第1話 追放のお知らせ
「ああ……クソッ」
目が覚めると同時に悪態をつき、日の光も、部屋の何を見ることもなく喉の奥につっかえて取れない嫌な感情を吐き出した。
そしてさっきから酷く頭痛がする頭を抱えて自分の寝起きの悪さが心底嫌になる、本当に寝起きは最悪だ。
カーテンの間から差し込む日光が俺の顔を照らして寝ぼけていた目を無理やり起こす。
「……もう朝か」
眩しい明かりに対して顔と目を両腕で押さえたまま、ため息をつくように吐き捨てた。
上半身をゆっくりと起こして前のめりに屈み、そこに映る自分のものではない布団を握りしめる。
そしてまだ慣れない天井と壁、散らりに散乱した自分のものではない部屋の中を見渡した後、諦めてベットから降りてカーテンを開けようと窓の近くまで足を運ぶ。
カーテンを開けると日光を遮断する物はなくなり、今まで以上の光が降り注ぐことになった。そのあまりの眩しさに太陽に向かって手庇を作って下にある街の景色に目をやるも、未だに信じられない世界が広がっている。
車も走っていないし、高層ビルだってない、至る所がチカチカと光っている俺にとって馴染み深い世界ではない。もっと違う文明の表すのだとすれば中世と近世の間の異世界だ。
レンガと木で出来た建物を筆頭に、荒く敷き詰められた石畳、多種多様な民族が剣と武具を纏って跋扈している光景がこの高い建物からは見て取れた。
その光景は地面がコンクリートで出来ていた俺の世界とは全く違う。
──本当に異世界に来ている。
──いや、来てしまったんだ。
【2】
もう特にやる事がないので無造作に歩き出すと、散らかった室内の散乱した本につまずく。ガサリと崩れていく音に目を向けると、そこには机の上に置いたはずだった本の山が床に散らばっていた。
今もなお机の上から落ちそうになっている本を掴み、床に散らばっている本を抱え、これ以上ここにあっても邪魔になるだけだと久方ぶりに扉へと手をかけた。
あまり行きたくはない。
けれどいつまでもこんな所に無意味な物を置いて場所を取るのも嫌だし、かと言って今更読んだ所でどうにかなるわけでもないのだ。
狭苦しくて暗い室内の扉を開けて廊下に出る。
すると王城にふさわしいと言える巨大にガラス張りの廊下や赤色のカーペットが敷き詰められており、その金をふんだんに使った内装から目を背け、一言も発する事なく本を返しにいくためだけに書庫へと向かった。
一応これでも2ヶ月以上この城にいる。その大半があてがわれた自室に引きこもっていたとはいえ、最初の頃はそんな引きこもってばかりではなかったので書庫への行き方は覚えている。
重い足取りで煌びやかな廊下を歩き、離れにある書庫に続く渡り廊下への扉を開けると、ちょうど王国の騎士達が訓練している音が聞こえてきた。
建物と建物をつなぐ通路でしかないこの場所では崩れないように支える柱以外は外に面している、だからここからは騎士達の訓練場が見え、金属と金属のぶつかり合う音が響き渡ってくる。
こんな光景はいつも通りだ、むしろ室内からの方がよく見える。
いつもなら素通りする事ができるのに、今日に限って足を止めてしまったのは知り合いの声が聞こえてしまったからなのだろう。
「はあっ!」
渡り廊下の上から訓練場の方へと視線を向けて立ち尽くした。
背丈は青年のもので日本人男性の平均身長より少し大きい、そして綺麗に揃えられた短髪をなびかせて訓練着をきた騎士と渡り合っていた。
目に見えないほどのスピードで木剣を振るっており、周りに立っている兵士達が称賛の声を上げる中、俺は何一つ捉える事ができず、ただ彼が対峙していた騎士を倒して勝敗がついた事しか分からなかった。
──凄いな。
俺はあんな風にはなれない、なる資格もなかった。
「……すい、……水成、水成?」
