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第11話 魔眼士は夢を見る


【1】


『俺の領域、俺の世界』


 桜が咲き乱れる春の日を、彼は思い想い描いていたのだろう。


 誰もが幸福であってほしい願いと、今ある仲間たちとの日常を消して失いたくない、そんな願いを抱えて朽ちていった。何一つ叶わなかった幻想を死してなお今、抱き続ける。


 何も失わない事を夢見て、この光景がいつまでも続く事を信じていた。


 だが心の何処かでは、いつか壊れてしまうのだと理解して、いつまでも幸せではいられない、そんな幸福はあり得ないと、彼の軌跡が、彼の作り出した世界そのものが、目の前に広がる彼の幻想の風景が綴っていた。


 多くの者の亡骸を葬って、血塗られた両手で夢を掴もうと手を伸ばした。愚かだと理解していながら諦めきれず、彼らの信じた幸福論は間違っていないと前に進んだ。


 正解を知らなかったが故に間違い続けて、ふと振り返ったとき、何も残っていなかった。


 何一つ為す事はできず死体の山を積み上げながら何を思ったのだろうか──


「俺達は間違い続けた。世界という、運命という紐に繋がれて、それでも自由を謳った」


 ゼインは小さな本を手に持って、それをどこか寂しそうに撫でている。

 金色の短髪と羽織っている白い上着が風で揺れ、本のページはヒラリと開かれる。


 その本はユノの家にあって、俺が読んだ事のある物。


 どの本よりも生々しく、創作物というよりは日記のようなそれは目の前の男の物。


 言うなれば彼が綴った人生の物語。


 苔の生えた石に腰をかけ、裏にこびりつく赤黒い液体を隠すような影は彼が何をしてきたかを鮮明に表して、彼の抱いた理想とは皮肉にも真逆だった。


「俺は夢を守りたかった……俺の望んだ世界がいつまでも続けばいいと……誰もが幸福である事が正しいのだと、そう思っていた」


 下を向くゼインの背中は今まで見た誰よりも小さく、そして誰かと同じだった。


「……取り戻したかったんだな」


 俺は目の前にある光景を見てそう言った。桜が咲き誇り、その場の誰もが笑っている。ゼインの理想を映し出した存在しない姿を眺めていた。


 酷くうねる大木の根に腰掛けた少女と木の枝に座る青髪の少年、白い髪をした青年。赤い髪の少女に引かれて恥ずかしそうに走る少年だったゼインの姿があった。


「既に手遅れもいい所だったが、諦めたくなかった。もし諦めてしまえば……もう二度と、思い出す事がないのだろうと思った」


 自らの理想へ愛おしそうに手を伸ばしたが、それが二度と戻らない事を、これから崩れてしまうと俺は既に知っている。


 彼の本には続きがない、彼の持っている本の最後は血で濡れて文字は書かれていない。

 だから答えは知っている。


「いつまでも理想を思い描き、俺はそれに浸りたかった」


 目の前の理想郷はとても楽しそうで、幸せそうだった。四人の少年少女とそれをまとめる白い髪の青年、彼らは幸福で、失った物以上を手に入れている。


「俺にとっての家族だった。家族のいなかった俺達だが、みんなでいる時は幸せだった。先生が俺達を集めて、俺とディオンとカミラが付いて行った。最後に遅れてくるのはいつもユノだった」


 宙を舞う桜の花弁がゼインの手のひらに降り、それを握りしめていた。


「食事の時はいつも取り合いだ、結局殴り合いになる」


 理想郷もそれに呼応したのか時間が進む、取り合いと言ってもささやかな物だ。

 そして酒瓶を持っているゼインとそれを宥める白い髪の男、きっと彼が先生なんだろうと、雰囲気でわかった。ディオンと言われた青髪の少年は盛り付けた皿を持って並べて、カミラであろう少女は料理を作っていた。そしてユノは座ったまま彼らを見ていた。


「でもこれが楽しかった、俺がバカやって先生に叱られる。叱られるのは嫌だったが悪くはなかった。これが日常だったから、俺たちの世界はこんなもんだった」


 並べられた食事を並んで取る。5人で仲良く……と言えるかは別だったけれど、椅子を並べて皿を並べて、楽しそうに食事をする。


 ユノの家にあるもう使わない椅子を並べ、使えなくなった皿を使って。


 あの無駄に大きいテーブルを使って。


「救われない物語だったんだな」


 ここにいる誰もがこの光景を失いたいとは思っていない。

 ずっと続けばいいと思っていた。だが結末は違う、この幸せは一瞬にして崩れ去る。


 ユノを残して全て死んで行く、ゼインもディオンもカミラも、そして先生も死んでいく。

 失いたくないと戦って、誰も何も守れず死んでいった。


 最後まで理想のために戦った、それがたとえ報われなかったとしても、意味などなかったとしても、彼らは幸福を求めて前に進んだ。


「……誰も救えなかっただけだ」


 自分がそこにいて昔のように笑う姿をゼインは眺めていた。こうであって欲しかった理想は叶わない物だったと知りながら、それでも諦めきれなかった。


「500年前。魔族の一人、フェルシオンが先生から神の力を奪った。だが先生は最後の力を振り絞って抵抗することに成功した」


 俺が知らない歴史をゼインは話し始めたが、その姿は俺ではなく自分自身に言い聞かせる物に聞こえた。


「奴に奪われた力は八割以上、事実上先生は神の力を奪われた。そして死に体だった先生はユノに神の力を譲渡したが、結果は失敗だった」


「………………」


「中途半端に力を継承したユノは世界から拒絶。あいつは世界から神の紛い物として認識されてしまった。そのせいで自らの領域から出ると消滅する、世界には偽物は存在してはいけないルールがあるからだ」


