第17話 人の死
【6】
どこにもいない。生きている人はあらかた探し終わった後だからなのか、それとも本当にもう誰も生きていないのか。
民家の扉を開けた先にある血の海に扉を寄り掛かったまま膝をつく、ズボンに染みていく血液と、机の上から垂れる赤い液体がピチョンと音を立てて滴っている。
どこもかしこも死体だらけ。裏路地に行けば斬り刻まれた四肢が転がって、民家に入れば残虐された住人が生々しい体勢で死んでいる。
子を守るように倒れた者、逃げようと背を向けて死んだ者。
そして何もできずに殺された者まで、いろんな人が死んでいた。
ふらつく身体を引きずって歩き、まだ誰かいるのだろう、きっとまだ希望はあるのだと言い聞かせて、魔物が塀を壊して入ってきた時のために備えられている穴蔵へと足を運び、そこにあった地獄に叫び声を上げた。
燃えた死体と鼻につく油の匂い。
黒焦げた死体が転がって、逃げ場のない地下で焼かれて死んだのだと、悶え苦しんだ形で倒れている人の身体が物語っている。苦しかったと、そう伝えている。
「何でだあああああああ! 何で! どうして! そんなに殺しが楽しいか! そんなに人を殺したいか!」
密閉された空間内で火を放てばどうなるか、そんなものはわかり切っている。
確実に大勢を殺すためだけの作戦、相手を苦しめるためだけの策。
そのせいでどれだけの人が苦しみ、絶望し、命を終えたのか。
誰の目にも届かない場所で泣き喚き、涙が枯れる頃になってようやく歩き出した。
まだきっと、残っていると信じて、まだ生きている人がいるのだと信じて、探し尽くした。
なのに誰一人として見つからない、死体しか見つからない。
そんな地獄の光景に吐き出した。堪えていたものを吐き出した。人を助けようとして助けられず、助けられた人は誰かを殺す。
救いなんてものはない。ずっと誰かが傷つき続ける。
暗い裏路地の中でより一層深い影がゲロを吐いている俺の足物に浮かび上がった。
誰かがいる、そう思って顔を上げると。
「…………殺すの?」
そこにはあのとき、馬車にいた魔族の女が立っていた。
「何でお前が……何でお前がここにいる!」
外にいるはずだった。向こうで待っていると言ったはずだ。
俺を殺さないために妨害したお前が、何でこんなところにいる。
「……私は魔族。あなたに毒を食わせようとしたやつの仲間よ」
知っている。
そしてこいつを他の人間の下に連れていけばどうなるかも、知っている。
魔族を見つけたと叫べばこいつは殺される、そんな事は奴も承知で、その上で逃げようとしない。
「……行けよ」
「私は魔族。人類の敵……」
「行けっつってんだろ聞こえねぇのか!」
壁に拳を強く叩きつけて建物にヒビを入れる。
「俺はテメェら魔族が憎いほど嫌いだ! その顔を見たくねぇんだよ……とっとと消えろ!」
この行動が正しいかなんて分からない、だが確実に間違っている。
こいつを殺さないと言う事は、魔族に殺された人達を蔑ろにする行為。
俺は人類を脅かす魔族を、勇者を殺してしまう奴らと戦うために力をつけた。
奴らを殺すための力であって、それ以上でもそれ以下でもない。
勇者の友としてここで始末をつけるのが筋ってもんだろう。
なのに俺は拳を向けることができなかった。
「あの通路は……誰にも言ってない…………」
最後に何か呟いてから闇に消えていった少女の姿に背を向けて、生存者を誰も見つけられずに戻っていった。
【7】
事態の収拾がついてから少し、騎士団が王城から派遣されてやってきた。
街の住人は騎士団に対して絶対的な信頼を寄せており、彼らが来るともう歓迎ムードになった。正門を開けて中に入ってくる騎士団とその背後についている衛生兵のような人達が傷を負った住人の治療に走っていた。
もう大丈夫だと、戦争に勝ったと思っている人達を端の方で瓦礫に腰掛けて眺めていると、騎士団のうちの一人がこちらに近づいてくる。
「今回の魔族の殲滅感謝する、報奨金ならギルドで受け取れるようにしておくから名前と冒険者カードを出してくれ」