背後から突然自分の名前が呼ばれたことに驚くが、声の主が友人である事がすぐに分かったのでいつも通りに振り返る。
「いや別に、輝樹が元気にやっているなと思ってただけだ」
この青年が俺の数少ない友人であり、この世界に呼ばれた勇者。
異世界から勇者の素質のある人間を呼び寄せる【勇者召喚】という儀式のせいで彼はここにいる、そして俺は──それに巻き込まれただけの一般人だ。
「……それなら良いんだ。さっきから動かなかったから見に来たけど、大丈夫そうだ」
腰には訓練用の木剣、勇者にふさわしい豪華な訓練着。そして胸にはこの国の勇者の証を表す紋章が刻まれている。
「それはそうと、さっき何か呟いていたような気がしたけど、何か伝える事があったら……」
「ただの独り言だ。誰かに言えるほどたいそうなもんじゃない。まあ俺は適当に自室でニートしてるから……お前は頑張れよ」
持っている本で輝樹をつついてその場から離れようと足を動かすと、去っていく俺の背中に言葉が向けられる。
「また前みたいに食事でもどうだ? 最近は部屋から出てきてないってメイド達が噂してるし……」
「いいよ、大丈夫だ。お前が気を使うことは何もない」
一度は止まろうとした足を早めて反対側の渡り廊下の扉に手をかけ、持っている本ごと強く押してその場から去る。
「僕らは友達だ」
──だからできねぇんだよ。
最後にそんな言葉をかけられた気がしたが、反射的に出そうになった感情を押さえ込んで足を動かす。そして扉は勝手に閉まってくれた。
【3】
輝樹と別れた後は予定通りに書庫に行って邪魔な本を返すと、すぐにあてがわれた自室へとなだれ込んだ。
床に転がっている何かを蹴り飛ばして室内へと足を踏み入れ、そのままベッドに倒れ込む。そして。
「なんで……」
自然と手に力がこもり、ベッドのシーツを握りしめて勢いよく引き裂いた。
「ふざけんな! なんで! どうし……て…………」
怒りまかせの、もう何度目になるか分からないこの行動を宙を舞う羽毛が我に帰らせた。
既に家具の破片や破かれたカーペット、そして裂かれたシーツが散らばっており、室内の大半はそれが占めている。
その物に当たり散らして破壊した無様な俺と、勇者である友人の毎日努力する姿が、まるで嘲笑うかのように思い出された。
「ははっ……なんでだよ……」
全身の力が抜け落ちてベッドから転がり落ちてうずくまり、どうして俺には何もないのだと、涙が出るのを自覚する。
友人の勇者も、その仲間の奴らだって強い力を持ってこの世界に呼ばれた。高い身体能力や、誰もが羨む魔法の才能をこしらえて、何もかもが上手くいくような力を持ってこの世界に足を踏み入れた。
なのに俺は。
──俺はなんだっていうんだよ。
特別な力なんてものは何もない、輝樹のような超人的な身体能力はない。奈美や花凛のような高い魔力適性はない。俺には何も与えられなかった、誰もが何かを得る中で俺だけが何も得なかった。
一人だけ愚かでどうしようもない俺のまま。なんの力も得ることなく、力がないから馬鹿にされ、最後は隅の方に追いやられた。
起き上がる気力すらなく、ベッドの上は引き裂かれて使う物にならない。
そしてゴミの散らばる床の上でそのまま意識が消えていった。
「……もう疲れた」
【4】
いつもの学校帰りに輝樹と共に下らない話をしながら下校していると、突如として不思議な光に包まれ、気づいたら暗闇の中に投げ出されていた。
「うわっ!」
さっきまでしっかり地面を踏んで歩いていたはずなのに、いきなり足元が無くなったことでバランスを崩し、勢いよく膝と腕を強打。
下に柔らかいマットなんかがあるわけもなく、石畳らしき硬い地面に叩きつけられて呻き声を上げながらうずくまっていたが、すぐ横にいた輝樹はすぐに立ち上がると、辺りを見渡し始める。
「痛がってる友人にかける言葉は無いのかよ」
