第19話 戦場にて
【11】
充満する死の匂いと腐ったような腐乱臭を感じながら自分とは何かを考えていた。
カミラは俺は自分を失っていると言った。
俺が自分をどこかに置き忘れてしまったように言う彼女の言葉を、俺自身は否定することができなかった。
事実として俺にはこう言う人間だと言い張れるものが無い、俺と言う人間を象徴する何かを持ち合わせてきないから外に出た、だから初めから承諾しているようなものだ。
俺は目の前の傷つく人を助けたかった。
傷つく人を見ると苦しい、何故救えなかったのだと苦しい。
だから俺は誰かを切り捨てるという選択肢はできない、たった一つのことのために何かを犠牲にするなんて事は未来永劫できない。
誰もが認めるハルミスイセイはどこにいる、俺が求めたハルミスイセイはどこに消えた。
俺と言う人間は一体どこから始まったのか。
カミラが言うには俺の原点、たしかに存在したハルミスイセイという人間の根底を思い出さなければ俺は死んでしまう。人間として。
「その格好じゃ戦えないだろ、こいつをくれてやる」
車内で座って考え事をしていた俺に大剣を背負った騎士、ダリスは何処からか持ってきた衣服と剣をこちらに投げてきた。
「そのボロっちいもん捨てて着替えとけ、別の隊と合流したら戦線に向かう」
今現在着ている斬り刻まれて包帯を巻かれた身体が露出している衣服を脱ぎ捨て、受け取った衣服と装備品を広げて見ると、黒か群青の暗色系の衣服、そして籠手や胸甲などの簡易的な鎧を着込んでいく。
騎士が着ているような全身を覆えるタイプの物ではないが、【凱殻】の使用を前提としている俺の場合では動きを阻害しないこのくらいがちょうどいいだろう。
そう思って剣帯を腰に巻いて締め、剣を吊すべく引っ掛けようとしているとき。
「救援求む! 勇者が孤立させられた!」
今なんて言った。
「勇者が誘き出されて魔族の連中に囲われている! 今すぐにでも兵を集めて救出を」
馬に乗って連絡に走ってきた兵士の下へ馬車の車内から一足で跳び、即座に胸ぐらを掴んで馬から引き摺り下ろす。
「勇者はどこだ、今すぐ教えろ」
地面に叩きつけると同時にそいつへと詰め寄った。
「あっ……あっちだ。向こうの方角に奴らが……」
弱々しく指を足したそいつを用済みだと放り投げ、示された方角へと身体を向けて地面を蹴り上げた。大量の土埃を舞い上げ、地面にヒビを入れてまでの踏み込みによって高速で移動する。
馬にまたがって走っている人間を追い抜いて一気に戦線まで駆け抜ける。
走っている俺を不審かって止めにかかる魔族の兵士達を高速で移動しながら蹴り飛ばし、吹っ飛ばしたまま前に走った。
こんなところで足止めを喰らうわけにはいかない。
ユノの言った勇者の死は最初は現実離れしているとさえ思っていた。勇者は通常の人間より身体能力が高く、そう簡単に殺せる相手ではない。
それに勇者自体を王城の奴らが捨て駒にするつもりもなく、俺を縛ってでも使い込みたいと思っている以上そう簡単に殺しはない。すぐ近くに治癒士でも置いておくはずだろうと考えていたが。
勇者自体を孤立させる。
そうすれば勇者の力がいくら強かろうと体力が無尽蔵にあるわけでもないし、血液の量だって人間と大差ない。身体能力が高いだけで機能は人間と変わらない。
つまり消耗戦なら勝ち筋があると言うことになる
だから奴らは勇者を孤立させた。孤立させることで外部との接触を断ち、確実に息の根を止める作戦を打って出た。
「あの人間を止めろ!」
正面に立つ魔族達を蹴散らしながら前に進み、槍で突いてくる奴らを蹴り飛ばした。
顔面をぶん殴って活路を作り出し、開いた隙間から前へと走る。
そうして敵をなぎ払いながら前に出て、ようやく勇者の姿を視界に捉えたとき、すでに勇者は腹に剣を突き刺されて倒れていた。
【12】
腹に剣が突き突き刺さり、血を吐いて倒れている勇者へ最後の一撃と言うばかりに投げられた剣を横から殴り飛ばして破壊。散らばる剣の破片が地面に突き刺さる中、勇者の身体を抱えてすぐさま生死の確認をとる。
「まだ……生きてる」
出血は激しい、心音も弱い。
だがまだ生きている、勇者はまだ死んでいない。
「誰だお前は。もう少しで殺せると言う所でよくも邪魔をしてくれたな」
勇者の身体を抱えたまま声のする方へと視線を向けると、そこには黒いコートを着た男が剣を腰に引っ提げたまま不機嫌な顔で俺を睨みつけていた。
「お前がやったのか……お前が勇者を!」
「なんだ勇者の仲間か、さしずめ助けに来たようだが……俺はそれにまんまとしてやられたと言う事か。まあいい、次に殺せばそれで終わる」
一切剣を抜く素振りを見せないそいつ、そして幸運なことに瀕死の勇者を前にしても周りの魔族達は攻めてこない。黒コートの魔族以外は誰も手を出してこない。
「水成……僕は大丈夫だ」
俺の身体を押し除けて立ち上がろうとする勇者だったが、傷が思ったより深かったのか倒れ込んで血を吐き出した。
「僕は勇者だから……大抵の傷は自然治癒で治る。だから水成は逃げ……」
「下がってろ。こいつは俺がぶちのめす。それがお前を救う唯一の方法だ」
