007 指示待ち
私は『★』が添付されたメールを保護だけしてファイルを開くことなく、詳細を確かめるのは保留した。
本文にメッセージが添えられているのはログインボーナスに次いで2通目のものとなる。
害のあるものではないだろうけれど、お金と違ってそれがなんなのか不明瞭であることが添付ファイルを開くことを思いとどまらせた。
この世界では常識なのかもしれないし、添付ファイルを開くのはそれを調べてからでもいいよね。
そう思った私は別の検証作業に移った。
そうして私の頭で考えつくことは一部を除いてひと通り調べつくし、その結果わかったのは以下の通り。
・送信済メールの添付ファイルは開けない。
・送信済メールを転送すれば添付ファイルは再使用可能になる。
・1度に添付出来るファイルの数は最大4種。
・メールボックスに保管可能な数は『受信』『送信』ともに23通。
・メールボックスの23通をすべて保護してしまうとメールの送受信が不可能になる。
・受信に失敗したメールは強制的に添付ファイルを受け取ることになる。
大体こんなところで、私としては受信出来なかったメールがどうなるのかを知れたことが1番の収穫だった。
私は単純にメールボックスから溢れたメールは『除去』で受け取ることなく消滅するのと同じになるものだと予想していたけれど、実際には送られて来るはずだったメールが、メールになることなく現実のものとして受け取ることになるだけだった。
通常なら剣で斬りつけられたら『切傷』などが添付されたメールを受け取ることになるんだけど、メールを受け取れない場合は添付ファイルを開くというワンクッションを入れられず、普通に身体を斬り裂かれてしまうのである。
普通にやってればメールボックスすべてを保護するなんてことはないだろうけど、メール受信の処理が追い付かなくて同様の結果が出てしまうなんてことがないとは言い切れない。
それを思うとナイトハウンドの群れに囲まれていたときは相当に危うかったのではないかと、あのとき感じた恐怖が鮮明に蘇ってくる。
軽く頭を振り、脳裏に焼き付いた獰猛なナイトハウンドの姿を追い払う。
右目と額を覆うように手を当て、ため息を吐く。
メールがきちんと機能してたとしても獣相手なら怪我を負わないだけで済むだろうけど、人間相手なら怪我を負わなかったとしても無事ではいられない場合もあることを忘れてはならない。
他人に暴力を振るうことに躊躇いのない人間が当たり前のようにいるのならなおのことである。
自己防衛のために送信したメールが相手に届くまでには時間が必要なのだから余計にさ。
送信するにも相手の身体に触れるか、名前を知らなきゃ『宛先』登録もされないしね。
私は検証のために開いていたウィンドウをすべて閉じ、ベッドに身体を投げ出して目をつぶる。
当然ながら眠気はない。
眠りたいなら『睡眠』ファイルを開けばいいけれど、それをする気はなかった。
そのまま数時間なにも考えずにぼんやりと過ごしているとマリナが身動ぎするのを感じ、起き上がる。
「起きた?」
声をかけるけれど返答はなく、マリナは頭だけを動かしてこちらに温度のない視線を投げかけてくる。
その様子はこれまでのやり取りから私からの指示を待っているように見えたので改めて言い直す。
「起きて」
そう告げるとマリナは身体を起こした。
理由はわからないけれど、マリナは意思決定を完全に私に委ねてしまっている。
あの場で死んでしまいたかったのに私が勝手に助けたからこっちの意思に従うとかそういうことなんだろうか。
「なんで私の指示を待ってるの」
率直に尋ねたけれどマリナは無表情のまま言葉を返してくることはない。
「もしかしてしゃべれないの」
続けて質問を投げかけるけれどマリナからの返答はない。
「質問に答えて」
指示待ちなら質問に答えるよう指示を出してしまえばいいとそう言ってみたけれどマリナが口を開くことはなかった。
基準がわからない。
これ以上は同じことを繰り返しても不毛だと感じた私は「行くよ」と告げて部屋を出る。
マリナは相変わらずの緩慢な動作で私に続く、彼女が追いつくのを待たずに右隣の部屋に控えていた兵士に仮眠室を使用させてもらった礼を述べに向かう。
礼も述べ終える頃になってマリナはようやく追い付いた。
部屋に控えていた兵士が街へ入る手続きをするからと私たちを先導して城門の前まで案内してくれる。
外に出ると日は既に高くにまで昇っていた。
城門前は混んでいるということもなく、ひとの出入りはまばらだったので待たされることなく手続きをすることになった。
マリナは街の住民なので金銭などを要求されることはなく、ただ認証装置らしきものに手を載せるだけだった。
なんだか手のひら全体で指紋とか静脈で認証する装置っぽい。
住民じゃない私の場合はどうするだろうかと思ったら小銀貨3枚支払って、マリナと同じように装置に手を載せるだけでよかった。
その際に着信音が鳴り、メールを1通受信した。
認証装置に手をかざしたまま新着メールを確認しようとしていたら兵士が手元にある金属板に目を落としながら「もう1度やり直してくれないか」と言ってきた。
私がこの世界の人間じゃないから不都合が生じてしまったのかと思ったけれど、原因は今受信したばかりのメールだろうと察して慌てて新着メールを開くと『鑑定』が添付されていた。
私はすぐに『鑑定』ファイルを開きながら兵士の方に視線を向けると彼はうんうんとちいさく頷いていた。