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第16話 これが

【3】


 魔力灯を持って反対側の街の方の入り口にたどり着いたが、もしかしたら奴の仲間が潜んでいるのではないかと警戒しながら扉を持ち上げる。隙間から覗き辺りを見回してから扉を持ち上げて階段を登り、どこかの建物内に侵入を果たす。


 内装だけをみるとどこかの飲食店のようだったが、木のテーブルや椅子はほぼ全て破壊された後で、カウンターに至っては斬り付けられた跡が無数にあり、割れた瓶や皿の破片が無数に地面に散らばっている。

 そして床に落ちている誰かの写真立てをカウンターの上に置いてから外に、魔族の跋扈るだろう街へと足を踏み入れた。


 だが無策で散策して生き残れるはずがないので、まずは今もなお昇り続けている黒い煙の場所に向かう事を決める。けれど真っ当に街を歩けばすぐに見つかるだろうと、屋根の上に飛び乗ってから屋根伝いに現場に向かう。


 屋根の上を飛び回れば当然建物と建物の間を飛ぶことになり、その隙間は視界に映る。

 日の当たらない裏路地に逃げようとして逃げられなかった人達の死体が転がって、直視できるような光景ではない。


 目を向けまいと抑えながら一刻も早くあの場所に向かうべく速度を上げ、現場にたどり着いたが、そこにあったのはただの地獄。


 大量の建物が燃えている光景だけ。それにこの世界で鉄筋コンクリートで家を建てるなんで文化は存在しない、だから全てが燃えた。崩れる建物と舞い上がる火の粉を前にして、焼け焦げた死体を前にして誰も救えなかったことに膝をつく。


 俺はずっと勘違いをしていた。俺は運命を変える力がある、だから救えないはずの人間を救える、魔族との戦争で勇者を助けられるのだと信じていた。


 だが運命を変える力というのは俺の支配下にあるわけじゃない、俺が望んだ運命を変えてくれるわけじゃない。だから魔族との戦争が起こる運命をどこかで変えてしまっても、ねじ曲げてしまってもなんら不思議ではない。


 ユノが見れるのは普通の未来だ。

 運命によって決められた未来。

 だから気づかなかった、今すでに魔族と人類が殺し合っていることに気づけなかった。


「ぁぁああああああああああああああああああああああああ」


 焼け焦げて、四肢の一部は崩れ落ちて、性別すら分からなくなっている人を背負って、まだ息のある人がいないかと炎の中を彷徨った。


 喉が焼けただれそうなのを我慢して、皮膚が焼けていくのを感じながら、それでも瓦礫を退けて人を探した。

 なのに誰もいない、誰も彼もが死んでいる。


 子供を守るようにして覆いかぶさる大人が視界に移り、まだ衣服が燃えていないから生きているんじゃないかと駆け寄ってみるが、目を開けたまま後ろから剣で刺されて死んでいた。


「あそこにまだ息のある野郎がいるぜ」


 声の方に目を向けて、暗い焦げ茶色の服を着た複数の兵士達が視界に映るが、そのどれもが魔族だった。そして彼らは俺の方へと剣を向けて、その上もう死んでいる人を斬りつける。


