修道院⑤
3日目の修行のため、また地下闘技場へと足を運んだ。
「それじゃあ今日もおっぱじめようか。」
ディードは拳をポキポキと鳴らして、戦闘態勢に入っている。
殺されるんじゃないかな?
「そうだ。コーリンから貰った魔道具は外しといた方が良い。神力吸っちまうからよ。」
「あ、そうなんですか。」
修行が始まると感じた時、身体が小刻みに震え出した。
昨日の死ぬほどの痛みと、それがスッと消えていく感覚。
あれは間違いなく死に最も近い感覚だろう。
またあれを感じてなければならないのか、そう思うと身体の震えが止まらない。
しかし修行はそんなことお構いなしに始まってしまう。
気をしっかり持っていかなければならない。
昨日はスタートと同時に飛んできたディードの右ストレート1発で、ダウンさせられてしまった。
今日も同じ手でくるのであれば、始まった瞬間に左右のどちらかにあてずっぽうでも飛ばないと避けられない。
また右ストレートが来るのであれば、左に避けるのが得策だろう。
人間の身体の構造上、左に避けた敵を右ストレートで当てることは難しい。
「よし。それじゃあ3日目スタートだ!」
その言葉と同時にディードは、また速攻でこちらへと飛び込んできた。
予想通りの右ストレート!
左に飛んだ俺の読み勝ちだ!
「おぉ!読んできたか。でも俺には腕が2本ついてるんだよ!」
人間皆そうだ!
ディードはその場でくるりと周り、左の裏拳を俺に浴びせる。
「ぐはっ!!!」
ここからは昨日と同じ流れ。
目が覚めるとベットの上で寝かされている。
ベットの側には、ディードさんとハンナさん。
絶対に死んだと思ったが、生きている。
生きているが、あの死に近づく感覚だけは嫌に脳裏に沁みついて離れない。
そして、4日目。
1週間の修行の折り返し地点である。
まだ、回路の入り口を開いただけで、何も達成していない。
このままで大丈夫なのだろうか。
「よし。4日目の修行を始めるぞ。」
昨日は、飛び込んでくるところまでは読めていた。
しかし、ディードさんはすかさず軌道を修正し攻撃してきた。
今の機動力で、ディードさんの攻撃を避けることはできない。
なら攻撃を受けきるしかない。
受け流すんだ。衝撃を。
「戦いは頭で考えるもんじゃねぇ。感じるんだよ。」
「押忍!」
「それじゃあスタートだ!」
3度目の正直だ。
段々目が慣れてきたのか、ディードさんの動きが少しだけだが見えてきた。
俺は右の拳が当たる瞬間に、身体を後ろに反らし衝撃を吸収しようとした。
「うぉおおおおお!!!!」
振り抜かれる拳の勢いで、俺は闘技場の壁のギリギリまで吹き飛ばされた。
しかし、前までのように壁に直撃はしていない。
「おぉ!!受けきりやがった!」
できた!やればできるじゃないか俺!!
「だが、戦いは1発じゃ終わんねーぞ?」
「へ?」
もう目の前にいらっしゃるじゃありませんか。
背中で壁を感じる。やばい逃げ場がない。
「耐えろよ!神力ぶち込むからな!!」
「ぐはぁぁぁぁぁ!」
今回のはやばい。
拳の衝撃が壁に挟まれて身体の全てで受け止めてしまった。
これは……、本当に……、し……ぬ……。
…
……
………
「!? リーリィさん。すみません、少し席を外します。」
「はい。わかりました。」
1日に1回ハンナさんは急いで席を外すことがある。
誰かの呼び声が聞こえたわけでもなく、虫の知らせを感じたかのように。
あまり良いことではないのですが、何か嫌な予感がして私はハンナさんの後をこっそりついていきました。
すると、
「やりすぎですよ!ディードさん!」
「すまねぇ。今回ばかりはちとやりすぎちまった。」
「卜部さん!?」
そこには、血だらけの卜部さんがベットに寝かされていました。
見たところ、息もしていない。非常に危険な状態でした。
「こ、これはどういうことですか!?」
「リーリィさん!?」
「すまん。少し俺がやりすぎちまったんだ。」
「わ、私が治します!」
「いや、ハンナに任せた方が良い。ハンナは【癒しの神様】だから。」
「傷を癒します。【神力展開:完全治癒】。」
ハンナさんがそう唱えると、卜部さんは傷はみるみる内に癒えていった。
息を吸う音も聞こえてきた。なんとか一命は取り留めたようでよかった。
ハンナさんも神様だったなんて気付きませんでした。
それにしてもすごい力だった。
正直私の神力では、あんな状態を卜部さんを治すことはできなかったと思う。
私もまだまだ修行が足りません。
「はっ!!!俺生きてる!!」
「卜部さん!!」
「うぉ!?リーリィ!なんでここに?」
さっきまで、息をしていなかった人とは思えないほど元気な声が聞こえた。
それで余計に安心する。
「それじゃあ、今日はこれで終わりにするか。」
「いえ、もう1度やらせてください。何か掴めたような気がしたんです。」
「もう1回?辞めた方がいいんじゃないか?」
ディードさんは、ハンナさんと目で会話をしている。
ハンナさんは1度だけ小さくゆっくりと頷いた。
「よーし。じゃあ、あと1回だけだぞ。」
「ありがとうございます!」
そういって二人は、教室の方へと行ってしまった。
厳しい修行とは聞いていましたが、あんなになるまでとは思ってもいませんでした。
「隠していてごめんなさい。私も神だってこと。」
「いえ、こちらこそ気付かなくて申し訳ありませんでした。」
「あの方、あなたを守るため命をかけて強くなろうとしていますね。良い人じゃないですか。」
「はい!ありがとうございます。」
なぜだろう。卜部さんのことを褒められたのに、とても嬉しく感じてしまった。
「あなた、まだ契約していて解除していない神職者がいるんじゃない?」
「え、なぜそれを?」
「ふふふ。私はなんでも分かるんですよ?みんなのお母さんですから。」
ハンナさんの笑顔は、とても眩しくて温かかった。
「ゆっくりでいいと思いますよ。あの方を信じてあげてください。」
ハンナさんは笑顔でそういって、子供たちの元へと帰っていった。