5
緋色の月。
満月。
今夜は不気味な程大きく見える月。
そこに…………いた。
頭からびっしょり湿っている。
足下には大きな塊がいくつか転がっている。
吐き気をもよおすほどの鉄の臭い。
その臭いの元は、「それ」に間違いなかった。
湿らせているのは恐らく、足下に転がる人間だったと思われる物の返り血。
ーーそこに立っていたのは、返り血を身体中に浴び、日本刀を持っている一人の人間だった。
後ろを向いているため顔は見えない。
ただその姿は、緋色の月から生み落とされた鬼のようにも見えた。
(20代……いやもっと若い……)
士度はそこに立っている人間を観察していた。
距離は約10m。
その人間は彫像のようにそこから動こうとしない。
こちらに気付いていないのだろうか。
突然、自分の横から気配が膨れ上がった。
驚いて真理を見る。様子がおかしい。
「……血……!」
あの夏の日と同じ。
◆◇◆◇◆◇
寮に帰った5人を迎えたのは、見る影もない程に惨殺されていた「五月母さん」
そして意識のない小学生達。
最後に目に入ったのは……
家族だった者の血を浴び、綺麗な笑みを浮かべた……
◆◇◆◇◆◇
「裕矢ぁぁあ!!」
(こいつ……あの日の事を……!)
士度は焦った。
雲が血の色の月を隠そうとしている。
真理には既に正常な意識はない。
真理の叫びにハッとしたように、血にまみれた人間が振り返った。
とうとう雲が月を隠す。しかしそのほんの刹那、士度はその人間の顔を見た……ような気がした。
だがそれどころではない。
真理の膨れ上がった気は、あと少しで捌け口を見つけ町中を燃やそうとしていた。真理の周囲に小さな火玉ができ始める。
「チッ、どうせ話してもわかんねーんだろうなぁ! 悪く思うな…よっ!」
士度は真理を止めるための力を練り始めた。
ふと気が付くとさっきの人間がいない。この隙に逃げたのだろうか……いや、気にしていられない。
真理に向かい力を放つ。
「こいつを押さえ込め!」
すると、真理を囲むように大きな水の箱が現れた。さすがに水中では息ができず苦しそうだが仕方がない。
その途端、
ボンッ
と、真理を中心に爆発が起こった。水蒸気爆発だ。
身体中びしょ濡れになった真理がその場に倒れ込む。
「何だ?何の音だ」
家々の明かりが点き始める。
「あぁっ、めんどくせーっ!」
と言いながら、士度は真理を抱え上げ走り出す。真理は起きる気配がない。
(ひとまず人がいねーところに!)
士度は町を駆け抜けた。
◆◇◆◇◆◇
朝……というにはまだ幾分早いが日は既に昇っている。
2人は小川が流れている大きな寺の境内にいた。
「士ー度ー」
真理が大木に寄りかかり目を閉じている士度に声をかける。
「ごめんって。つい頭が真っ白になってさ……」
士度は腕を組んだまま目を開けると言い放った。
「お前重いんだよ! 俺がここまで走るのにどれだけ苦労したと思ってる?! 往来で意識飛ばしやがって!」
「だから謝ってるだろ! 重い? てめーが貧弱なだけだろコラ」
「あぁっ?!」
すっかり日が昇った境内に、2人の声が響き続けている。
すると、境内に入ってくる人影があった。
「君達……誰? というか何なの?」
声がする方へ視線を移すと(2人は今まさにお互いに殴りかかろうとしているところだった)、そこには着物姿の少女が一人立っていた。
歳は自分達と同じ位だろうか。
少女は首をかしげながら続ける。
「着ている物も違うし。ひょっとして異人の『力持ち』?」
2人は顔を見合わせた。
「イジン?」
「外国人の事だな。それより、力持ち?」
「確かにこいつは女にあるまじき怪力の持ち主だが……」
士度が真理を指差して言う。
「何だと?! お前が弱いだけだろうがぁ!」
また2人の掴み合いが始まったのを見て、少女が声を割り込ませた。
「人には無い力を持つ者を私達はそう呼ぶの。私は辰。何かを封じる力を持つ『力持ち』だよ」
「あっ、真理と言いまっす! 火を使います!」
「士度です。水使います」
辰は名前を何度か口の中で反芻していたが、気付いたように言った。
「そうだ、君達いくつ?同じ位に見えるけど」
「15」
士度がぶっきらぼうに答える。
「私16だから私の方が年上だね。でも呼び捨てでいいよ。じゃ、行こっか」
辰が寺の裏側へ歩き始めた。
後ろを振り返りながら、
「着る物、そのままじゃ目立つでしょ?」
と手招きする。
「あっうん」
真理は慌てて辰の後を追いかける。
少し送れて士度がついてくる。
「何怒ってるんだよ?」
真理は辰に聞こえないように士度に聞く。
「何か変じゃねーか?」
「は? 何がだよ?」
「いや、何だろ。何となくかなぁ」
「まぁ、適当に考えといてくれや。私は辰と話してるわ」
そう言うと真理は走り出した。
士度は何か釈然としない面持ちで、前を歩く二人の会話を聞いていた。
「ねぇ、ここって辰以外にもその『力持ち』っていうのがいるの?」
「いるよ、10人位。力持ちが集まっている長屋があるんだ。わけあって親といられない子供も、親が子供のためを思いそこに入れる場合もある。とにかく『力』が幕府に認められれば莫大な金が手に入るからね」
(学園星みたいなものか。)
後ろから歩いている士度は考えた。
「その長屋は寺子屋も兼ねているよ。この寺を抜けきった裏手にあるんだ」
辰は前方を指差した。
「長屋の皆って仲良いの?」
真理が聞いた途端、辰が立ち止まる。
振り返って真顔で言い放った。
「史上最悪」
◆◇◆◇◆◇