意識を取り戻した勇者を地面に置いて、黒コートの魔族に対して拳を握って飛びかかる。
【凱殻】から放たれる圧倒的な速度、そして破壊力によって敵の顔面を確実に捉えてぶっ飛ばすはずだった。
「これは自論だが、強さとは経験だ。よく覚えとけ小童」
俺の腹が斬り裂かれた。
「ぐはっぁああ!」
腹を裂かれて拳を叩き込むより先に地面に転がる。
傷は【凱殻】のおかげでそう深くはないが、大量の出血と意図しない攻撃に俺の行動が全て停止させられてしまった。
奴が剣を抜く瞬間は見えていないのに、【共鳴止水】でさえも認識していないと言うのに、奴は確実に俺に対して斬撃を与えた。
そして。
「避けろ!」
背後から聞こえる勇者の声に反応して横に飛ぶと、さっき俺の居た位置を誰も握っていない剣が大きく振られていた。まるで見えない誰かが剣をふるったように。
「そんな惚けてていいのか? 勇者は今にも死にそうだぞ」
両サイドから迫る剣を跳躍して回避。そして剣の腹を蹴り飛ばして地面に突き刺し、突き刺した剣の柄の部分を足場にして跳躍、勇者に向けて放たれた剣に追いつくとすぐさま全てを叩き落とす。
「水成……こいつは領域使いだ。能力は剣を触れずとも操作することができる」
正解だと言うように剣を宙に浮かし、四つ並べて見せびらかすそいつに目をやりながら、だからここにくるまでに剣を持った相手がいなかったのかと、理解する。
そして剣帯に吊るしていた剣がいつの間にか無くなっている事から、初撃のあれは俺のやつから奪ったのか。
「確かに俺の能力は剣の操作、持たずとも剣を操作して間合いを無視することができる。だがそれを分かった所でお前達に対処できるか?」
動けない勇者を背に迫りくる剣を拳で叩き落とす。
動くたびに傷口が広がって痛みが激しくなるが、連続で放たれるこの攻撃をどうにかしない事には勇者を助けることはできない。
そしてやつを倒さない限り、この攻撃は終わらない。
飛んでくる剣を掴み取り、遠心力を持って相手の操作する力を振り切った力で投擲。
「言っただろう、俺の能力は剣の操作──」
俺の投げた剣はいとも容易く空中で停止させられる。
「分かってんだよそんな事。だからこうしてお前に受け止めてもらおうとしてんだろ」
自分の方向に剣が飛んでくれば確実に防御しようとする。それも自分の能力に関するものなら避けるよりも能力によって受け止めたほうが早い。
だからその剣の影に隠れて接近し、お前が受け止めた瞬間に俺は攻撃を叩き込む。
「捉えたぞ」
拳を腹部に叩き込んで吹っ飛ばし、地面を大きく転がるそいつに追撃として蹴り飛ばした。
「奇遇だな、俺もだ」
上空から無数の剣が俺の身体を貫いた。
両足を、両腕を、動体を貫いて大量の血を撒き散らす。
「俺は剣を操るって言った。別に地面に刺さっていようがお前が叩き落とそうが操れる。お前は俺の能力を舐めすぎた」
蹴り飛ばしたと思っていた足のアキレス腱が切られていた。
「がぁぁああああ!」
そしてふくらはぎが斬り裂かれており、片足が完全に使い物になりなくなった。
足を斬られて地面に膝をつくも、高速で迫ってくる剣を前になんとか転がって回避。
だが突き刺さったままの剣からは大量の血が失われていく。
なんとか立ち上がろうと力を込めるも、立ち上がる筋肉が存在しないため脚が崩れて地面に倒れる。
「これで終いだ、勇者」
勇者に向かって放たれる確殺の一撃、無数の剣が動けない勇者に向かって連続投射されていく様子を地面に倒れながら眺めていた。
──助けなくちゃいけない。
俺がなんとしてでも、勇者を助ける。
それが俺の役目。
だから身体よ、動いてくれ。
勇者を助ける盾となってくれ。
そう願って必死に手を伸ばしながら地面を駆ける。
「なっ……」
そして俺の身体はちゃんと役目を果たしてくれた。
「水成ぇええええ!」
腹に、腕に、足に、胴体に、頭蓋に、身体と全てに剣が突き刺さった。
痛みが身体を支配する。
流れていく血の感触を確かにしながら、もう一度立ち上がるべく身体を起こそうとするが何一つ動かなかった。
「……援軍か。ここでは部が悪い、全軍一時撤退!」
どこからか聞こえる地面の震える音、そして帰っていく魔族の姿をうっすらと見て。人類側の援軍の到着を感じた。
「勇者様! 助けに来ました」
そんな声が聞こえ、治癒魔法をかけられた勇者が回復していき、周りの兵士達に連れられて魔族を追おうとしている姿に足を掴んだ。
「行くな……行っちゃいけない」
喉に血が溜まってうまく発音できなかったからか、それを無視して勇者は戦線に向かう。
「俺はお前を巻き込んだ……だから俺にはお前を助ける義務がある、分かってくれ、行かないでくれ、その先でお前は死んで……」
最後の力を振り絞って伝えようとしたのに、俺の腕は振り払われた。
「僕はみんなを助けたいから戦うことを選んだ。だから友達を見捨ててまで生きたいとは思わない」
振り払われた腕を伸ばしても届くことはなかった、何処かに行ってしまう勇者の姿を途切れゆく意識の中で手を伸ばし続けて。
──行かないでくれ、輝樹
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