修道院⑦
「男泣きは、もう少しお預けのようだぞ。」
「へ?」
回路が開通した喜びのあまり、嬉し泣きをしそうになっていた俺にディードは忠告する。
何かを感じたのか、臨戦態勢になるディード。
俺もつられて立ち上がった次の瞬間、
ドカーーン
上の方から爆発音が響いた。
「なんの音だ!?」
「静かにしろ。」
指示通り物音を立てないでいると、階段をコツコツと降りてくる音が聞こえてきた。
足音の数からして複数人だ。
「まさか修道院に地下室があるとはな。」
そこに現れたのは、神父の服を着た男と、その後ろに盗賊のような格好をした男。
「おぉ!やっぱりここからだ。嫌悪臭の源。今まで感じた中で1番酷い。これは大物だぞ。」
そうか、コーリンからもらった魔導具を外していたから嫌悪臭が出てしまっていたのか。
「てめぇらなにもんだ?」
「おぉ。申し遅れた。私は、ミスティーン。しがない【嫌われ者】狩りさ。」
ミスティーンは、行儀よく礼をして見せた。
その大袈裟な仕草に、後ろの男はケラケラと笑っている。
「【嫌われ者】狩り……。なんで、神職者が……。」
「ありゃ、神職者じゃねぇ。魔術師だ。」
「よくわかったな。肉ダルマ。」
「はっ。神職者になれなかった野郎に、何言われようが効かねぇよ。」
魔術師?
神職者になれなかった?どういうことだ?
「ちっ。まずはお前から殺してやるよ。【魔術:爆弾工場】。」
そう唱えると、神父の服を着た魔術師の右手が黒く光り出した。
「私の魔術は、右手で触れたものを爆弾に変えることが出来る。もちろん、人間もね。」
さっきの爆発音は、奴の魔術によるものだったのか。
それにしても、人間も爆弾に変えられるだなんて、触れられたら1発で負けじゃないか。
俺はまだ何もできないし、ディードさんは拳での近接攻撃しかなさそうだ。
圧倒的にこちらの分が悪い。
「なるほど。触れられなきゃいいんだな?簡単じゃねぇか。」
「はっ!!強がりは寝て言え、肉ダルマ!お前はどうせ力任せの近接攻撃しか持ち合わせて――。」
「誰に話してんだお前。」
「!?」
ディードは、一瞬にして魔術師の後ろへと移動した。
この修行の経験がなければ、おそらく俺も同じように驚いていただろう。
「しねぇぇ!!」
魔術師は、振り返って右手で触ろうとするがその隙をディードは与えなかった。
「【神術解放:剛】!!!」
ディードの拳が、魔術師を襲う。
拳が触れた瞬間、魔術師は轟音とともに地面へとめり込み、動かなくなってしまった。
なんて恐ろしい一撃。
修行で食らっていた拳とは、まるで比べ物にならない
威力、速さが段違いだ。
これがディードさんの本気なのか。
「さーて。次はお前だな。」
「ひ、ひぃぃぃ!!」
「動くなぁ!!」
階段の上から、叫び声が聞こえた。
その声の後、盗賊の格好をした男が1人降りてきた。
修道院の女の子を人質にとりながら。
「ひっひっひ。そこの大男!動くんじゃねぇ!このガキの命がどうなってもいいのかよ!?」
「クソ野郎が……。」
「それに人質はこいつだけじゃねーぞぉ?」
男の後ろから、子供達を連れたハンナさんとリーリィも降りてくる。
女の子を人質に取られて、従うしかなかったのだろう。
それもそのはず。
男は女の子の首元にナイフを突きつけており、今にも首を切られてしまいそうだ。
「ディードさん……、すみません……。」
「ハンナ。謝るな。お前は悪かねぇ。それにこっちは開通済みだ。」
ディードは、俺に目配せをする。
そうだよな。この状況。俺がやるしかないよな。
さっきの悪党の言いぐさでも、おそらくディードさんしか危険視していない。
みんなを守れるのは俺しかない。