ようやく目が慣れてきたようで、すぐ横にいる輝樹と自分の足下くらいはなんとなくだけど見え始める。だが依然として深い闇に変わりはなく、それ以上事は何もわからない。
「いや……ここはどこなんだろうと思ってね」
地面にうずくまっていると俺へと輝樹が手を出して、それに掴まって立ち上がる。
「そんなもん知るかよ……」
ここがどこだから分からないので、とりあえず前に行ってみれば何かあるんじゃないだろうかと思い、前に一歩出てみると、強い力で肩を掴まれる。
「痛ぁっ!」
輝樹に肩が外れるかと思うほどの力で後ろから引っ張られ、あまりの痛さに声に出して手を払い除ける。すると輝樹は自分の手を閉じたり開いたりした後に、申し訳なさそうに謝罪をした。
「ごめん……でもここから動かない方がいい。それにもうすぐ人が来る」
「人が来るってそんな、俺たち以外に誰もいなぁ──」
そこまで言い切ったとき、またもや不可思議な光が上空に現れて2つの黒い影を出した。
何事だと顔を向けるが、それよりも先に硬い靴が顔面にめり込み、体勢を崩してもう一度石畳に叩きつけられると同時に酷い重しがのしかかる。
「がはっ……!」
推定50うんちゃらキログラムの物体、そんなものは俺の動きを奪うには十分すぎる重さだ。そして地面に横たわったまま、鳥の首を絞め殺したような声で。
「誰だから知らんが退いてくれ、このままだと多分死ぬ」
その言葉にようやく誰かの上に乗っている事に気づいたようで、「どうせなら最初に気付けや」と思う気持ちもなくはないがすぐに退いてくれた。
「ああっ、すいません!」
「ごめんごめん、悪かったって」
どこかで聞いたことのある声がしたが、俺の少ない友達の誰かならばすぐに分かるはずだが、分からないと言う事は多分友達じゃない。他人だ。
「…………花凛、奈美……どうして……」
輝樹も何故か締め上げたような声を出していたが、そんな事は後回し。
とにかく呼ばれた名前は花凛と奈美。俺とはあまり接点があるわけではないが、輝樹の追っかけ……ではなく友達のはずだ。
去年のバレンタインで輝樹に友チョコをあげるため俺を仲介役にしようとしたタチの悪い奴らだ。そして俺は何ももらえなかった。
「えーと、気づいたらこんな所に」
「私もそんな感じ」
全く身に覚えがないと首を傾ける彼女たちは俺と全く同じ意見、謎の光うんぬんはこの際除外しても、帰宅途中にいきなり謎の場所にいた、それも何の前触れもなく……と、どこかで聞いたことのあるような会話をしている彼らの輪に入り難くて蚊帳の外に数分。
いきなり輝樹が謎の反応を示して俺たちを横切って前に出た。
すると目の前から何か重いものでも引きずるような音が聞こえたと思えば、その奥から明かりが差し混み、それと同時に開いた扉の先にいた人物がわらわらと中に入ってくる。
そしてその中で一際目立つ人物が前に出て口を開いた。
「─────────────────────────」
まるでお伽話とかで出てくるドレスを着込み、街中で見掛ければ誰もが振り返るのであろう美女が何かを発した。おおよそ日系人とは思えない顔の作りをした金髪の女性は、着ているのか着せられているのか大体分からなくなるドレスを着こなしていたが、発する声は金切り声も良いところ。
まるで言葉になっていなかった。
それに対しては輝樹たちも同じ意見のようで、目の前の光景に驚いて固まって動かなくなっていた。
驚いて何も言えない俺たちを前にして笑顔で距離を詰めてくる女性に恐怖を覚え、何かしら追い返す手段がないかと、通じないだろう日本語で応戦する。
「来るな! これ以上は近寄るな。お前らが誰かは知らないが、できれば話のわかるやつを連れてきて欲しい……まずはそこからだ」
内心では心臓が破裂しそうだったが、効果があったようで目の前の女性は歩みを止めた。
