夜の来訪者
「働かねぇもん食うべからずだからな。薪割りやってこい。」
俺が2日間安静にしておかなければならないことを忘れたかのように、
クロムは斧を手渡してきた。
初対面で包丁を投げてくるような奴なので、
そういった優しいは持ち合わせていないのだろう。
「いや、でも【斧の神様に嫌われてる】かもしれないし、
下手に触ったら最悪死ぬくない?」
「馬鹿か。斧みたいに大量生産されてるようなもんの担当神は、
そこまで強くない。」
「あ、そうなんですか。」
あまり口答えすると、ご飯抜きにされそうなのでしぶしぶ受け取ることにした。
それにしても明日にはここを出ていかなければならないという
事実に身体が震える。
なんのボーナスポイントも持っていない状態での異世界生活に一抹の不安を
覚えながら、外に出るとリーリィが何やら魔法陣のようなものを展開していた。
「おぉー。リーリィすごいね。」
「あ、卜部さん。おはようございます。
全然すごくないですよ。まだまだ修行中です。」
リーリィは、母親から【幸運の神】を受け継いでまだ間もないらしく、
魔法もあまり上手には使えないらしい。
神様というから架空の存在なのかと思っていたが、
どうやらこの世界では役職の一種のようだ。
でも急にあなたは明日から神様です!なんて言われたら困ってちゃうよね。
「卜部さんは、どうしたんですか?斧なんて持って。」
「いや、晩御飯もご馳走になっちゃったしさ、
少しでも手伝えることないかなって。」
「そんなことしなくていいですよ!
卜部さんはお客さんなんですから!それにまだ治療中ですよ!」
「いやいや大丈夫だって。」
薪割り用の切り株まで、歩き横に積まれている薪をセットする。
もし俺が斧の神様に嫌われていなければ、薪はスパッと切れるはずだ。
心配そうに後ろからリーリィが覗いているが、お構いなしだ。
助けられてばかりでは漢が廃る。少しは男らしい姿を見せてやらないとな。
両手で斧をしっかりと握り、
大きく振りかぶり目標の薪へとまっすぐ振り下ろす。
スポッ………、ドゴーーーン
「誰だごらぁああああああ!!!」
振り下ろしたと同時に、
斧の刃の部分が抜けて飛び出し小屋の壁に直撃し破壊した。
それを目撃してしまった俺とリーリィは
驚きのあまり目を丸くして動けないでいた。
そこにクロムが、かみなりおじさんのような剣幕で
包丁を持って登場したものだからもうそこからはパニック状態。
「いや、あのこれは違くて!」
「そ、そうです!卜部さんは何も悪くないんです!」
「そうなんです!俺はまだ何もしてないんです!!」
「何もしてなくてこうなるか!!ってお前、まじか……。」
エプロン姿のヤンキークロムは、
俺が持っている刃が抜けた棒切れと大破した小屋を交互に見て、状況を把握した。
「はぁー……。俺が悪かったよ。お前そこまで神様に嫌われてたんだな。」
「ははは……、そうみたいです……。」
「大丈夫ですよ卜部さん!私は嫌ってませんから!」
「ありがとう……。」
女神様から的外れな慰めをいただき、
俺は「何も触らずただじっとしている係」に任命されてしまった。
あれ、これって勝ち組?
こうして、また1日が過ぎていく。
明日には、ここを出ていかなければならない。
そう思うとおいしいはずの晩御飯の味があまりしない。
「クロムの料理はやっぱり美味しいです!」
「そう言ってくださるとありがたいです。あ、口に付いてますよ。」
普段はかしこまっているが、
ご飯を食べるときは年相応の無邪気さがあふれ出ている。
「でも、いつもより美味しく感じるのはやっぱり三人で食べて――」
「それはいけません。」
「……。まだ何も言ってないじゃん……。」
おそろく俺をここに置いてくれようとしたのか、作戦が失敗しふくれっ面になった。
「リーリィ様。いいですか?この男は、【嫌われ者】です。
一緒にいれば私たちまで命を狙われかねません。」
「クロムが守ってくれるでしょ?」
「私は、リーリィ様の、護衛です。」
「クロムの分からず屋!」
「リーリィ様!」
リーリィは、気持ちの高ぶらせて外へと飛び出してしまった。
勢いよく開かれた扉は反動でゆっくりと閉まっていく。
「はぁ。リーリィ様は何もわかってない。」
「あの……、なんかごめん。」
「謝らなくていい。明日にはこの話も終わる。」
ため息をつき、料理を残したまま二人で立ち上がる。
夜の森は、熊などの猛獣がでるかもしれない。探しに行こう。
「松明を持っていけ。さすがに松明の神には嫌われてないよね?」
「もう正直なにも自信ない。」
その時、
「きゃあ!!」
リーリィの叫び声が、小屋のすぐ近くから聞こえた。
「リーリィ様!?」
外を確認するため二人で扉に駆け寄ったとき、扉がゆっくりと開き始めた。
そこには、リーリィと見知らぬ男が立っていた。
「こんばんはぁ~~?」