「報奨金……俺はそんな物のために戦った覚えはない。ただ傷付いている人を助けたかった、それだけのことだ」
そのはずだった。俺はそのために戦った。なのに何一つ叶わなかった。
「それに…………助けられなかった人が大勢いる。だから助けられた人を差し引いても喜べるものじゃない。確かに俺は大勢を見殺しにしている」
俯いたままの俺にどうするか迷っている騎士を後ろから押し除けて、身の丈ほどある大剣を担いだ騎士が俺の前に立った。
「……お前がそう言うなら知っておかなくちゃならないことがある。そこのやつに名前を聞いてきた、お前も付き合え水成」
俺の名を呼び、親指で後ろを指していくぞと合図をしてから。
「死体の処理をやる」
【8】
死体を一つ一つ丁寧に遺族の下へ送り届けた。
だがいくら騎士団が信頼されているとはいえ、こんな事態を招いてしまったのも事実。
どうして早く来なかったと、的外れなことを言って殴りかかってくる人もいた。
それを避けることも受け止めることもしないで拳を食らった。
そうすることでしか俺に責任は取れない。
そして顔を潰されて人相が判断できない者、穴蔵の中で負け焦げて人かどうかも判断できなくなった者たちを墓地にまとめて埋める。
判別のつく死体は遺族の下へいき、遺品を回収する人の姿もあった。
腕を、足を切断されて日常生活が送れなくなる人もいる。そして彼らに対する保証はこの国にはない。そのままの姿で一生を終えるのだ。
手足の欠損は治癒魔法で治すことができるが、治癒の魔力適性は希少なので国が抱える治癒士以外にはほぼ存在しないと言っていい。そして居たとしても高額な値段で一般市民が払える代物ではない。
手足を失い、物に当たる人間の姿を間近で見た。認めたくない現実を否定しようとするその姿は昔の俺に似ていて、彼らは口を揃えてこう言う「何でもっと早く来なかった」と。
遺族との話し合いが終わり、死体を墓場に埋めてから、最後に残った魔族の死体を一箇所に集めてから燃やした。
敵兵を埋葬する事は遺族の方に示しがつかないのでできない。かと言って死体を放置することで起きる疫病を防ぐために燃やす。
瓦礫の中から持ってきた木の板を燃える死体の中に放り込んで塵になるまで眺め続ける。死体の山の中には俺を背後から刺したやつの姿があり、彼女があそこに居たのはこいつを探してのことだったのだろうと分かった。
そして敵なのに彼女に生きてきて欲しいと感じた俺をぶん殴った。
宙を舞う火の粉が天に昇り、その光景を無言で眺めながら拳に力が入る。
「ラルティア神の意向だ、邪悪な魂を天に送り浄化する。教会がよく言ってる」
俺の横にいた大剣を持った男が俺に伝えるようにそう言った。
「誰だよそいつ」
「教会の神様だ。俺は信じてないが、国教だからな」
「そんな神がいるなら……何で人は殺し合ってんだよ」
存在しない神のくせに、一丁前にきどってんじゃねぇ。
「知るかよ……神ってのが万能じゃないか、俺達が馬鹿なのか」
「……………………」
「そんな顔してたって何も変わらん、心を痛めてるなら誇りと思え」
「うるせぇよ。これが普通だ」
死体が燃えて灰になる。黒い煙が天に昇る。
「お前……冒険者じゃないんだってな。なら断っても罰則はないが、戦争を終わらせるために俺達と共に戦地にいく気はないか?」
そいつの横顔は険しい物だ、命を命として見ている。
憎しみだけで命の価値を下げない人間だ。
「俺は必ず助けなくちゃならない奴がいる……そのために戦うつもりだった。初めから、言われなくても、戦場に行くつもりだった」
こんな状況になってて、それを見なかった事になんてできない。
魔族との戦争が始まっているなら、そこに勇者がいる。そして俺には助ける義務がある。
「連れて行ってくれ、その場所に。戦場に」
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