「異世界……ここは異世界なの?」
俺の後ろにいた奈美が弱々しい声で異世界と呟く。
そしてその単語にある物を思い出す。
「異世界なのか? ここは……でもあの格好とかまるで……」
まるで異世界に呼ばれは勇者の物語を酷使している。それを自覚すると自然と足が前に出たが、すぐに何かが足に当たり、何だろうと視線を下にやると、そこにはびっしりと書き連ねられた大量の文字と巨大な円。魔法陣らしき物がそこにはあった。
「──、─────────」
足を止めた女性の後ろから杖をついた老人が何かを話し、それに納得した素振りを見せた後、背後のいる鎧を着た人達が謎の物体をその女性に手渡し、またしても謎の光を出す。
「これでどうでしょう?」
謎の物体が光を出した途端、さっきまでの奇妙な音は言葉に変わり、何を言っているのかが理解できるようになった。
そんな不可解な状況に全くついていけずにどうすればいいのか、はたまた何が起こっているのか分からず戸惑っていたが、相手は待ってくれない。
「初めまして勇者様、私の名前はエルティーナ=ラテム=フィスト。ラテム王国第一王女。悪しき魔族の手から人類を救済するべく貴方様を召喚いたしました」
夢にまで見た異世界を俺は手に入れた、その現実に内心ガッツポーズをとって舞い上がりたい気分だったが、エルティーナが必要としたのは俺ではなかった。
勇者に助けてほしいと言って輝樹の手を取った。
──輝樹が勇者なのか。
──俺じゃなかったのか、俺じゃ駄目なのか、俺は必要なかったんだな。
目の前で勇者だと言われて助けを請われている輝樹を前にして、無造作に手が伸びた。
だが、そんな事は無駄なのだと腕を下ろして顔を振った。
「よかったな」
どこか遠くに行ってしまったような気がして、それでもエルティーナという女性に手を握られている輝樹へと言葉をかける。
「勇者だってよ、すげぇじゃん」
「う、うん」
そんなぎこちない輝樹の返事は周りのうるさい声にかき消された。
「やっぱり輝樹くんが勇者だったんですね」
「輝樹が勇者なら大丈夫だよね」
女に囲まれて勇者だとか言われている輝樹の後ろ姿を眺めてボケーっと突っ立っていると、女性陣がモメ始め、わちゃわちゃやっていると後ろに控えていた老人が話を中断させた。
「勇者様、まだ不慣れな所もございましょうが国王の謁見を承りたく」
その学者風の老人は王の謁見があるといい、俺たちもそこについていくことになった。
【5】
さっきまでいた部屋からようやく出ることができるようになり、前を先導するエルティーナの背後をついていく事になった。
どうやらこの部屋に地下にあるらしく、彼女達がやってきた扉の奥にはいくつもの階段があって、それを登ると日光が降り注ぐ巨大なガラスや、壁にかけられている高そうな絵画が視界に飛び込んでくる。
「これから私の父、この国の王から勇者様に対して話しておきたいことがあるそうです」
そう言って自身の横にいる輝樹へと顔を向けて歩いていく様子を後ろから眺めつつ、窓の外にある城下町と言えばいいのか、彼女の服装と同じような中世風の街が形成されていた。
長い廊下を歩いていると、鎧を着込んだ兵士達がちらほらと見え始めた辺りで5メートルほどの高さを誇る巨大な扉の前までたどり着く。
「勇者様を連れてまいりました」
エルティーナが何故か室内なのにいる門番へとそう告げると、誰も触れていないはずなのに扉が独りでに開き、そして奥には豪勢な玉座の上に腰掛ける王様らしき人物を筆頭に豪華な身なりをした男性達が立っていた。
彼らの間を通るように促され、輝樹の後ろをついて歩き、俺たちを先導するエルティーナが止まったと同時に足を止めた。
「我が名はラテム17世、この国の王であり、最高権力者である。歓迎するぞ勇者……と言いたいところだが──」
