
気にした瞬間が俺の敗北だ。
へし折った剣の破片を直線状に投擲、吹き出す血で命中を確認して追いかける。
畳み掛けるように追撃を叩き込み、剣を操作する隙など与えないよう激痛で埋め尽くす。
剣の操作が出来なかったのか手に持ったナイフで斬りかかってきたので、指へし折って奪い取ろうと拳を伸ばしたとき、
──遂に限界が訪れた。
視界が暗転して向かうべき先も、伸ばす腕すら見えなくなる。
ブラックアウトした世界の中で地面であろう物に転がって横たわる。
立ち上がるために膝をつこうとしても崩れてしまい、迫り上がる何かを吐き出すと黒色の血の匂いがする液体が流れ出る。
肉体の限界以上の稼働と致命傷を無視した動きによって限界が迫ってきている。
今動けば死ぬと全身の至るの所から警報が鳴り響き、吐き出す液体が増えるごとに身体に力が入らなくなっていく。
視界はもう見えない、黒に塗りつぶされた世界の中で痛みに似た何かが貫いた。
身体の限界と共に人間としての機能が停止する、痛みは感じない、色は感じない。そうして重要なパーツを失って力の入らない腕を伸ばして掻き毟る。
「ま……だダァ……、まだ……動け、ここで」
俺は何のために戦った。
俺は何を求めて戦った。
俺は何を守りたかったから戦った。
俺は何がしたかったから戦った。
俺は何を望んで戦った。
──俺は
【3】
スイセイという人間は遥か昔に壊れている。
自意識はない、培われてきた感情だって本物である確証はない。
家族という一番近い他人との関わりを断絶された少年は何も得られなかった。
記録だけで何かを得ることにして、実際に感じた事もない感情を埋め尽くした。
そして誰かの特別を欲しがった、そうなりたかったから、そうであって欲しいという理想を追い求めた。家族でも、友達でも、クラスでも、仲間内でも、スイセイは特別になりたかった。みんなが持っている特別を得られなかったばかりに誰よりも欲しがった。
家族という特別の区切りを失ってしまったから代わりを探した。
代わりなど存在しない、代替えなど有り得ない物だったが、知ることができなかった。
教えてくれる人が誰もいなかったから間違っている事すら気づかずに落ちていった。
元々俺は何事も上手くできる奴で上達も早かった、前に進んで行くことはできたのに、その先を持っていなかった。する理由も、それをした先にある物すら、俺は知らなかったし知る事もできなかった。
目先にあるものに囚われすぎて、目先の物だけを得るように努力して、誰もが通る道だと知らずにその場に辿り着こうとして、道を失った。
特別でありたかったから、どれでもいいから認められたかったから、ありとあらゆる物に手をつけて、だけどその中には何もない。
特別である事に固執し、人に認められる事だけを欲した結果、空っぽのまま形だけを作り続けていた。
本当に欲しい物を知らなかったから、見失って、見落として、空回りし続けていた。
たまたま頼まれた代役でいろんな人に褒め称えられたから続けたスポーツ。
いつも誰か、いつも誰かが。自ら生み出した物はなかった。
自分から何かをしようとすることはなかった。
選択ができないから、自意識がなかった。
その結果が俺を殺そうとした人間を『勇者なら殺さない』という理由をもって助けることになった。
常に誰かに行動原理を委ね、ただの一度も自分から何かをしようと成し遂げたことはない。
それでも自分を見失っていたからこそ、誰かが一番輝いて見えた。自分という物が無かったたから、自分を持っていて、決して折れる事の無い人達を俺はかっこいいと思った。
その姿に憧れた、その姿を見て、その背中を追いたいと思った。
だけどきっとこれは俺が俺でなかったから成し得てしまった事なんだろう、自分の意思はない、誰かの意思に流されてその通りに進んでいただけ。
いつも誰かに突き動かされて何も成し得なかったが故に、最後まで諦めなかった人達をかっこいいと思った、彼らの生き方を誇りに思った。
だけどきっとこの気持ちも、この選択も、この意志も、俺じゃないかも知れない。
崩壊した自意識で、誰かの感情を誰よりも読み取ってしまう俺だから、正解を知らなかった俺だから、これも違うのかも知れない。
この俺もスイセイじゃないかも知れない。
スイセイは3歳の時に既に死んでいて今いるのは抜け殻、自ら何かを起こすことのできない人形のような存在。
選択もできず、溜め込むことしかできず勝手に壊れていく泥人形。
どうしようもない存在で、なんとも愚かで許しがたい器、心のない人形。
それでもこんな俺でいいと言ってくれた人がいる。俺を必要だと言ってくれた人がいる。
こんな俺の背中を押してくれる人がいる。その人達は俺が特別でなくても、俺が今まで欲しくて探し求めていた家族をくれた。だからその家族のために戦う。俺を認めてくれた人達のために。
あの大きな背中に、いつか俺もそこに並べると信じて。
──人生の全て、スイセイの水成
『水至りて渠成る』
水が流れると自然に溝ができるように、条件が整えば物事はおのずとできあがる。
それが水成の所以で、水成であった理由ならば。
あの人達がつけた俺に対する願いならば。
俺に込められた最初の想いならば。
「まだ……戦える」
視界は見えなくても、腕が動かなくても、立つことができなくても、その意志だけは、受け継いだ想いだけは決して負けてはならない。
負けられない、死んでなんかいられない。
俺が俺でなくたって、
俺が水成じゃなくたって、
俺を信じてくれた人達を蔑ろにすることだけは違う。
あの人達はスイセイの背中を押したのではない、俺の背中を押したんだ。
ガワなんてどうでもいい、話していたのは俺だ、俺に向かって言ったんだ。
俺に願いを込めた、俺に願いを託した。
あの人達は、みんなは、俺を信じてくれたんだ。
彼らの横に、あの場所に俺が居ることを信じて前に進む、それなら行き先は決まってるだろ。
もう迷わない、もう引き返さない。
踏み出したのなら前に進め、
正解がないなら、その理想が間違いならば変えて見せろ。
それが、俺にできる最初で最後の魔法だ。
「だったら立てよ……お前は《俺》やるべきことがあるんだろ!」
散々苦しんだ。
あれだけ泣いた。
ならもう残されているのはただ一つ、立って戦え。
痛みなんか無視しろ、吹き出す血と激痛の走る身体を無理やりにでも動かして立ち上がらせる。
視界はボやけてほとんど見えていないが、それでもやれる。
今の俺ならできるはずだ。
俺を理解し、支えてくれる全ての者のために。
領域も世界も、探す物でも作り上げる物ではない。
初めからそこにあって、感じる物だ。
「心性領域……展開」
ボヤけて見えない視界の中だが、追うべき誰かの後ろ姿はしっかりと見える。
その姿を、その先を、俺が選んだ未来を、俺が求めたその先をこの目で。
【無明──】
世界を、俺を超えろ。
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