003 異世界メールの使用法
眼前にウィンドウが開かれ、新着を示すバッヂが『受信』だけでなく『宛先』にも付いていた。
腕に別のオオカミが喰らい付く、今度も痛みはない。
痛覚が麻痺してる?
脚にも別のオオカミが喰らい付き、もはや私の力で引き剥がして逃亡するのは無理に等しい。
痛みがないことだけが救いだった。
痛みを感じていないうちに気絶したいくらいだったけれど、意識が遠退く様子はなかった。
意識を保ったまま内臓を引き摺り出されるなんてことになったりすることだけはごめん被りたい。
ただこの状態ではどうすることも出来ない。
なので私は痛みがないのをいいことに最悪な結末を頭の中から追い出して目の前に表示されたウィンドウに意識を傾ける。
全身を脱力させてオオカミたちの喰らい付きに無抵抗のままでいると新たに新着メールが複数届く。
それに加えて『宛先』のバッヂも数字を増やしていた。
一体なにが起こっているのかとバッヂの付いた項目を注視していると指先でタッチしていないのに勝手に新たなウィンドウがふたつ展開された。
宛先のウィンドウにはナイトハウンド1から5がリストアップされ、受信メールボックスには『咬傷』『切傷』『気絶』などのファイルが添付されたメールが複数届いており、今も立て続けに新着メールが届いてリストが勢いよく流れて行く。
もしかして私自身の身体に受けるはずだった怪我とかが全部メールとして送られて来てる?
新着メールは最大で20通くらいまでしか保管出来ないのか、古い物から削除されていく。
さっきログインボーナスメールを保護していなければ、真っ先に削除されてしまっていたのかもしれない。
なんだかよくわからない現象に見舞われてるけど、これなら助かるかもしれないと全てを諦めていた気持ちが復活する。
強く意識して望んだ結果を導くようにウィンドウに働きかける。
次々と送られて来るメールの中から『気絶』が添付されている物を選択して『転送』すると『宛先』のリストに並ぶ5匹のナイトハウンドに送信先を設定して一斉送信した。
それから数秒間ナイトハウンドたちは何の変化も示さなかったけれど、突然首筋の毛皮を赤く血で染め上げるとバタバタと倒れていった。
どうやら想像通りの結果になったらしいと深く息を吐き、重たいナイトハウンドたちの身体をどうにか押し除けて這い出す。
制服の胸元や袖になる血がべったりと付いてひどく汚れていた。
背中は見えないけれど泥で汚れているだろうし、かなり見窄らしい格好になってしまった。
軽く叩いて土を払い落とす。
血臭で別の野生動物が寄って来るかもしれないので、血のついてしまったブレザーとブラウスをどうしたものかと悩む。
森の中は寒く、制服を脱いで下着姿でさまようのは避けたかった。
どうしたものかとしばし考え、私はひとつの案にたどり着く。
もしかしたら汚れも添付ファイルとしてメールで受信してるんじゃないかと思ったのである。
しかし予想に反してそういったファイルが添付されたメールを受信している様子はなかった。
考えてみれば怪我を負わない代わりに『咬傷』や『切傷』のメールを受信してたりしたので血液が添付されたメールを受け取っていれば制服が汚れることなんてなかったはずなのである。
これはもう制服を脱ぎ捨てるか血臭を漂わせながらも森の中を突っ切って行くしかないのだろうかと考えているとこれまで気にしていなかった『添付』の項目にバッヂが付いているのが目に入った。
添付のウィンドウを開いてみると『咬傷』『切傷』『気絶』と一緒に『土』『ナイトハウンドの血液』といったものが新たにリストに並んでいた。
基準はわからないけれど、どうやら添付可能なものとして登録されてしまったらしい。
理由はどうあれ汚れを落とせるなら幸いだと新規メールにふたつを添付すると制服はすっかり綺麗になった。
あとはこのまま汚れを添付したメールを削除してしまおうとして、ふと思いとどまる。
私は思い付きを実行すべく『削除』に向けていた意識を『除去』に移す。
新たにポップアップした『除去』ウィンドウに試しに『土』ファイルを登録してみるとゆっくりと身体が地面に沈んで行くのを感じて慌ててリストから『土』を削除した。
想像していたよりも効果は絶大らしい。
それならと私は『除去』に『咬傷』『切傷』『気絶』の3つのファイルを登録していった。
すると受信メールボックスに溢れ返っていたそれら3つのどれかを添付されていたメールが一瞬にして消去されてしまった。
これなら今後同様の被害を受けても余計なメールを受信しなくなり、メールボックスの容量を圧迫されることも減るはず。
何にしても今だけは生命の危機は乗り切れたと安堵し、複数開いていたウィンドウを閉じる。
足元に倒れ臥すナイトハウンドに目を移す。
彼らは気絶してるだけで死んではいない。
かといってとどめを刺せるような手段も度胸もない私は、後先考えずに駆け出し、その場を逃げるように離れた。