長い金髪の髪、そして何より目に入れた瞬間、この人が王なのだと思い知らされるほどの圧倒的な存在感。その威圧的な何かを放っているその人物は不機嫌そうに俺達を睨んだ。
「何故4人もいる? 勇者は一人のばずだろう」
当然の疑問だと思う。輝樹が勇者である事はすでに確定しているが、俺たちそれ以外は何なのかはっきりしていない。その説明も含めてここで話してくれる物だと思っていたが違うのか。
「それにつきましては王、勇者召喚に巻き込まれてしまった一般人と見るのが妥当かと」
黒いローブを着込み、拳サイズもある宝石を埋め込んだ杖を持った青年が王に対して進言し、俺たちの方へと何かを見定めるような、物に値段をつけるかのような目を向けた。
そして青年の言葉に少し考える素振りを見せた後に「まあいい」と息を吐いてこちらへと視線を戻す。
「では勇者よ、魔王を撃ってくれるな?」
突拍子もない言葉に驚きを隠せるわけがない、「いきなり何言ってんだ」と口にしそうになるが、もしもそんな事をしてみれば何の躊躇いもなく首を刎ねる事ができる、そう言っているような視線が全方位から突き刺さり、前に出かけた身体を戻した。
「…………っ!」
実際に初めからこうなるとは思っていた。
エルティーナが魔族を倒してくれと輝樹に懇願した所でこうなるだろうと予測はできた。
だが早すぎる。全ての順序をすっ飛ばして結果だけを求めようとするこの会話はおかしすぎる。
「……輝樹くん」
話の流れについていけてないのか、怯えた声を出す奈美に輝樹は小さく「大丈夫」と返して王に対して正面から物を言う。
「まだ……承諾できません」
「口答えするのか?」
「そうではありません。状況も飲み込めていなければ、僕たちはここに来てまだ何の説明を受けていません。僕の仲間のためにも十分な説明をお願いします。話はそこからです」
あの国王に正面から物を言ったが、相手の反応は最悪もいい所だった。
目に見えてわかる失望ぶりを露わにして深くため息をつく。
「何も知らないのか……ならば説明してやれ」
何故だか知らないけどその顔が印象的だった、もっと他に覚えるべきことがあったはずなのに、その顔だけが酷く頭にこびりついて離れない。
「では私が説明しましょう」
そう言ってさっきの黒ローブの青年が前に出てくると、手に持っている用紙を呪文と共に宙に浮かし、俺たちに見えるように広げて見せた。
そしてそこに書かれていたのは世界地図で、巨大な大地と海、そしていくつもの印が記されていた。
「ここが今私たちのいる北大陸ラテム王国、そしてこの海の先にある大陸が魔族領」
見せられた世界地図に載っているのは大きく分けて2つの大陸。
今俺たちがいるらしい北大陸と呼ばれる場所で、そこから東に行くとある大海を渡った先にあるのが魔族領らしい。
「魔族領に住む者たちが我々人類を脅かそうと進行を始めています。彼らの目的は我々人類の殲滅、自分たちが世界の覇者となるために罪もない人々を殺して回る……さながら悪魔のように」
ゾッとする話だ。
そして輝樹が何故呼ばれたかも、それに起因する物なのだろう。
魔族領との戦いに強い戦力が欲しかった、だから異世界から勇者と呼ばれる人物を呼び寄せたと言うところなのか? そうでなくては話が破綻する。
今の状況を個人的に整理していると、いきなり奈美が大声を上げた。
「待って!」
今までも怯えて何もしなかったはずの彼女は今もなお怯えたまま、だが今までと違うのはその怯え方が異常だったと言うだけ。
「……私達は帰れるのよね?」
そして彼女の恐怖は爆発した。
話が現実的になりすぎたから、最初の知らない所に突然きたけど輝樹がいた安心より、知らない人たちに囲まれて命をかけて戦えなんて言われている状況だ。
無理もない。俺だって何が何だかわかってないのだから。