「ごめん……ちゃんと埋葬してやりたかったけど、無理かもしれない」


 抱えている彼らを燃える地面に置いて、せめてもの宿罪として目を閉じてあげる。

 俺には何もできなかったから、これくらいの事しかしてやれなくてごめん。


「仇だけは……必ずとってやる」


 返事はない、誰も聞いちゃいない。


 けれど俺には成さなければならない、そう──嘲笑うように剣を向ける彼らに拳を振るった。


【4】


 何も救えない、誰も救えない。


 迫り来る刃をへし折って、折れた刃を掴んで斬りつける。迫る敵をぶん殴り、蹴り飛ばした。敵意を持って近づいてくる奴らを一人残らず殴りつけた。


 まるで作業のように、なんの感情もいらない。ただひたすらに敵を倒せばいい、そうすればいつかは報われる、いつかは敵がいなくなって生きている人たちが助かる。


 そう思って──


「これを見ろ!」


 魔族の兵士は止まらない俺を止めるために、止めることができないと分かった上で策を、否、あんな物は策ではない。ただの絶望だ。


「死にたくない! 死にたくない!」


 人の声が、狭い檻の中に詰められた人間が助けを求めていた。


「がぁああああああ! ああああああああ」


 中にいる人間には無数の傷跡が残っている、鞭で撃たれた跡に剣で切られた跡。そして今もなお斬り付けられている。


「ふざけるなぁあああ!」


 俺の声なんか聞いてくれない、戦場で敵が何を言おうともそれに耳を傾けてくれる奴はいない。

 そんなの当たり前。だから誰も止めない、それが当たり前だと感じているから。


「がぁあああああ!」


 目の前で首を切り落とされ、伸ばした手は届かない。


 俺に助けを求める目をしたその人物は無残にも殺された。


「やめろ……やめろってのが聞こえねぇのかぁああ!」


「いいのか! こっちにくればこいつも殺す、そしてこいつも! こいつも」


 檻の中に入れられた人間達を見せつけて、危害を加えれば殺すと言い張る。

 手足を鎖で縛り身動きが取れないようにして、人質として使用した。


「お前!」


 明確な殺意を持って、そいつよりも早く人質を助けようと飛びかかるも、俺が助けるよりも先に人質の身体が引き裂かれた。


 俺が動くたびに誰かが死ぬ、俺が誰かを助けようとするたびに誰かが犠牲になる。

 ルールなんてない、倫理なんてない、道徳なんてない。これが戦争。これが殺し合い。


 俺が動けばここにいる全ての人が殺される、ここに引っ張り出された人達は皆死ぬだろう。だが、ここで動かなければ、俺が戦わなければ連れてこられていない人達まで死んでしまう。生きているかも知れない誰かが死ぬかもしれない。


 正解なんてない、正しさなんてない。


 俺は俺の意思で誰かを切り捨てる、間接的だからとかじゃない、俺が直接殺すのだ。


 目の前にいる少数か、顔を見たことのない多数か。


 人質を助けようとして、助けられなくて、立ち止まって崩れていた俺を全方向から魔族の弓矢が穿つ。全身に矢が突き刺さったというのに痛みは湧いてこなかった。


「ごめん……ごめんな、許さなくていい、恨んでくれていい」


 檻の中にいる彼らの目の色が変わった、助けてくれるかもしれなかった英雄は許しを請い始めた。自分たちを見捨てることへの謝罪を、助けられないのだという真実を、いつかは助けてくれるのではないかと縋っていた彼らにとって、それは地獄に突き落とされたような気持ちだっただろう。


「………………ごめんなさい」


 この場にいる俺以外の者は、魔族も人も、残っている命は一つとして存在しない。


【5】


『ゴミが』


『クズが』


『調子に乗りやがって』


『お前らなんてこんなもんだ』


 目の前で起こる殺戮と憂さ晴らしを前にして、膝を抱えたまま俯いていた。

 全身に包帯を巻いて応急処置だけ施した身体で瓦礫に背をつけ、顔を隠したまま救えなかった人たちに懺悔する。


 すると近づいてくる足音がすぐ目の前で止まり。


「ありがとうございます」


 魔族が街を荒らし、人々を捕らえて殺したとは言えそれが全てではない。

 隠れて逃れた人や、別の場所で捕まっていた人もいる。


 その俺が殺した少数の犠牲の上で助かった人々がまるで救世主でも見るかのような目を向けて、何度も礼を言ってくる姿に、目を合わせることができなかった。


「もう動かなくなったぜ!」


 子供達は俺が殴りつけて倒した魔族に彼らが持っていた剣を突き刺した。

 彼ら、助かった街の人々は今まで与えられてきた恐怖に報復するべく、動けなくなって戦意を失った魔族達を痛めつけた。


 息のあるやつを探し出して縛り上げ、彼らと同じことをして大人も子供も関係なく、鬱憤を晴らすために暴力を振るった。


 恨みがあるから仕方がない。

 なのに俺はこれが間違いなんじゃないのかと思ってしまう。


「隠れてた魔族を見つけたぞ!」


 裏路地に隠れていた魔族を引き摺り出し、それを見た人々の目の色が変わった。

 生きている敵を前にして剣を片手に斬りかかるはずだった。


 だが。


「水成さん、あなたが殺してくださいよ」


 独りで俯いていた俺に話が振られて、それはいいと首を縦に振る人間達の顔が一斉にこちらを向いた。この場の英雄である俺が彼らを処刑する、それで全てが終わる。


 今までは怖かったから、勝てないから怯えていたのか、勝利を確信したからそんな態度なのか? 俺は好きで戦ったわけじゃない。戦わなくちゃいけないから戦った。


 俺は……処刑がしたかったんじゃない。人を助けたかったんだ。


『さあ早く』


『この憎き魔族を殺して』


『これで最後だ』


『やっちまえ』


『殺せ』


『殺せ』


『殺せ』


『殺せ』


『殺せ』


『殺せ』


『殺せ』


 座っている俺の腕を引っ張って無理やり魔族の前まで立たされる。

 今から殺されると分かって恐怖に滲んだ顔を浮かべて、殺さないでと懇願する魔族を前にして、後ろからは『殺せ』とコールが入り、剣を持たされる。


 何で殺さなくちゃいけない、戦いは終わったんだろ。戦意もないのに、抵抗する意思すらないのに、俺が殺さなくちゃいけない理由はないのに、どうして。


「俺は……まだ……見つかってない人を探しに行く」


 手からこぼれ落ちた剣は地面に刺さる。


 剣を持つ力が入らなかったから、掴んでいられる気力がなかった。

 それな俺が殺さない事を不思議に思いつつも、助かったことに安堵しようとした魔族の横を通り過ぎていく。

 だがそれを見過ごすほど人は優しくはなかった。


「痛い! やめて! ぎゃああああああああ」


 足元に血が飛んだ。


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