「リーリィさん、お願いします。卜部さんと契約を。」
ハンナは、前に居る男に聞こえないようにリーリィにささやいた。
ディードの言葉を聞いて卜部の修行が完了したことがわかったからだ。
リーリィが卜部と契約をすれば、神力を受け渡し戦闘力を大幅に上げることができる。
しかし、リーリィが前の神職者との契約を継続していることも知っている。
何か事情があるに違いないのだが、この状況を打破するにはそれしかなかった。
「そう……ですよね……。」
ハンナさんのささやきが聞こえた。
この状況を乗り越えるには、もうそれしかない。
そんなことは分かってる。
でも、何故だか前に進めない。
契約を上書きすると、自動的に前の契約は破棄される。
契約を破棄してしまうと、クロムとの思い出ごと消えてしまうような気がして。
「クロム……。」
右も左も分からなかった私に、優しくしてくれたクロム。
一緒に神殿まで行こうと誓ってくれたクロム。
命をかけて私を守ってくれたクロム……。
だめだ……。忘れられない……。私にはできない……。
「リーリィ!!!!!!!!!」
「!?」
闘技場に卜部の叫び声が響く。
思わず前を向く。そこで初めて下を向いていたことに気が付いた。
「俺と、契約してくれ!!」
「そ、そんなことって……。」
リーリィは自分との契約を求める卜部の後ろに、クロムの姿が見えた。
「クロム……。」
クロムは、何も話さずただこちらを見つめ、ニコッと私に笑いかける。
そうですよね。立派な神様にならなきゃですよね。
「【幸運の神】リーリィは、卜部さんを神職者として認め、契約を結びます。」
リーリィが、つぶやいた瞬間に俺の身体に神力が流れ込んでくるのがわかった。
力が湧いてくる。これならいける!
でも、どうやってあの男を倒そう。
おそらくディードさんのような速さでは、まだ動くことはできない。
どうすれば、、、
迷っていると、両肩に手を置かれたのがわかった。
「迷ってんじゃねーよ。卜部。」
振り向かなくてもそこに誰がいるのかわかった。
「俺の神術をやる。そいつで決めろ。やり方はわかるな?」
「あぁ。ありがとう。クロム。」
わかるさ。
「師匠ぉぉぉぉぉぉ!!!!【神術解放】!!!」
「ふっ。そういうことかよ。」
拳を受け止める格好を見せる。
修行中に何度も見せた格好だ。意図は伝わるはずだ!
「歯食いしばれ!!!【神術解放:剛】!!!」
ドゴォォォォォン
「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」
勢いよく、男の方へと飛びかかる。
自分の思っていた10倍の速さで動けている。
これなら間に合うはずだ!
「卜部。リーリィ様を頼んだぜ。」
「【神術解放:御礼参】!!!!!!!」
「ぐはぁぁぁぁぁ!!!」
人質を取っていた男を一撃で仕留める。
これがクロムの神術。すごすぎる。
「ひ、ひぃぃぃぃ!!!」
もう一人の男は、リーリィ達を人質に取ろうとナイフを持ってリーリィたちの元へと駆け出した。
しかし、師匠がそんなことさせない。
「覚悟できてんだろうな!?【神術解放:豪】!!」
「怖がらせて悪かったな。」
子供たちは、師匠に泣きついている。
懐いていないようだったが、この一件で見直されたようでよかった。
「ありがとよ。お前のおかげでなんとかなった。」
「いえ、元はと言えば俺の【嫌悪臭】が原因ですから……。」
「ははは。それもそうか。おっと言い忘れてたな。開通おめでとさん。」
「ありがとうございます。」
俺と師匠は熱く握手をして、守り抜いた平和を少しの間噛みしめていた。
クロム。リーリィは任せとけ。
俺が守りぬく!!!