「帰れます、けれど今すぐにはできません」
「なんで……」
「勇者の召喚ほどの魔力を使う訳ではありませんが、帰還にもある程度の魔力は必要です。そしてその魔力はこの国の軍事費用から抽出されますが、今現在では帰還に必要な魔力を調達する術がありません。帰るなら魔族との戦争に勝ってから……となります」
元の世界に戻るには魔族を倒さなければならない。帰りたくなかったとしてもこの世界で生きるには魔族を倒さなければならない、事実上どう転んでも魔族との戦争は避けられない。
「そんな……」
俺としてはあの世界に戻りたいわけでもない、帰ったところで親とも気まずいし、学校の成績も悪いし、帰る意味は今のところ存在しない。
だが奈美は違ったのだろう、横にいる花凛に慰められながらも恐怖に泣いている。
そんな彼女の姿を横目に眺めていると、輝樹は黙って拳を握っていた。
「お前が何を思っているかは大体見当がついている。だからあいつを無事に元の世界に帰したいって言うなら俺も一緒に戦う。巻き添えは多い方がいいだろう?」
輝樹の背中を強く叩いた。
彼は優しい、困って泣いている奈美に対して助けてやりたいと言う気持ちはあるだろうが、今回の事はそう簡単に踏み込める物ではない。
戦ったら死ぬかもしれない、もしかしたら帰って来れないかもしれない。
そう考えれば無理だと判断するだろう、だから俺はあいつの意見を出すために背中を押した、勇者でない人間にはそれくらいの事しかしてやれない。
「ありがとう水成、覚悟が決まったよ」
奈美の肩に手を置いてから王の方へと顔を上げて。
「僕は勇者として戦います、みんなを元の世界に返すために戦います」
覚悟を決めて言い放った輝樹に周りの大人達は褒め称え、歓声が響き渡る。
「俺も一緒に戦う、輝樹だけじゃ心許ないしな」
「じゃあ私も一緒に」
「お手伝いできることがあれば……がんばります」
俺は勇者にはなれなかったけど、それを理由に友達を捨てたりはしたくない。
今まで怯えていた奈美は輝樹が自分のために戦うと宣言してくれたからか、それともなんとしてでも帰すと言う意思に何か感じたのか自分もと名乗り出た。
本当は辛いだろうし、何も言わなかった花凛だって同じ気持ちのはずだ。
俺も少し怖い。
友達だから、それが命を賭けるに値するかは分からない。けれどそれでもやらなければ後悔するのが友達という物だ。
「勇者は我らと共に戦う事を誓った! 我らに勝利あり!」
今まで静まり返っていたのが嘘みたいな盛り上がりを見せる。
そんな中で。
「勇者の仲間の皆様、あなた方には少し付いてきてもらいたいのですが」
輝樹ではなく俺たちに、鎧を着た兵士の何人かが近寄ってきてついて来いと言う。
今更なんだかんだ言ってられないので承諾し、輝樹とは一旦別れることになって謁見の間を後にする。
その際に見た輝樹の後ろ姿は勇者らしく見えて、少し誇らしかった。
【6】
輝樹と別れてあんまり仲良くない奈美と花凛と共に王国の兵士に連れられて廊下を歩くこと数分。とある部屋について中へと案内される。
室内は研究所のような、辺りに置かれている本棚と資料の山、そして光が灯っている謎の物体が置かれていた。
「今からあなた方には魔力適性という物を図ってもらおう」
そう言って現れたのは先程エルティーナの横にいた老人。
彼は手に持っている水晶に似た物体を机の上に置き、近くに寄れと手招きした。
「まずはこの世界に存在する魔法の説明から、魔法とは魂から溢れ出る生命のエネルギーである魔力に属性を付与する事で事象を起こす物の事を言う」
いわゆる魔力を使って魔法を出す、ゲームとかで言う所の魔力はMPなのだろう。
「そして属性こそが魔力適性。魂に存在する使える魔法の数を決める重要な役割を果たす物。魔力適性に存在しない属性の魔法は使えぬ」
