決戦⑫
「【穢土掌握:譎詭変幻】。」
【色欲の悪魔】は2つ目の【穢土掌握】を唱えた。
「さぁ、一緒に狂いましょう。」
【悪魔】が所有している固有結界【穢土掌握】。
自分だけに付与効果を与える結界を展開し、戦いを優位に進める。
それが【大罪の悪魔】の戦い方だ。
通例であれば、【悪魔】1人に対して1個だったはずが、こいつは2個も持っている。
油断できない。しかし、ただ倒すのみだ。
「一瞬で終わらせてもらうぞ。」
さっきの戦いで分かったが、スピードや攻撃力はそこまで高くない。
俺は、【色欲の悪魔】に一瞬で間合いを詰めて左脇腹に拳を打ち込む。
ドガッッ!
「わ、私を殴るんですか!?」
「もう精神攻撃は効かない!」
俺が拳を振りぬくと、アイナの吹き飛んでいく。
拳には、肋骨を折る確かな感触が残った。攻撃が通ったぞ。
「ひどいですね。」
立ち上がったアイナは、右手で殴られた左脇腹を触った。
すると、触った部分が1度粘土のように柔らかくなり、再び形を戻す。
まるで、身体を作り変えたように。
「これで受けたダメージは0です。何度でもいきますよ。」
「やっぱりお前は化け物だ。アイナさんじゃない。」
「その論法ならあの子だって化け物ですよ?同じように私が作ったんですから。」
うなだれているアイナさんを指差し、笑う。
リーリィはアイナさんの肩を抱き、励ましの言葉を投げかけている。
立ち直るにはもう少し時間が必要だ。
「それじゃあこういうのはどうですか?」
アイナは自分の両足を触り、獣のような形に変える。
ザッ!
アイナは獣の足で踏み込み、倍以上の速度で距離を詰めてくる。
「は、はやい!」
「こういうこともできるんですよ?」
次は右手を強靭な腕へと変化させ、俺に攻撃してくる。
「クッ!【神術解放:壕】!」
防御に特化した【壕】で受け止めるが、それでも吹き飛ばされてしまう。
「卜部さん!」
「だ、大丈夫――。」
「大丈夫じゃないですよー?」
いつの間にか両手とも腕を変化させている!?
アイナは吹き飛ばされた俺に余裕で追いつき、強靭な両腕で俺を地面に叩きつけ、
マウントポジションから何度も追撃をくらわせる。
「ぐぁあああああ!!」
戦闘力がない分、身体を変化させてそれを補っているのか。
アイナはマウントポジションのまま俺を見下ろす。
「もうおしまいですか?卜部さん。」
【色欲の悪魔】はアイナさんのような屈託のない笑顔を見せる。
くそっ……。
今のでかなりダメージを受けてしまった……。
「それじゃあ、最後はこんなのでどうですか?」
アイナは右腕をドリルのような形に変化させる。
回転し、命を削り取る音がけたたましく鳴り響く。
ギュイィィィィィン!!!
そんなものにも変化できるのか!?
アイナの下半身は鉄のようなものに変化されており、振りほどくことができない。
まずい……!やられる……!!
「さようなら。卜部さん。」
「【神力展開:屋烏之愛】!!」
バチィンッ!
その時、桃色の閃光がドリルに直撃した。
光の向こうには、しっかりと立つアイナさんの姿があった。
「そこまでです!【色欲の悪魔】!!」
「立ち直ったんですか?私の分身ちゃん。」
【色欲の悪魔】は足の変化を解き、アイナさんの方へ向かっていく。
俺がいくらボロボロだからって敵に背後を見せるのは、得策ではない!
「あ、卜部さんはそこで見ててくださいね。」
「なに!?」
アイナが指を鳴らすと、地面が粘土のように変化し俺を捕らえる。
「いいでしょう。私とあなた、どっちが本物か勝負しましょう。」
「勝ったほうが本物ってことでいいんですか?」
「もちろんですよ。あなたが勝てればですけどね?そうだ。」
【色欲の悪魔】は自分の身体を触り、衣装を黒く変化させる。
「これで見分けが付きますね。」
「気が利くんですね。化け物にしては。」
「化け物は、同じですねよ!」
ガキンッ!!!
レイピア同士が激しくぶつかり合う。
しかし、【悪魔】の方のレイピアの切先はくねくねと動き始め、
アイナさんの喉元に目がけて突き進む。
「【神力展開:愛糸豪竹】!!」
アイナさんはそれを寸前で避けて術を唱える。
するとレイピアは光を帯びて太くなり、ランスのような形となる。
「あぁああああ!!!」
バキィンッ!!
アイナさんは力を込めてランスを振りぬき、レイピアをはじき返す。
そして隙のできた【悪魔】目がけて、ランスを突き刺す。
「私が本物のアイナです!!」
「それはどうですかね?」
アイナさんが突き刺したランスは確かに、【悪魔】の身体を貫通した。
しかし、身を削ることは一切できなかった。
【悪魔】は、身体にランスがちょうど通る穴を作り攻撃を交わしたからだ。
「な!?」
「ドーナッツって好きですか?」
【悪魔】は、突き刺したランスの横に再度身体を作り変え、アイナさんと距離を詰めた。
「チェックメイト。」
ザシュッ!!
【悪魔】は腕をランスのように変化させ、アイナさんを貫通させた。
「あ……が……。」
「アイナさん!!!」
貫かれたアイナさんの手から、ランスがこぼれ落ちる。
カランッカランッ
悲しく金属の音がこだまする。
【悪魔】は腕を元に戻し、突き刺されていたアイナさんは地面に落とされる。
「そ、そんな……。アイナさんが……。」
「本物には勝てませんよ?それじゃあ私の元に帰ってきてください。」
【悪魔】は倒れこんでしまったアイナさんに、触れる。
だめだ……。
このままじゃ、アイナさんが消されてしまう……。
アイナさんは俺達の命の恩人なんだ。
このまま黙って見過ごすわけにはいかない。
今度は俺が助けないといけないんだ。
今やらないでいつやるんだ。
まだ1度しか成功していないが、あの技を使うしかない。
俺はみんなを守るために強くなったんだ!
ドガーーーンッ!!!
「な、なんですか?」
激しい煙が巻き起こる。
そこから一人の男が歩いてくる。
「アイナさんに触るな。」
身体から煙を纏いながら俺は、【色欲の悪魔】のもとへ歩いてゆく。
【色欲の悪魔」はアイナさんから手を離し、警戒する。
「私の術を破ったんですか?力で?」
「あぁ。」
「それが本当なら、あなたこそ化け物ですよ?」
「あぁ、そうかもしれない。【嫌悪解放:持たざる者】。」
シュンッ
俺は一瞬で【色欲の悪魔】の前に立つ。
「な!?速――。」
ドガーーーーンッ!!!!!
「そ、そんな……!一撃で……!?」
「俺が込めたのは力じゃない。想いだけだ。」
「それでこの力……!?それこそ……、化け物ですね……。」
【色欲の悪魔】はそう言って笑うと、灰のように消えていった。
俺は、【悪魔】が消えた後もアイナさんが消えずに残っていることを
見届けると意識を失ってしまった。
「卜部さん……!!」
意識が薄れゆき視覚、嗅覚、触覚がシャットアウトされていく中で、
リーリィの声だけが完全なブラックアウトまで耳に響いていた。