009 買い出し
私に滞在許可を与えたマリナは、会話は終了したとばかりに再び外に出ようとする。
マリナの行動に違和感を抱きながら次の指示を出す。
「待って、荷物は私が運び込むから場所を指定して」
そう口早に告げると私をじっと見た後、家の奥に引き返すように踵を返した。
あとを追うとマリナはテーブルの上を見つめた状態で動きを止めていた。
テーブルの上には先に運び込まれた物品が無造作に置かれていた。
私は荷物を整理するのは二の次にして、添付リストに新たに名を連ねた物品を新規メール経由で手元に呼び寄せ、テーブルの上に並べていった。
なにもないところから次々と荷物を出してはテーブルに載せて行ったけれど、マリナは驚いた様子もなく淡々とした調子で雑然とした品々を分類していく。
分類された品々を眺めながら一体どういった用途に使用するのか首を傾げる。
ハーブっぽい葉っぱの束や木の根のようなものなどは薬の材料なのかなと思えなくもないけれど、色の綺麗な石ころにしか見えない鉱石は何に使うつもりなんだろう。
他にも小型動物の干物や大型な獣の牙や角などといったものもあった。
マリナの親って薬剤師だったのかな?
全ての物品を分類し終えたマリナは、細かなものは戸棚に並んだ燻んだ色の瓶などに入れていっていた。
どの瓶になにを入れればいいのか判別のつかない私は、そこからは見守ることしか出来なかった。
すべての整理が済むとマリナは目的をなくしたように立ちつくし、電池が切れてしまったおもちゃのように完全に動きを止めてしまった。
その姿を目にした私は言い知れない不安感を覚え、次の指示を与えるべく頭をひねる。
首をふらせることによって多少の意思疎通が可能になったような気がしていたけれど、どうもそうじゃなかったような気がする。
ルートコンダクターによって導かれる先に到る障害となってしまっていたから私の望んだ通りに首をふっていたんじゃないかとさえ思えた。
マリナは滞在を許可したんじゃなく、次の行動に移るには目の前の私が邪魔だったからそうしていただけなんじゃないかな。
そこにはマリナの意思はなくてルートコンダクターによる選択肢だけが提示されてたんじゃないかと思えて仕方がない。
私の考え過ぎかも知れないけど、ルートコンダクターにマリナが操られているような気がしてならなかった。
新たな指示さえ出してしまえば、しばらくはそれでいいのかも知れないけれど、それを妨害する何かがあれば流されるままにとんでもないことになってしまいそうな予感がする。
「マリナ、次の予定はなに」
これまで一度も呼んでいなかった名前を呼んでみても反応はなく、マリナは微動だにしない。
無視をされていると言うよりも私の声が初めから届いていないかのようだった。
取り敢えずマリナの安全を確保する指示として「あなたはここで休んでて」と告げると彼女はやるべきことを思い出したように動き出し、手近な椅子を引き寄せて腰を下ろした。
「私はこれから出かけるからここの鍵を貸して」
マリナは紐に通して首にかけられていた鍵を取り出し、私に手渡してきたのでそれを受け取る。
「私以外の誰かが来ても絶対に家に入れないで」
早口でそれだけ告げ、玄関口に向かう。マリナが私の後に付いてくるようなことはない。
玄関を施錠した私はどこに行くべきか悩んだけれど、このままだとマリナは空腹を感じても食事すら摂らなそうな気がしたので、ひとまずは食料を調達することにした。
長いこと放置されてたとしか思えないあの家の様子だと食料なんてなさそうだしね。
ルートコンダクターを使えば探してる店の場所はわかるだろうし、ひとりで出歩いても迷うことはないはず。
ただマリナのスキルが多用することで人体に与える悪影響があるのかが気になる。
私の場合はメールでワンクッション入るので、影響を受けることはないだろうからとそれを利用して調べてみることにした。
なるべく人通りの多い道を選びながらルートコンダクターで市場に出向く。
値段や品質の比較などもルートコンダクターに任せ、なるべく多くの品を選んでいった。
一度買ってしまえば『複写』で増やるだろうし、制服が修繕されたことからして添付リストに登録時の状態の物が複製出来るから腐ったりする心配もないだろうしね。
手荷物が多くなり過ぎないよう人目を気にしながら少しずつマリナ宛に送信していった。
マリナはテーブルを前にしているから多分そこに並んでいくはず。
大体40品ほど購入して、もう充分だろうと買い物を切り上げて家路に着く。
別段問題なく帰り着こうかというところで私は足を止めた。
家の敷地内に誰かが入り込んでいるのが目に入ったのである。
その人物はそこに居るのが当たり前であるかのような様子で厩舎の馬を撫でるなどしていた。
マリナの家族と懇意にしていた人物なのか判断がつかなかったけれど、問題を先送りしてもいずれ対処しなければならないだろうからと警戒しながら私は敷地の中へと足を踏み入れた。