「つまりどういう事?」
話がよく分かっていないのか、花凛が首を傾げて聞き返す。
それに対してこれ以上分かりやすく説明する手段がないのか、言葉を詰まらせる老人に変わって分かっている範囲内だけでも噛み砕いて話してみる。
「つまりだ、魔力は電池。魔力適性は家電の一種……だと思えばいいと思う。豆電球をつける物と電子レンジを動かすのは全く別のもの。多分だが適性ってのは家電の多さって事だと思う」
いまいちうまく説明できた気はしないが一応納得してもらえたみたいで、うなずいていたから良しとする。
「家電というものは分からぬが、魔力適性の数だけ使える魔法が増える。2人あれば常人。3つあれば天才。4つ以上は歴史に数えるほどしかおらぬ。そして勇者は全ての適性を持っておる」
「その適性ってのは全部でいくつある?」
「人間が絶対持っている生属性を除けば、火、水、風、土とその派生、闇や光と言った枠に収まらないものから未知の属性もあると言われておる」
古代ギリシャの四大元素、よくゲームとかで使われる物と同じか。
「魔力適性を測り、それによってあなた方の今後が変わるので測ってみてください」
老人がそう言って水晶のような物を前に出してくると、真っ先に花凛がそれに触れる。
「結構面白そうだし私が行くわ」
そんなものは束の間、彼女が手で触れるとすぐに光を放ち、凄まじい勢いで虹色に光り始める。赤や黄色と言ったを放出して辺りを照らし始め、周りの学者風の研究員や兵士達も声を上げる。
「5つの属性を持っています、これは勇者を除けば歴史上初です!」
花凛の測定を終えた研究員の一人が大声を出し、辺りも驚愕に包まれる。
「じゃあ……私も」
花凛が凄まじい結果を残した後に奈美も測定を始めて、彼女も5つの属性を叩き出した。
「聖属性の適性があります! あの貴重な千人に一人しかいないと言われる癒しの魔力を持っていますよ」
花凛、奈美と歴史を大きく揺るがした後に俺の出番が回ってくる。
目を輝かせた研究員に次はなんだと期待したような目をする人達、もしかしたら勇者の召喚に巻き込まれたのではなく来るべくして選ばれたんじゃないかと思考が過ぎるが、そんな物はすぐに消え失せた。
俺の光は無色だった、むしろ光っているのかさえ怪しい。
ただ単純に少し明るい気がするだけ、彼女達の時に現れたような輝かしい光はない。
「あの……すいません? これって」
何も発さずに固まっている研究員に近寄って説明を受けようとしたが。
「触るな!」
突き飛ばされた。
近くにあった机に叩きつけられて床に転がる。
「ど、どうゆう事? 水成の適性は?」
いきなり起こった不可解な光景に床に倒れたまま身動きが取れなくなっていた。
そのまま転がっている俺に老人は失望した目を向けてから花凛達へと笑いかけた。
「彼には魔力適性が一つも無かっただけです。人間ならば誰でも持っているはずの魔力適性が彼にはありません、それだけです」
「それだけって、だったら突き飛ばす必要ないじゃん!」
食ってかかる花凛に分からせるよう老人は柔らかい声で言う。
「我々人類は生きるか死ぬかの瀬戸際だ。こんな無能に費やす時間は無いのです。ですからあなた達だけでも戦力となって勇者様を助けてあげてください」
何も言えなくなっていた。
これ以上何かを言うことは彼女達にはできない、人類が危ない事を知らされて、余裕がないのだと言われて、それでも俺を庇う理由はない。
そこまで親しいわけでもないのだから。
「と言うわけで残念だ。失敗作」
倒れている俺の髪の毛を掴んで持ち上げ、心の奥底に刻み込むように言葉を放つ。
「お前はいらない」
頑張った。えらいと思ったら評価感想ください
すごく気持ち悪くて不自然な点があるとケチ付けたい方は大正解です、次回わかります