時計仕掛けの因縁⑫
時計台が完成した日はもうお祭り騒ぎだった。
街の人はエジリンが作りあげたと勘違いしていた。
それもそのはずだ。
夜中に時計台の中でこっそりと【神の力】を使って作業をしていたが、
通りすがりの人に目撃されていたのは、見張りをしていたエジリンだけだからだ。
もちろん、この時計台の原理はエジリンが考えてたものなので
間違ってはいないのだが、なんだか少しもやもやする。
まぁ街のみんなに【神の力】がバレなかったと思えばいいか。
「エジリン、やっぱお前はすげぇよ!」
「いえいえ~それほどでも~。」
「よぉし!今日は飲むぞぉ!」
道行く人がみんなエジリンに声をかけてくる。
エジリンは少し疲れてしまったようだ。
「本当のこと言わなくていいの?リークが作ったんだって。」
「いいよ、別に。【神の力】がばれたら変なことまで頼まれそうだし。」
「そっかぁ~。ちょっと疲れちゃったから、付き合ってくれない?」
「え?別にいいけど。」
エジリンは私を路地裏へと連れて行った。
この路地は思い出深い場所だ。元のエジリンの家があった場所だから。
「ふぅ~。みんな騒ぎ過ぎだよ~。」
「まぁそれくらいのことをしたってことだよ。」
エジリンは小屋の中の特等席に座り込んだ。
「はぁ~。やっぱりここは落ち着くな~。」
「ずっと住んでたもんね。」
二人でふぅとひと息をつく。
広場の方からは街の人の騒がしい声が響いている。
「でもごめんね。リークに一杯力使わせちゃって。
もうちょっと簡単な作りにすれば良かったかな?」
「何言ってんの。妥協なんて絶対ダメ。
クリエイターは常に完璧であるべし。これお父さんの受け売りね。」
二人でクスクスと笑いながら、その後少しの沈黙が訪れる。
「リークが僕を見つけてくれたから、今日があるんだよ。」
「あぁー、水龍杯の時ね。あれは正直カチンと来たなぁー。」
「うん。ずっと言えてなかったからさ。」
「やめてよ。そんな恥ずかしい。」
「ううん、言わせて。リーク。僕を見つけてくれてありがとう。」
面と向かって、こんなに真っ直ぐな気持ちをぶつけられたのは初めてだ。
何故だがわからないが、その言葉を聞いて私は泣いてしまった。
感謝したいのは私の方だ。
同年代で私と対等に話し合える友達はずっといなかった。
本当の友達にやっと会えた。
私の方こそ、出会ってくれてありがとう。
友達になってくれてありがとう。
そして、これからもずっと一緒にモノづくりを――。
ドーーンッ
「!?」
空から何かが墜落してきたような地響きを感じた。
私たちはたまらず、小屋から飛び出す。
そこには、黒く光り輝く石が地面に落ちていた。
「な、なにこれ。」
「ちょっと!触ったら危ないって!」
「大丈夫だよ~。わぁあ。なんだか凄いエネルギーを感じる……。
ほら、リークも触ってごらんよ。」
「えー……、うわぁ!?」
私がその石に触った瞬間、急激な悪寒に襲われ身振りをした。
「なにこれ!?やばい奴だって!」
「えぇ~。僕は触ってても平気だよ?」
この石との出会いが私達の運命を大きく変えてしまった。
その日からエジリンは憑りつかれたかのように、
その石について研究を始めた。
さすがに石を私の家に持って帰ることは出来ず
エジリンの研究所に置くこととなったが、そのせいでエジリンは平気で
1ヶ月ほど家に戻らない時があった。
痺れを切らし、エジリンの研究所に呼び戻そうと訪問した時
すでにエジリンは取り返しの付かないところまで進行していた。
「見て!リーク!この石すごいよ!どんどんエネルギーが湧いてくる!
エネルギーが尽きることが無いんだよ!しかも常に一定!
こんなの物理法則から逸脱してるよ!」
エジリンの目はもう私を見ていなかった。
その石に夢中になってしまったんだ。
もう何日ご飯を食べていないのか?
何日寝ていないのか?
もう廃人の域に達していた。
「エジリン!もうやめなよ。
このままじゃエジリンが駄目になっちゃうよ。
こんなことより、もっと一緒に楽しいものを作ろうよ。」
「えぇ~。これもすごく楽しいよ~。
ねぇ。一緒にやろうよ?」
私はエジリンの目を見て、初めて恐怖してしまった。
もうその目は人間の目をしていなかった。
私はあまりの恐怖にその場から、エジリンから逃げてしまった。
そして、次の日研究所に行くとエジリンは姿を消していた。
後になって知ったが、
あの石は【魔黒石】という魔力と穢れを帯びた魔界の鉱石だった。
だから、【工学の神】である私が触った時に穢れに触れて悪寒が走ったのだ。
触れたものを魅了し、魔力の虜にする。
とても貴重な鉱石。
魔力の虜になったものは、魔力の光を求めて人間を辞めて悪魔になってしまう。
どうしてそんなものがこの街に落ちていたのかは分からない。
でも一つ言えることは、発明家エジリンは死んだ。
その事実だけが私に突きつけられた。
こうして私は悪魔を憎み、街を後にしたんだ。
「エジリィイイイン!!!!」
これまでのエジリンと共に歩んできた楽しい思い出を
私は頭でずっと反芻していたんだ。
同じガムを味が無くなるまでずっと噛み続けるかのように。
でも、この勝負で終わる。
私の頬に一筋の涙が流れ落ちた。
回転する時計盤の盾に、
少しずつエジリンの放った時計の針がめり込んでいく。
これまで刻んできた時間を否定するかのように。
「負けるなぁ!!リーク!!!」
「リークさん!!!」
仲間の声が聞こえる。
私を応援してくれている。
「リーク!!!!」
時計盤の向こうから、エジリンの声が聞こえる。
「ありがとう!!!」
顔を見なくても分かってしまう。
エジリンが泣いていることが。
だって、私たちは友達だから。
「うわぁあああああああ!!!!」
私は盾に【神力】を目一杯込める。
盾は回転スピードを上げて、もはや止まって見える。
その時、向こうのエジリンの顔が見えた。
ほら、やっぱり泣いてる。
「ありがとう……。エジリン……。」
時計の針は徐々に突進の力が弱まり、逆に反発する力が強くなる。
そして、時計の針はエジリンの元へと跳ね返った。
跳ね返ってくる時計の針を眺めながらエジリンは
くしゃくしゃの笑顔を見せた。
「やっぱり、リークには敵わないや。」
グサッ!
跳ね返った時計の針は、エジリンのロボットに突き刺さった。