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024 魂魄誘引

 マリナの寝かされているベッドの天蓋からは薄ぼんやりとした光のベールがカーテンのように降り、ベッドを包み込んでいた。


 そのベールからは仄かな暖かさを感じ、何か不可思議な力でマリナを癒しているのだろうと想像が付いた。


「魄楊を一欠片くれないか」


「枝ごとじゃなくていいんですか?」


「あぁ、貴重な品だからな。下手に消費するわけにもいかないだろう。伝承では単純に香木として使用するだけでも効果はあると記されはしていたが、絶対とは言い切れないしな」


 私はスキルで魄楊を簡単に複製出来るから気にしていなかったけれど、本来は貴重な消耗品なんだということが完全に頭の中から抜け落ちていた。


 魄楊の枝先をぱきりと折り砕き、ちいさな欠片をアルフレードに差し出す。


 それを受け取ったアルフレードは魄楊の欠片を右手に握り込み、腕ごとベッドを包むベールの内側へとすっと突き込む。


 アルフレードは握り込んでいた手のひらを開く、するとぼわりと一瞬ちいさな炎が噴き出したかと思うと即座に萎んだ。


 手のひらの上に載せられた魄楊の欠片はというと全体を薄く淡い炎に包まれ、静かに煙を立ち昇らせ始めた。


 それから数分が経過した。


 魄楊から立ち昇る煙はベッドを包むベールに阻まれ、なかをゆっくりと循環している。


 まだマリナが目覚めるような気配はない。


 私はじっと成り行きを見守っているけれど、魄楊の量が足りずに効果を発揮しない可能性も考慮して『魂魄誘引』のスキルを発動させるタイミングをはかる。


 アルフレードの手の中にあった魄楊の欠片が全て燃え尽き、彼が軽く肩を落として深い息を吐きながら腕をベールの内側から引き抜く。


 それに合わせてマリナを対象に『魂魄誘引』を発動させた。


 直後、意識がどこかへと引き込まれるような妙な感覚に襲われた。


 それに抵抗するように意識を集中させ、逆にこちらへと強引に手繰り寄せる。


 数瞬の綱引きの末に、ふっと抵抗感が消えた。


「ごほっ、ごほっ」


 自意識を喪失していたマリナが咳き込む。


 煙に咽せ、身体が起こした単なる反射だろうと判断したらしいアルフレードは、天蓋の支柱に触れて何やら操作をするとベッドを包んでいた光のベールは消え、なかに充満していた煙は部屋全体に拡散した。


「残念ながら望んだような結果は──」


 私の方を振り返りながらアルフレードが口にしたところに可愛らしい声が割り込む。


「マドゥロさん、私はもう大丈夫です」


 声の主であるマリナは、たどたどしい様子で身体を起こしていた。


 アルフレードは驚きを露わにマリナの方に顔を向ける。


「まさか本当に」


「ご迷惑をおかけしました」


「君が気にするようなことじゃない」


「それで父にご依頼された品なのですが……」


 マリナは一度顔を伏せ、ちらりと私の手元へと視線を注いで来るのを感じた。


「すまない。私の依頼が原因で、あのような結果を招いてしまうとは」


「悲しい結果にはなりましたけど、護衛に付けていただいた冒険者の方は最後まで私達親子を守ろうとしてくださいましたし、そのお陰でこうして生き長らえさせてもらいましたから」


「私には金でしか贖うことしか出来ない。今後の生活は君の父に変わって保証する」


「ありがとうございます」


 マリナは会話を区切るように深呼吸をする。


「それでマドゥロさん。レオノールちゃんの件ですが」


 そこで一旦言葉を区切り、マリナは左手で私を示すような動作をとる。


「あの枝を使った魔法薬を調合すれば、数年は『シルフィードの呪い』の症状を緩和することが出来ると思います」


 その言葉を受けたアルフレードは、ばっと私を振り向く。


 アルフレードの表情はさして変わっていないが、彼の『感情抑制』でも押し隠せないほどに色濃く感情を溢れ出させていた。


「私に用意出来るものならどんな物でも用意してみせる。だからそれを私に譲ってもらえないだろうか」


 鬼気迫る勢いで距離を詰めて来そうだったので、すっと魄楊の枝先を躊躇いなく差し出す。


「元々マリナを助けるために採ってきた物ですし、彼女が助かったのなら私にとって無用の長物なので別に譲っても構わないですよ」


「感謝する」


 すぐにでも魄楊の枝先を持って駆け付けたい場所があるのだろう。


 アルフレードが感情をスキルで押し殺しているのが、ありありと伝わってくる。


「マドゥロさん、レオノールちゃんのところへ行ってあげて下さい」


 マリナが助け舟を出すように行動を促す。


「この礼は必ず、必ず返す」


 それだけ言い残すとアルフレードは部屋を駆け出して行った。


 部屋に残された私達は、しばし無言を貫く。


 その沈黙を先に破ったのはマリナだった。


「メイさん、ルカさん。帰りましょう、私達の家に」


 マリナはそれだけ言うなり、ベッドから降りていたけれど、靴が見当たらず困ったように眉根を寄せていた。


「メイさん。靴、お願いできますか?」


 一瞬、何を言われているのかわからなかった。


 マリナの視線は私の足元に注がれている。


 その視線とマリナの言動の数々から感じた違和感の正体に気付く。


 私は宛先を設定せずに『スニーカー』を添付したメールを複写し、2通のメールの宛先を私とマリナにわけて送信した。


「サイズ、合わないかもよ」


「たぶん、大丈夫だと思います」


 数秒後、私とマリナは全く同じスニーカーに足を通していた。


 マリナは爪先でとんとんと床を叩く。


「体感通り、ぴったりみたいです」


 そう言ってマリナは柔和な笑顔を見せた。

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