010 レウケの祝福
「うちに何か用ですか?」
マリナとは無関係の人間を装うことも考えたけれど、城門での出来事を知った上で長期不在だった家主が在宅してると判断して訪れている可能性が高い思って、それはやめた。
私たちが城門前にたどり着いてから既に半日以上経っているのだから盗賊関連のことでいろいろと噂が出回ってるだろうしね。
私に声をかけられ振り向いた茶髪の男は、私の父より多少年若い容貌のつり目がちで切れ長の目が印象的な人だった。
彼は私の姿を視界に収めると何かを納得するように一度頷いた。
「君だけということは、マリナ君はご在宅かな」
私のことも知っているような言動に、やはりと思うと同時に目の前の相手が何の目的でマリナを訪ねて来たのかが気になった。
少なくともマリナを心配して訪ねて来たような雰囲気は感じられない。
「私の質問に答えてもらってませんが」
苛立ちを露わに言葉を放つと男は微苦笑を浮かべた。
「そう邪険にしないでくれ、私はマリナ君を迎えに来ただけなんだ」
「迎えに?」
「あぁ、彼女の父であるベルナルドとは長い付き合いでね。彼に不幸があった場合、その後の娘の生活を保証してくれないかと頼まれていたのさ」
マリナの保有するスキルの価値を思えば、それを狙って身柄を確保しようとしているとしか思えない。
単に私が過剰に警戒し過ぎてるだけで、本当に善意でマリナを保護しようとしているのかもしれないけれどね。
「そうですか」
「わかってくれたかい。それじゃあ、彼女を呼んでもらえるかな」
「お断りします」
マリナのことなのに私が勝手に判断して申し訳ないけれど、今の彼女を彼の保護下に入れるのは危険な気がした。
「今、マリナは誰とも会えるような状態じゃないんです。しばらくそっとしておいてもらえませんか」
「君が言いたいこともわかるが、このまま放置しておくと取り返しのつかないことになりかねないのでね。私の事情的にも、彼女の症状的にもね」
「症状?」
「私の杞憂ならよいのだが、君たちの対応した者たちの話を聞いた限り、スキルに魂を冒されているのではないかと思ってね」
私がマリナに対して抱いていた印象そのままの言い表した言葉に胸の鼓動が早まる。
「思い当たることがあるようだね」
しばらく押し黙っていると彼は私の表情から何かを読み取ったようだった。
目の前の男が疑わしいのは疑わしいが、彼の話を聞かないのは悪手だろう。
ただ話を聞くにしても問題は彼を今のマリナと引き合わせてよいのかどうかだった。
直接マリナの姿を見て判断出来ることもあるだろうしさ。
短くない時間迷った末に私は、彼をマリナと引き合わせることにした。
最悪メールで気絶させて追い払っちゃえばいいしね。
「なかで詳しい話を聞かせて貰っても構いませんか」
「こちらとしても助かるよ」
男を屋内に招き入れる直前、私は背後を振り返り訊ねた。
「まだお名前を伺っていませんでしたが、あなたはどこの誰なのでしょうか」
「すまないね、名の名乗らずに。私はアルフレード・マドゥロ。ここヘラシャードでちいさな商店を営んでる人間だよ」
彼が名乗ると同時に『宛名』に名前が登録されたの見て、偽名ではないとわかった。
「マドゥロさんですね。もう知ってらっしゃるとは思いますが、私はメイです」
異世界に転移する際に家族を捨てる選択をしたからか、鑑定で私の苗字は表記されていなかったようなので、名前だけを名乗った。
「申し訳ないね、勝手に君のことを調べたりして」
私の言葉に苦笑する彼を招き入れ、奥へ案内する。
「こっちです」
マリナを待たせていた部屋のテーブルには私が市場で買った品々が山積みになっていた。
それを前にしてマリナは私が出かける前と変わらない姿勢で椅子に座したまま、じっと虚空を見つめていた。
「マリナ、ただいま」
アルフレードの手前なにも言わないのは不自然だと思って、マリナに声をかける。
それに対する返答は当然なく、私はマリナの隣に陣取るように椅子を引き寄せながら「どうぞお掛けください」と別の椅子を指し示す。
「その前に少し確かめたいのだが、いいかな」
そう言ったアルフレードはマリナに歩み寄ると視線の高さを合わせるように屈み、表情のない横顔を見据えながら彼女の手を取った。
相手に触れることで効果を発揮するスキルでも使うのならそれがどういったものか知らなければ誤魔化されかねないとアルフレードに対して『鑑定』メールを送信する。
しばしマリナの手に触れていた彼は、やがて眉根を寄せて手を離した。
「感情の起伏が一切感じられない。やはり『レウケの祝福』か」
アルフレードの発言に遅れるようにして鑑定結果が届く。
名 称:アルフレード・マドゥロ
年 齢:33
スキル:感情抑制 ★★★☆☆☆☆
レウケの祝福というのが何なのかわからないけれど、この世界での特殊な精神状態を指す表現のひとつだろうと解釈して話を促すように言葉を紡ぐ。
「マリナは深く心に傷を負うよなショッキングな出来事が目の前で起こったんですよ、茫然自失としてしまうのは当然なのでは」
マリナのいる場でトラウマを刺激するようなことを言うべきではないとわかっていたが、心の中で彼女には私の言葉は耳には届いていないと自身を擁護しながら必要なことだと割り切るように無神経な発言していた。