 ユノはあの世界から出ると消えてしまうと聞いてはいたが、その理由を尋ねることも、言及することも俺にはできなかった。


 それは踏み込んでいいものかどうか分からなかったから、今の関係を崩したくなかった俺の心の弱さから出た言い訳だ。


「俺達は先生の敵を──ユノに自由を与えるために戦った。またみんなで笑い合える日々を目指して戦った、だがそんな物が上手くいくはずはない。結局俺には冷たくなった家族の亡骸を抱えて泣くことしかできなかった」


 ユノは戦えない。


 もし戦ってしまえば彼らの行動が無に帰す。

 託してくれた先生とためにも、フェルシオンに奪われないためにも、ユノは何もできずにただ待っている事しかできない。


 指を加えて……ではない。泣き叫びながら歯を食いしばって、何もできないことを恨みながら。家族が死んでいくのを見ている事しかできない、帰ってくるのは死体だけの時の悲しみを、自分のせいで家族が傷つくのを見ている事しかできない。


「運命を操作できる神に俺達が勝てるわけがなかった。どんな手を使おうが運命によってねじ曲げられる。すぐそこに死が迫っているのに逃れられなかった」


 ユノは運命を変えられないと言っていた、それは変えようとして変えられなかった者達を知っていたから。


「俺は守りたかっただけだ。先生がいて、みんながいて、その時間を取り戻したかった。たったそれだけ、ゼイン《おれ》の戦う理由はそれだけで十分だった。取り戻したい過去があって、失いたくない仲間がいて、そうして、そうやって。前に進んだ、前に進むしかなかった。失った仲間の数だけ進まざるを得なかった、立ち止まることは許されなかった。なのに俺は無様に死んだ。最後にこの場所で世界を見続け、一人にだけはしないと、残してしまった最後の家族にできる精一杯の罪滅ぼしとして……ここを作り上げた」


 この塔はそのためにできた、ゼインがユノのために作り上げた。

 そうじゃない、ゼイン達がユノのために作った物だった。


「水成、俺は最初から最後まで何もできなかった。常に後悔し続け、屍だけを増やし続けた。間違い続けて失い続けて、何一つ守れずに朽ちて行った。後悔の数は数えきれないのに楽しかった日々は薄れていく。そしていつかこの光景を忘れてしまうのが怖かった、いつの日か何も思い出せない時が来ると思うと、怖い」


 彼は過去に後悔したまま死んでいった。もうやり直しなど効かない。


「ゼインの領域、そして世界。それがお前の望んだ理想なんだな」


 ゼインは忘れたくなかった、楽しかった思い出を失いたくなかった。残してしまったユノが心配で家族と作り上げた塔の中で夢を見続けて、


「叶うことのない幻想だ」


 幸せだった時間はない。過去は変えられない、誰も戻らない、そんな事は無理だとしても、それがどんなに不可能で、どうしようもない事だったとしても、初めからできないと決まっていた事だったとしても。失っていいはずはない。


「教えてくれただろ、逃げないって。お前が教えてくれたんだ! 前に進むことを」


「………………」


 はいそうですかって諦め切れるかよ。お前だって諦めきれなかったからここにいる、かつてを見て。忘れたくないからそうしているんだろ。


 そうでなければお前は何のために今までここにいた、何をするためにここにいた。


「俺がその理想を受け継いでやる、その夢を俺が叶えてやる!」


 誰もが幸福である事が間違いではない、守りたかった家族を大切にすることが間違いのはずはない。かつての思い出を、失いたくない物を最後まで抱えて何が悪い。


 叶わない夢だとわかって、それでも諦めきれなくて何が悪い。間違いなんてない、間違ってないんだ。誰かの幸せを願って悪いのか、自分の夢に走って何が悪い。


 悪いってのは逃げることだ、何もかもから目を背けて。なかった事にすることだ。


「……託してくれないか、このゼインの夢は……俺が受け継ぐ。そのためにお前がいて、俺がいる。そのために今……ここにいる」


 本当のゼインはこうしたかったのだろう。強がって、バカやっては叱られているゼインは誰よりも仲間思いだった。家族を誰よりも大事にする奴だった。最後まで家族のために戦った。虚栄を張っていても本当は傷ついている奴だと俺はもう知っている。


 格式なんていらない、お前の気持ちはどうなんだ。


「いつもバカやって叱られる奴がいた事、誰よりも家族思いな奴がいた事、信じた理想に突き進む奴がいた事、そしてそいつがゼインっていう事を俺は知っている」


「…………だから俺に……俺達に……最後の時間をくれたんだな……先生」


 ゼインはゆっくりと立ち上がりこちらへ振り返る。


 小さな背中はもう、俺が目標にする大きな物へと変わっていた。


「独りよがりな身勝手を最後に託してみたくなった」


 ようやく少しだけ笑ってくれた、ほんの少しだったけども心の底から笑っていた。


「ユノを頼む」


「ああ、まかせろ……と言うには少し自信がないけど」


「お前ならできる、俺が認めてやる」


 俺の背中を強く叩いてゼインは送り出す。


「お前がいるべき場所はここじゃない。行ってやれ……あいつが待ってる」


「そう……みたいだな」


 これが最後、もう二度と会わない。


 この恩人に俺が会うことは二度とない。

 そんな事はなんとなくだけど理解できる。


 会っている時間はとても少なく、交わした言葉さえもほとんどない。

 けれど心だけは通じている。


「さらばだ水成」


「またな、ゼイン」


 一瞬足を止めたがすぐに歩き出す。


「……ああ、またな」


 そうして俺も帰る時が来る。


人気出ないかな


「面白い」とか「続き書けやボケェ!」と思った方はブクマに評価に感想、レビューに誉め殺しをよろしくお願いします。モチベが下がると死にます

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