018 決着?
このままでは危険だと判断した私は、一時凌ぎとして脱出用に準備していた『フロストピラー』を添付したメールを自分宛に送信する。
すると数秒も待たずに私の身体は、氷で拘束された両足はそのままに地面ごと氷の柱によって高所へと凄い勢いで押し上げられた。
余りの上昇速度に落っこちてしまうのではないかと少し焦ったけれど、両足を氷で拘束されていたので懸念していたような問題は起こらなかった。
それよりも気になったのは、メールの受信速度が明らかに上がっていることだった。
ヌシに『左腕切断』メールを送ったとき、直接触れていたとはいえ即座に相手は送信したばかりのメールを受信していた。
以前、盗賊に縋り付いた状態でメールを送信したときは数秒の時間が必要だった。
それが今は0になっている。
鑑定結果の上では私自身のスキルランクは据え置きのままだけれど、スキルツリー自体は成長しているからかスキルの効果は以前より上がっているかのようだった。
ただ事実上スキルランクが上がったからといって、送受信の速度が上がっただけで出来ること自体は据え置きらしい。
ずしんと腹の底に響くような音が足元から届く。
視線を落とすまでもなく、ヌシが私の呼び出したフロストピラーに体当りしているところだった。
そう時間を待たずに氷の柱はへし折られるのは想像に難くない。
次の手を考えないといけないけれど、簡単に対処法は浮かばず。
ルートコンダクターの指示にも変化はない。
ヌシの目を逸らす方法でもあればと添付リストに目を這わせる。
その中のひとつで『睡眠』はまだ試していなかったと気付く。
気絶しなかった相手に効果があるのか微妙だったけれど、送るだけ送った。
それから数秒待ってもヌシが動きを止めることはなく、全く効果がないようだった。
気絶や睡眠に対抗するような魔法を使っている様子はないのに何故だろうかと首を傾げたくなる。
足元からピシリと氷がひび割れる音がした。
氷の柱が倒されるのも時間の問題らしい。
考えろ、考えろと自分を追い立てるように言い聞かせる。
ここから逃げ切れさえすればいいのだけれど、ヌシがフロストピラーでつくった壁までは、まだかなりの距離が残っている。
目測で壁までの大体の距離を測っていて視界の中を泳ぐものに目を奪われた。
そこでなぜ今までそれに思い至らなかったのかと感じながらも新規メールを作成し、ネブリーナ大森林に踏み入ってから増えた宛先に片っ端から鑑定メールを送り付けていった。
鑑定結果が返送されてくるまでの間、少しでもヌシの気を逸らす方法を考えに考える。
足元の氷がピシピシと限界が近いことを告げる嫌な音を鳴らす。
両足の拘束はまだ解けていない。
そんな危機的な状況の中、焦らないように『感情抑制』騒つく気持ちを抑え込み、冷静に思考を巡らせる。
そもそも何故ヌシは私を狙っているのかということを改めて考え直す。
ヌシが私を執拗に狙っているのは魄楊を手折って、持ち去ろうとしているのが大きな理由である。
だったらヌシの執着する『魄楊の枝先』を返却することで注意を逸せないだろうか。
幸いにも私のメールでなら簡単に複製が用意出来る。
それを使えばヌシの目を誤魔化すのは容易なはず。
そう考えた私はヌシ宛に『魄楊の枝先』を添付したメールの本文に「大切なもの返却します」と一文添えて送信した。
送信と前後して先に送信していた鑑定結果メールが次々と届く。
多くの魚たちが空中を自在に泳いでいたので、もしかしたらと思ったら正解だったようだ。
添付されていたスキルの大半は『遊泳』だった。
それらに混じって『噴霧』『魂魄誘引』なんてものがあった。
噴霧はミストスクァート、魂魄誘引は魄楊のスキルだった。
字面的に魄楊のスキルがどういったものか気になった私はファイルを開き、その詳細を知って頭を抱えたくなった。
魂魄誘引スキルは、どうも反魂香と似た効果を発揮するもののようだった。
そのスキルを保有する魄楊を香木として使用するのだから当然といえば当然かもしれない。
植物である魄楊もスキルを保有していることに気付いていれば、枝先を手折ってヌシと争うこともなかった。
今さら仮定の話を考えても仕方がないと無意味な想像を切り捨てる。
直後、足元が抜ける。
氷の柱は砕け、それと同時に両足を拘束していた氷も剥がれ落ちた。
私は宙に投げ出され、急速に地面へと引き寄せられる。
メールのスキルがあるから落下して地面に叩きつけられても平気だろうけれど、わざわざ落ちる必要はないと『遊泳』ファイルを展開してスキルを発動させる。
すると私の身体は、ふわりと空中に静止した。
初めての感覚に上手く身体をコントロールしきれない。
無重力の中で犬かきでもするように手足をばたつかせて体勢を整え直し、眼下に目を向けるとヌシは私の真下から離れて魄楊の元へと引き下がっていた。
ヌシは私から完全に興味を失ったようで、枝先が手折られた場所に至ると細かな作業用と思われるちいさな右腕のハサミに魄楊の枝先を摘み、折れた箇所同士を接触させながら『リジェネーション』を施していた。