011 精神樹界
私の無神経さなど意には介さずアルフレードは口を開く。
「いや、そうではないんだ。感情を発露するのに必要なマリナ君の精神が今の彼女の中には存在していないんだよ」
心を閉ざしてしまったということではないのだろうか?
「どういう意味ですか、それは」
「簡単に言ってしまうとマリナ君の魂の一部、精神を司る部分が肉体から流れ出していると言ったところだろうか」
アルフレードの言葉の意味がわからず首を傾げてしまう。
彼の雰囲気から言葉で私を煙に巻こうとしているようではないけれど、何を言わんとしているのか私には理解出来なかった。
この世界では当たり前のことなのだろうか。
アルフレードは自身の顎を撫でながら考え込み、数秒の間を置いてから改めて口を開く。
「メイ君はスキルがどこからもたらされているか知ってるかね」
話の流れはわからないけれど、私にマリナのことを説明する上で必要なのだろうと判断して首を横にふった。
「それがマリナと何の関係があるんですか」
「大いにね。スキルというのは精神樹界という異界で生育している真っ白な樹木、スキルツリーと呼ばれているそれから与えられているんだ……いや、正確には彼らの中で最も魂の波長が合うモノと繋がることで能力を借り受けていると言ったところだろうか」
説明内容を理解しているのか窺うようにアルフレードは、いったん言葉を切って私が話の内容を咀嚼する時間を設けた。
私自身よくわからない能力を与えられているので、それが異世界の植物から与えられたくらいの認識をして話の先を促すように手で示す。
「それで波長の合うスキルツリーと我々の魂を繋ぐなかだちをしているのが精神なんだが、ごく稀に魂の一部が精神を介してスキルツリーに流出してしまうことがあるんだ。これは高ランクスキルであればあるほど、その危険性は高まると言っていい」
マリナのスキルランクは私と比べたらかなり高かったのを思い出し、顔をしかめた。
私の表情から説明内容を理解していると判断したアルフレードは話を続ける。
「そもそもスキルランクというのはスキルツリーの樹齢が長ければ長いほど高くなり、またスキルも強力なものとなる。その力を借りるとなったらそれだけ強い精神力を必要とするんだ。だからもし精神的に不安定な状態で高ランクスキルを使用してしまうと──」
「魂がスキルツリーに持ってかれちゃうってことですか」
アルフレードは大きく首肯する。
「そういうことだよ」
もしアルフレードの話が事実ならマリナを今の状態に陥らせたのは私だということになる。
状況的に仕方なかったとはいえ、意図せずマリナの魂を奪わせたということだった。
それを理解して頭を抱えたくなった。
「そんな状態でさらにスキルを使った場合はどうなるんです」
「生命力の源となっている魂まで持っていかれて最悪は死んでしまうことになるだろうな。ただ魂が流出した時点で植物のように動けなくなってしまうから似たようなものかもしれないがね。だがマリナ君の場合はスキルがスキルだからか、制御する精神を欠いた状態でもスキルが機能して身体を動かしてしまっていたようだがね」
城門に着いてから何度となく追加で指示を出したことで私はマリナの状態をさらに悪化させてしまったらしい。
「マリナを迎えに来たのは彼女を保護するためですか」
「あぁ、メイ君が何も知らないままマリナ君にスキルを使わせ続けていたら取り返しが付かなくなるだろうと思ってね」
発言の一部が引っ掛かり、訊ねる。
「……取り返しがつかなくなるということは元に戻す方法があるってことですか」
「あるにはあるが、すぐには難しいだろうね」
「なぜですか」
「治療に必要な品が容易には入手出来ないからだよ。マリナ君のスキルであれば簡単に見つけることも出来るかもしれないが、そんなことをさせれば見つける前に彼女の魂が失われてしまうだろうからね。貴重な彼女のスキルを失いかねないことをさせることは出来ないよ」
アルフレードはマリナのスキルの有用性を理解していて利用したいからこそなんとしてでも保護したかったのだと察した。
「あなたならそれを手に入れることが出来るんですか」
「絶対とは言い切れないが、金と時間をかければいつかは、と言ったところだろうね」
私とは違って、この世界で商売をしているアルフレードなら多くの人脈を通じてマリナの治療に必要な品を手に入れることは、時間的制約がなければ確かに可能かもしれない。
でも半ば植物状態のマリナを彼女のスキルなしに生かし続けるのは難しい気がする。
時間をかければかけるほどマリナの身体に負担がかかり、衰弱することになりかねない。
だったらマリナのスキルであるルートコンダクターをリスクなしに使える私が、それを利用して代わりに探せばいい。
アルフレードの最終的な目的が何かはわからないけれど、マリナのスキルを手にするためならお金も時間も惜しむつもりもないらしい彼なら彼女をぞんざいに扱うことはないはず。
そう結論付けた私はアルフレードにマリナを預けることにした。