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「埋めようぜ、目が覚める前に」
にこやかに微笑みながら士度が言う。
士度の笑顔に恐怖を感じながらも真理は一応突っ込む。
「……いや、そこまでしなくても……」
満面の笑みのまま士度は、
「お前がそう言うなら、」
と、どこかからスコップを取り出した。
「先に穴に入れておいて、目が覚めたら土をかけよう」
「……」
笑顔を絶やさず庭に穴を掘り続ける士度を、真理は無言で見つめていた。
「そういえば辰……」
時折爽やかな笑い声をあげながらひたすら穴を掘っている士度を、若干引きながら見ていた辰に声をかけた。
「……ん?……というかあの子平気?」
「士度の事?平気平気。あいつ無傷伝説を作りたがっているだけだから。」
「そ、そう。で、何?」
真理が真面目な顔になる。
「さっきの男が気になる事言ってたんだけど……殺せない……って何?」
辰の顔が曇る。
すると頭上から声がした。
「仕事だよ」
見上げると、いつから居たのであろう刃が塀の上に座っていた。わざと上級生を踏むように降りながら続ける。
「この長屋はな、幕府にとって都合の良い暗殺者を育てているんだ」
刃が空を見上げながら言う。目が眩むほどの青く眩しい空が広がっていた。
「幕府に敵対する勢力を潰すんだよ」
「刃!」
辰が窘めるが聞かない。
「本当の事だろ。お上の名の下、人を殺す事が認められているんだよ」
「やめろ、違う……! 私達は人殺しなんかじゃない!人殺しなんて只の殺人狂じゃないか。私達は違う……私達は…」
辰の言葉がふいに止まった。
熱い。
目の前の真理が発熱している。
「し、真理……?」
「ごめん。ちょっと……」
そう言うと真理は林の方へ駆け出して行った。
「……。何だあいつ」
真理の背を目で追いながら、刃が訝しげに言う。
すると穴を掘っていた士度がニュッと顔を出した。スコップに体を預けながら言う。
「親に捨てられたとか、人殺しとかあいつ聞きたくないんだよ」
「え?」
辰が驚いたように聞き返す。
士度は暫く目を瞑った後、ため息と共に言った。
「あいつ、父親殺してるから」
「な……?!」
辰も刃も目を見張る。
「正当防衛……えと、不可抗力?みたいなもんだよ。あいつが5歳の時、父親があいつを殺そうとしたんだよ。おかしくなってたんだろうな。それを止めようとした母親があいつの目の前で殺された。……父親の方は骨も残らない程燃やされたってさ。……それから……」
士度はバツが悪そうに続けた。
「俺もあんまその言葉得意じゃないんだ……俺も、知り合いを殺してるから……」
呆然としている2人にスコップを返すと、うって変わったような口調で言った。
「じゃ、俺部屋戻るわ。穴は掘り終わったから後は適当にそいつら埋めといてくれ。今日の授業はもうないよな?」
自分の部屋へと歩いていく士度を見て、二人は顔を見合わせる。
「刃……言ってみようか」
ようやく聞き取れる声で、辰が小さく呟いた。
◆◇◆◇◆◇
「お前、最近あまりにキレやすくないか?」
士度は、自身の部屋で道具(戦闘用具ともいう)を調整している真理に話しかけた。
真理はちらりと上目遣いに士度を見て他人事のように言った。
「そうだねぇ。おかしいねぇ」
首を傾げながらも調整する手は止めない。
「おま……それだけかよ?!」
「わ、わかったから揺らすなよ、手元が狂う。……何かがおかしいとは思うんだよ。気付かないか? いつもより力の量が増えているって言うか……」
「え、お前もそう思ってたのか? 確かに普通なら倒れるくらいの力を使っても平気で動けたけど。てっきり時間移動のオプションみたいなもんかと……」
「いやそんなオプションないわ。でもキレやすいのには自分でも参った。辰達と顔合わせづらい」
「あっちも気まずそうだったからなぁ(俺が色々話したから)。そろそろ謝りにでも来るかもよ?」
「謝る? 何でだよ。悪いのは私……ゲッ」
廊下の方から話し声が近付いてくる。辰達だ。
「私、出掛けてるって言って!」
そう言って真理は部屋の奥の押し入れに飛び込む。それから数秒後、障子の前に人影が現れた。
「入るぞー」
一言断って刃が障子を開ける。後ろから出てきた辰が部屋を見渡し問いかける。
「あれ、真理は? 君達に話したいことがあって……部屋にいないからここかと思ったんたけど……」
「あぁ、出かけたぞ」
士度が事も無げにいう。隠れている真理は胸を撫で下ろしたが、
「押し入れに。
続けて士度が言った言葉を聞いて、真理は怒声と共に勢い良く襖を開けた。
「てめぇ、士度! 裏切ったな!」
「裏切ったなんて人聞きの悪い」
士度は心外だというように首を振った。
「俺はただお前に言われたことを忠実に守りつつ、本当の事も言っただけじゃないか」
「それを裏切りと言うんだぁぁ!」
にこやかに笑う士度の首を絞め続ける真理を制して、刃が口を開いた。
「座れよ。話したいことがあるんだ」
机をはさみ4人が座る。
辰が最初に口を開く。
「まず……ごめんね、真理。私軽はずみな事を言ってしまった」
「え、全然気にしないで! それよりこっちこそごめん。本当は薄々きづいてたんだ。この長屋がそういうことをやってるって。昨日町で色々聞いてね……辻斬りの被害者は幕府に反抗していた者だって。轟って人の言ってた事とも一致していたから」
「そっか……」
辰は目を伏せていた。数瞬の躊躇いを見せた後、大きく息を吸い真理達の方を真っ直ぐ見た。
「あのね、君達に話しておきたい事があるんだ……」
◆◇◆◇◆◇