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ーー現代ーー
「そっちだ! 逃がすな!」
深夜の森に怒声が響き渡る。木の上で一服していた真理が、その声を聞き深いため息をつく。煙と一緒に現実も吐き出したい。闇に吸い込まれていってくれないだろうか。
「おい何和んでんだ。見つかったぞ」
声のした方に気乗りしないまま顔を向けると、隣の木にはいつの間にか知った顔が一人立っていた。真理はほどけていた髪をうしろで束ね直す。騒がしくなってきた眼下へと目を向け、さらにため息をつきながら言った。
「だからあいつらに任せるとろくなことがない。あれ程伊沢さんが帰るまで待とうって言ったのにさぁ」
「政樹も竜侍も五月母さんに一番懐いていたからな……」
真理の座っている木に跳び移りながら士度が言う。枝振りがよかったのか、真理のいる位置より少し高い枝を選んだ士度の首から、紺色の龍のペンダントが弾みでちりんと鳴った。
真理は士度を目で追い見上げながら、靴に鉛を入れ始める。その様子をちらりと見ながら士度は忠告する。
「お前そんなに入れたらスピード落ちるぞ。頼むから政樹の二の舞はやめてくれよ」
「ん? 今日馬鹿したのは政樹?」
真理が大して意外でもないような声で聞いた。
「いや…っていうか。竜侍が侵入者探知に引っ掛かって、それを政樹が大声で怒鳴り散らしたからどっちが馬鹿したとかいう話ですらない」
「……あいつらってダブルで間抜けだよな?」
「よくいや真っ直ぐなんだよな、俺たちと違って」
突然士度のペンダントが光り、声が聞こえた。
『政樹だけど。今ようやく地下室に着い…ってうるせーぞ竜侍。いい加減にしろ。えぇと、で、裕矢に関する資料探してからそっちに行くつもり……あっ! こら阿呆!』
『なー、聞いてくれよ。今回は俺悪くないぜ。でっかい声で怒鳴ったのは政樹だからな! ……え、わかったよお前の聞きたいこともちゃんと言うって。で士度、お前まだ森の中にいるよな? 一応、さっき見つかった奴らはまいたけど多分そっちに行くと思うわ。2、3人強い奴がいるから真理と合流しといた方がいいぞ。と、それから』
『おいっ! 見つかったぞ、切れ!』
ブチッ
「……。」
音の聞こえなくなったペンダントを、2人はしばし無言で見つめていた。
「ま、俺らもう合流してるし。だいたい敵が来るまで10分弱ってとこか。結構余裕あってよかったな」
「あぁ。……ん?というか何でお前ここに来たんだ?反対側にいたよな」
「いや…いるにはいたんだが。あいつらからの連絡を待っていたら建物の中から竜侍の怒鳴り声が聞こえたから。巻き込まれたくなくて、ちょい遠くに逃げてきた感じだな。……それより」
士度は真理の髪ゴムの緋色の鳳凰を指差した。
「お前のそれ。波長合わせねーの?」
真理は鳳凰を指先でつまむと軽く揺らしながら言った。
「あ、これ? 面倒だし。それにあいつらうるせーもん。今は士度と伊沢さんにだけ合わせてるわ」
「確かにうるさいわな」
先刻の2人の騒ぎっぷりを思い出したのかニヤリとしながら士度が言った。
「あいつらって、間違いなくスピーカーが祖先だよな」
「そう?私はてっきりスポンジと同郷なんだと信じてたわ」
「「あと6分」」
軽口を叩きながらも2人の思考は同じだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ここは日本。関東地方。下手すれば小さな町がまるまる入ってしまう程の森に彼らはいた。満月一歩手前の月が、今まさに天頂に辿り着かんとしている。黙々と準備を進める2人を月は静かに照らしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ーー五月母さん……。真理は一人の女性の顔を思い浮かべていた。親のいない自分達の母親代わりだった人。人にはない力を持つ自分達を疎まず育ててくれた人。