異世界転移
「卜部さん、なんで私の企画書勝手にいじったんですか!?」
営業から帰ってきた俺に対しての労いの言葉が、フロア中に響き渡る。
そういえば、朝の進捗会議で彼女が発表してた資料に誤りがあったから、
こっそり直しておいたことを思い出した。
「いや誤字があったから直しただけだよ?」
「勝手に触らないでください!」
たかだかエクセルファイルを少しいじっただけで、
ここまで大事にされては困る。
「もちろん」を「もろちん」と誤字っていたなんてどう伝えればいいのか?
言った瞬間セクハラで訴えられるんじゃないか?
ていうか、修正してあげたんだから感謝されるべきじゃないか?
「どこ修正したか、1から全部見直さないといけないじゃないですか!」
「いや、誤字があったところ以外変えてないから大丈夫だよ。」
「そんなの信用できません!」
「そんなぁ……。」
僕はなぜだかいつも嫌われてしまう。
良かれと思ってやったことや、無意識にしたことが癇に障るらしい。
これは僕の生まれ持った体質でいまさらどうすることもできない。
「どうしたどうした?」
「あ、田島係長!卜部さんひどいんですよ!」
困っている俺を、見かねて同期の田島が助け船を出してくれた。
田島は、同期の中でも1番の出世頭だ。
いつのまにか一人だけ係長に昇進しているし、周りからの人望も厚い。
田島は資料を確認した。
「どれどれ資料を見せてごらん。ふむふむ。あぁー、もろちんだね。」
「え?もろちん?」
「タイピングミスをしていたんだよ。それを卜部が直してくれてたんだよ。」
なるほど、爽やかに言えばセクハラにならないのか。
って、感心している場合じゃない。
田島は彼女を怒りを言葉巧みに抑えてくれて、
なんとかことが鎮火することができた。
「田島も気付いてたんなら言ってやってくれよ。」
「いやいや、もろちんだぜ?言えるわけないっしょ。」
「だよなー。」
田島といるときだけは緊張せずに話すことができる。
なぜか田島は俺の体質が発動せず、嫌わずにいてくれる。
俺にとってのオアシスみたいな奴だ。
いや、奴だったと言ったほうがいいのだろうか?
トイレのついでにさっきのお礼に缶コーヒーを買い、
フロアに戻ったとき、田島と女の子たちが話している声が偶然聞こえた。
「田島係長って卜部さんに優しいですよね?なんでですか?」
「あー、あいつ?別に優しくないよ。
ただ俺に懐いてるみたいだし、捨て駒として持ってるだけ。」
「えー、それはひどくないですかー?」
「いやいや、お前らがよく言うよ。」
まるで昨日やっていたテレビ番組の話をしているかのようなテンションで、
笑いあっている姿を目撃して、俺は買った缶コーヒーを落としてしまった。
そこからはあまり記憶が定かではない。
気が付けば、会社の屋上にいた。
「どうして俺はこんな体質で生まれてきてしまったんだ……。」
夜風を全身で受け止める。
ビルの下は、仕事帰りのサラリーマンや飲み会へ向かう若者達の姿が見える。
「あいつだけは違うと思ってたのに。」
田島の声が頭の中を駆け巡る。
捨て駒はひどいんじゃないだろうか。
もう何もかもどうでも良くなってきた。
楽になりたい。そう願うだけだった。
屋上の端に掛かっていた足を一歩前進させた。
その一瞬で、とてもつもない風音が耳を騒がせた。
ドン!
衝撃とともに俺は目を覚ました。
目を開けた瞬間、そこはぼビジネス街ではなく森の中だった。
「え?ここどこ?痛ッッ!」
感じたこともない足への痛みで、朦朧としていた視界が一気にクリアになった。
右足が動かない。おそらく折れているのだろう。
折れていると認識してから急に、痛みと吐け気が襲ってきた。
だめだ、これ死ぬやつだ……。
まぁいいや。これで終われる。
目を閉じようとしたそのとき、
「大丈夫ですかー?」
「!?」
そこには、可愛らしい女の子が立っていた。