半妖の街 ヨーデル➁
歩いていると分かるが、ここは本当に半妖の街だ。
すれ違う人皆、人間ではないと確信する。
首が長い人もいれば、目が1つだけの人。
顔が犬の人や、全身とげとげの人もいる。
動物の耳を生やすだけの変装で本当に大丈夫なんだろうか?
「あ、あのーアセナさん?」
「ん?どうしたリーリィ。」
「なんか、すごい見られてる気がするんですが?」
正直に言う。バレバレだ。
ひそひそとこちらを見ながら何かを話している。
別に、半妖の街に人間が来ることは犯罪ではないんだろ?
居心地が悪いとはまさにこのことだ。
「何みてるんじゃこらー。」
「おい、やめろ。」
ネルは表情ひとつ変えずに言い放った。
ネル様いまは御戯れはおやめくだされ!
絡まれたらどうするんだよ。
「あそこの店だ。入るぞ。」
「は、はい。」
俺達はアセナさんに連れられて、バーのようなところへ入った。
迷わずカウンターに座ったアセナさんに
見習って4人で並んで座る。
「お客様ご注文は?」
牛の角が生えているスマートなバーテンダーが、にこやかに問う。
「ブレイクハート&タイムをショットで4つだ。」
「かしこまりました。」
アセナさんは慣れたように注文を済ませる。
俺、こういう感じのお店はじめて入ったかも。
店内をウキウキしながら見回していると、
さっそく注文の品が出てきた。
「ブレイクハート&タイムのショットです。」
「うぇ!?」
なんだこの色は!?
黒に近い緑色をしている。正直すごくまずそう。
ていうかブレイクハート&タイムなんて聞いたことがない。
リーリィは涙目になりながら色を確かめている。
その横でネルはなんの躊躇もなく酒を飲み干した。
すると突然ネルは、意識が飛んだかのように机に倒れ込んだ。
ゴンッ!
「うぇええ!?」
「静かにしろ。一気に飲み干せ。
じゃないと死ぬぞ。」
「死ぬって何が?」
「味覚が。」
ゴンッ!
アセナさんも飲んだ瞬間に机へダイブした。
これを見せられて飲めってのは酷じゃないですか!?
涙目のリーリィと目を合わせて、タイミングをはかる。
「いっせーのーで!」
ゴクリ
酒の味を感じないように一気に喉に流し込んだ。
すると目の前が風景がぐるりと回転し、首が頭を支えることを放棄した。
ゴンッ!ゴンッ!
こうして俺達は謎の酒を飲まされて、意識を失ってしまった。
「4名様。ご案内。」
バーテンダーは、ニコリと笑いショットグラスを下げていった。
「小僧。遅かったな。」
世界が回転し、一瞬平衡感覚を失ったが気が付くと
広い世界にバーカウンターがある空間に飛んでいた。
他のみんなの光景を目の当たりにしたので、
倒れこんだのはたしかなのだが、頭に痛みも感じない。
「いらっしゃいませ。我がバーへ。」
そこへマスターらしき男がどこからともなく現れた。
「おや、これはアセナさん。
お久しぶりですね。この前来られたのはたしか――。」
「世間話はいい。浪費してお前にくれてやる時間はない。」
「おやおや、ご無体な。
しかし、初めての方もいるのです。
ここの説明だけでもさせてもらいますよ。」
そういうとマスターはアセナさんの静止を無視して
この空間の説明を始めた。
「ここは、【ブレイクハート&タイム】。
私の妖術で作り出した完全不干渉領域。
半妖の街で込み入った話をする時は是非ご活用ください。」
マスターは自慢げにそう言い放った。
つまり、あのお酒を飲むことでここに入ることができるらしい。
「しかし、ここでの時間は現実の10倍の速度で進む。
私はその時間差を養分としている妖怪です。
まで説明しないと卑怯ではないか?」
「おや。忘れていましたね。」
「この化け物め。しかし実際重宝している。
半妖の街ではどんな妖術で聞き耳を
立てられているかもわからん。」
なるほど。
利害は一致しているわけだ。
でも1秒が10秒になるってことは、
2時間ちょっとここにいれば簡単に1日が過ぎてしまう。
恐ろしいところだ……。
「で、その子はいつからここで寝てるんだ?」
アセナさんが、奥のカウンターで眠っている女の子を指さした。
眠っているのに狐のしっぽが生きているようにゆらゆら揺れている。
「クロエ!?」
そこには、いつぞやの【暴食の悪魔】と一緒に闘った半妖のクロエがいた。
「はて。2時間前くらいですかね。」
ということは現実世界ではもう20時間が経過していることになる。
「おい。クロエ起きろ。」
「ん……。あと5分……。」
「それ50分だぞ!起きろ!」
クロエの身体を揺さぶって無理やり目を覚まさせる。
マスターは非常に残念そうな顔をしている。
「ふぁ~。よく寝た。ってなんや卜部やんか!」
「なんだ。知り合いなのか。」
「一緒に【暴食の悪魔】と戦ったんだ。」
「ほぉ。大罪の悪魔と戦って無事だった見習いか。」
俺達が暴食の悪魔と戦ったことは神様中に知れ渡っているようだ。
「おっと、時間の浪費はいけないな。
早速本題に入るぞ。最近、この街で魔力反応が頻繁に出ている。
何か知らないか?」
「ふむ。魔力反応ですか。」
マスターは考えるふりをして時間を稼ごうとしている、
どこまでも卑劣や奴だ。
「バーン・ザ・ビーのショーが原因やな。」
クロエは事情を知っているかのような口ぶりで答えた。
バーン・ザ・ビーのショー?
「最近、ヨーデルにバーンっていう【嫌われ者】が来てん。
そいつがものごっつ強い奴でな。魔術師が集まって来よるんや。」
なるほど。それで魔力反応があったのか。
「半妖の奴らも最初は疎ましく思ってたんやけど、
魔術師って人間やろ?人間がボコボコに負ける姿が見れて
徐々にファンが増えてきてんねん。
今では、ヨーデルの一大イベントやで。」
バーンという男は、自分の【嫌悪臭】で魔術師を呼び
半妖の前でわざわざ戦って、ショーのようにしているらしい。
「なるほどな。情報感謝する。
おい。ここから出せ。」
「おやおや。そう言わずに一杯だけでも飲んで行ってくださいよ。」
そういうとマスターはお酒を差し出してくる。
大きめのジョッキで時間を稼ぐ気満々だ。
アセナはそのジョッキに入っているお酒を一気に飲み干した。
ゴクゴクゴクッ ダン!
「出せ。」
その飲みっぷりは流石としか言いようがない。
男前すぎる。
「少しは味わってくださいよ。【解除】。」
また世界がぐるりと反転する。
気が付くと俺達はもと居たバーに戻っていた。