005 真夜中の道行き
盗賊たちを気絶させたとは言え、いつ目覚めるかわかったものではなかったので、新たに『気絶』『疲労』『息切れ』を添付したメールを『フーヂ盗賊団』宛に送信する。
それだけは不足だと感じた私は、送信メールのリストからたった今送ったものを転送後に『予約』で1分毎に再送信されるよう設定した。
最低限の安全を確保した私は気絶した盗賊たちを放置して背後の女の子に駆け寄るべく、剣で地面に縫い付けられたスカートが裂けるのも構わずその場を離脱する。
腕を踏み付けられていた女の子は、地面に引き倒されたときの格好のまま虚な目で夜空を見上げ、とめどなく溢れる涙で頬を濡らしていた。
「立って」
同情や気遣いの言葉などかけずに短くそれだけ告げ、彼女の傍にしゃがみ込んで身体を起こすよう介添えする。
全てを投げ出してしまったかのような様子の女の子は抵抗することはなく、私にされるがままだった。
肩を貸して彼女をどうにか立たせると荷馬車へと誘導する。
彼女は自力で歩く気力もないのか、やや足を引きずるような調子で私に従う。
歩き出してすぐに彼女を庇って死んでしまったらしき男の側を通ることになり、偶然を装って足先で彼の身体を掠めるように触れると『宛先』ではなく、『添付』に新着バッヂが付き、ベルナルドの遺体という項目が追記された。
おじいちゃんが亡くなったときに遺体から感じた空虚さと同じものを彼の身体から感じたので、生きてはいないだろうと思ったけれど、私の感覚は間違いはなかったらしい。
私が受けたのと同じ感覚が彼女にもあったのか、女の子は彼の死体に虚な目を向けるものの縋り付いて泣き喚くようなことはなかった。
彼が既に死亡しているのを理解しているのかもしれない。
生気を纏っているのがありありとわかる気絶した盗賊たちと生気を失っている空虚な人体の間を縫ってどうにか荷馬車にまで到る。
「乗って」
御者台の前で彼女に乗車するよう促す。
私には馬車を動かす技術なんてなかったので、彼女がその手の技能を有していることを期待しての言葉だった。
女の子はしばらく動かなかったので、やはり無理だったかと諦めかけたところで彼女は緩慢な動作で1度こちらに視線をやってから御者台に乗り込んだ。
彼女が単に私の言いなりになっているだけの可能性もあったけれど、私はそういった可能性を無視して彼女の隣に腰掛けた。
すると彼女は隣に座る私の顔を虚な目で見つめて来るばかりで、何か行動を起こすようなこともしなかったので仕方なく短い言葉で指示を下す。
「行って」
その言葉を耳にした女の子は命令に従うようにゆったりとしたペースで馬車を発車させた。
淡い月明かりだけが頼りの夜の暗がりの中を慎重に馬車が進む。
道を外れてしまう心配もあったけれど、自転車程度の速度で進む馬車はまるで道がしっかりと見えているかのように迷いなく進み続けた。
それから数時間休みなく馬車は走り続け、私の元に『睡眠』が添付されたメールが届くような時間になっても馬車は一切停まる様子を見せない。
馬車を操る『宛先』リスト上でマリナと登録された女の子は、眠気を感じていないのか真っ直ぐ進行方向だけを見つめて馬車を操作していた。
やがて空が白み始めた頃、遠くに石積みの城壁らしきものが姿を見せた。
それから十数分後、城門前に到着すると馬車は停まった。
門番らしき兵士がこちらに駆け寄って来る。
「まだ開門前だぞ」
そう言った兵士は泣き腫らしたマリナの顔に目を向けた後、隣に座っている私の姿を目にした彼は顔付きを真剣なものにして彼女に問いかける。
「マリナちゃん、何があった」
マリナは虚な目でぼんやりと城門に目を向けたまま男の言葉が聞こえていないかのように微動だにしない。
仕方なく私は身を乗り出してマリナと顔見知りらしい兵士にこれまでの経緯を簡潔に説明した。
兵士は痛ましげな顔をすると少し間を置いてから「ちょっとここで待っててくれ」と告げて城門へと駆け戻って行った。
ほどなく戻って来た兵士は数人引き連れて来たかと思うと馬車を城門脇に誘導して停めさせた。
「規則上まだ中に入れてやることは出来ないが、我々の仮眠室で君たちを休ませることくらいは出来る。そこで開門まで待っていてくれるか。馬車は我々の方で預かっておくから安心してくれ」
「ありがとうございます」
マリナの代わりに感謝の言葉を伝え、マリナに御者台から降りるよう促す。彼女は私の指示に素直に従うと私と一緒に兵士の先導される。
ただマリナの歩みがあまりにも遅かったので案内してくれた兵士は、何度となく足を止めて私たちを待ってくれていた。
それをそのままにはしておけず、途中から私はマリナに肩を貸して彼女が歩くのを補助した。
私たちは城門脇のちいさな扉から城壁内部に入り、等間隔で木製の扉の並ぶ狭くひんやりとした石畳の廊下を進んで行った。
そうして案内されたのは簡素なベッドがふたつ置かれているだけの部屋だった。
「右隣の部屋にひとり控えさせておくから充分に休めたら彼に告げてくれ」
それだけ言い残すと兵士は部屋を後にした。
私は簡素な造りの閂錠を閉め、部屋の中央に立ちつくすマリナの肩に手を添えてベッドに誘導する。
ゾンビのような足取りのマリナをベッドに横たわらせ、静かに「眠って」と告げた。
マリナは私の言葉に従って目をつぶりはしていたけれど、眠れているようには見えなかった。
だから私はマリナ宛に『睡眠』を添付したメールを送信して強制的に眠らせた。