後日譚その7 ある日の昼下がり
久しぶりの投稿になります。
コミカライズは現在、Pixivコミックにて連載中です。
よろしくお願いいたします。
ある日の昼下がり。
マグは畑で収穫した野菜を籠に入れ、家──彼らが暮らしている山小屋──に持ち運ぼうとしていた。
太陽の光を受け、瑞々しく育った野菜たちに、マグは笑みを浮かべる。
「今日もたくさん収穫できたなぁ。でも、最近、かなり多いような……」
野菜が旬に入ったのか、思いの外、収穫量が多い。
嬉しいのが半分、困ったのも半分。
一緒に暮らす神獣たちもよく食べるとはいえ、ここしばらく、野菜も余り気味だ。
「今度クズノハが来たらお土産で持たせようかな……んっ?」
「うーん、ん~……うにゃっ!?」
家の影から可愛らしい唸り声が聞こえてくる。
他にも、バチバチと小さな稲妻らしき音。
──この声、ローアかな。それに魔力も……。
マグは玄関に籠を下ろすと、家の裏を覗くように、静かに様子を窺った。
……すると。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ……にゃっ!?」
普段通り、人間の姿で活動中のローアは、人差し指に魔力を溜めていた。
けれどその魔力は迸る稲妻となり、ローアの頭上の木々を焦がした。
さらに魔力は拡散し、周囲へ流れ、
「うわっ!?」
マグの足下まで飛んできたので、彼は思わず飛び上がった。
「えっ、お、お兄ちゃん!? ごめんなさい!」
ローアは魔力を弱め、慌ててマグへと駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫だ。でも……どうしたんだ? 新しい修行?」
実のところ、ローアは日々、マイラと一緒に魔力を扱う修行をしていた。
それは元々、マイラだけの日課だった。
けれどローアは「もっと上手く、強くなりたい!」と言い──本人曰く、ドラゴンとしての本能──マイラと一緒に、日々励んでいた。
マイラも「ローアはドラゴンだから、魔力の出力自体は、神獣の中でも強い方。でも繊細な扱いはまだ苦手らしいから、練習するのもいいかもね」と言い、ローアに付き合っていたのだ。
だからマグは、ローアが何かしらの新しい修行でも始めたのだろうか、と思っていた。
しかし、ローアは少しだけ困り顔だった。
「修行と言うか……。なんて言ったらいいかなぁ」
ローアはしばらく視線を泳がせてから、小さな口から息を吐いた。
「……魔力が変」
「変? ……どうしたんだ?」
「上手く制御できないの。少し力を込めると、前よりずっと強い魔力が出ちゃう」
「そういうことか……」
──指先に魔力を溜めていたのは、少しずつ魔力を出して、調整していたと。
けれど、ローアの思っていた以上の魔力に、本人も困り果てていたらしい。
それであんな声を出していたのかと、マグは合点がいった。
「一人で困っていないで、皆に相談しよう」
「えっ、でも……」
「いいから、いいから。皆も力になってくれるよ」
マグはローアの手を軽く握って、家に戻る。
その際、ローアは足を止めかけたが……。
不安げにマグの顔を見上げると、一つ頷いて、マグについて行った。
***
「……というわけで。皆、ローアに協力してあげてほしいんだ」
居間兼キッチンにて。
フィアナ、マイラ、リーサリナと、同居している神獣たちが勢揃いしている中、マグは事情を語った。
当のローアは何故か普段の快活さを潜め、落ち着かなさげにしている。
すると真っ先にフィアナが口を開いた。
「はぁ……。ちびドラにもこの時が来たかぁ」
フィアナは、抱えていたミャーを床に下ろすと、椅子から立ち上がってローアのもとへ。
するとローアの前にしゃがんで、ローアの肩に手を当てる。
途端、ローアが一瞬、目を瞑って小さく跳ね上がるものの、
「……本当だ。魔力が結構高まっているね。でも表面には出ないように抑えている。でもこんだけ高くなっているんだから、結構前から変化していたんでしょ? 人間で言うところの、成長痛みたいなもんだから、辛いはずだけど。なんで隠していたのさ」
「それは……」
「本当ね。一緒に修行していたのに、私も気付かなかったわ。ごめんね、ローア」
「私も、一緒に暮らしていたのに、全く……」
それぞれがローアを労ると、ローアは恐る恐る、といった面持ちで、
「……皆、笑ったり……しない?」
「……はぁ?」
フィアナが素っ頓狂な声を上げた。
それも、呆れ混じりといった表情で。
「だ、だって! 縄張りもあって、魔神も倒して。修行だってしているのに……。今更、魔力の制御ができないなんて……恥ずかしいかなって……」
──そうか。それでさっきからローアの様子が変だったんだ。
ローアの雰囲気が暗いことは、マグもよく分かっていた。
魔力の制御が上手くできず、ローアも不安になっていたのもあるだろうし、マグもそう思っていた。
けれど、ローアが語ったように、一番の理由は違ったのだ。
「あのねぇ……」
フィアナは大真面目な表情になった。
時たまローアをからかうようなことも言うフィアナだが、今回は一切茶化さずに。
「ここにいる神獣全員、ローアと似たような経験はあるはずだよ。神獣だって成長するんだから。魔力が高まると、制御しきれない時期だってあるさ」
「……そうなの?」
「当たり前。寧ろローアはまだマシな方だよ。あたしなんて、翼の動きが鈍くなって、しばらく飛べなかった。……まあ、ローアもこれから、しばらく調子の悪い可能性が……」
「えっ……やっぱり、しばらくは……!?」
驚いたローアが小さく飛び上がった。
すると、マイラが「大丈夫よ」となだめた。
「変だったら言ってちょうだい。私の力で、不調を和らげてあげるから」
「わ、私は一緒にいてあげることしかできませんが……。でも、言ってください。一人でいるよりマシですから」
「み、皆……!」
神獣たちの温かな心が嬉しかったのか、ローアは小さく涙ぐんでいた。
マグもしゃがんで、ローアと目線を合わせた。
「だから言っただろう? 皆も力になってくれるよって」
「うん。……お兄ちゃんの言ったとおりだった」
と、ローアが目尻の小さな涙を拭った、その時。
「……まあ、こういうのは本来、周囲の成竜たちが教えるものなのだろうが。ローアは他のドラゴンより独り立ちが早かったから、仕方がないの」
「クズノハ……!」
一体いつからそこにいたのか。
お土産と思しき袋を手に、クズノハがやって来ていた。
「驚かせてすまぬ。ただ、やって来たはいいものの、どうも入りづらい雰囲気を感じてな。不躾ながら、壁に狐耳を付けて盗み聞きしてみれば、切実な話だったもので。入るタイミングを窺っていたのだ」
そしてクズノハは、ぐっと親指を立て、サムズアップをした。
「任せよ。この妾によい案がある。マグの力も借りるがな」
「流石クズノハだ……!」
マグの魔術修行の時も、リーサリナの時も、その他に知恵を借りたい時でさえ、多くはクズノハがなんとかしてくれた。
だから今回も頼りにしている……という旨を、マグが語ったところ。
「……」
「や、やめよローア! そんな目でこちらを眺めるでない! 分かっておる! 魔術修行の時のように、マグに無茶な真似はさせぬ! 約束じゃ!」
「なら、いいけど……」
──そうだった。俺、クズノハの鬼……もとい九尾式の特訓で、気絶したんだった……。
ローアはマグ以上に、それを覚えていたらしい。
「クズノハ、具体的にはどうするの?」
「うむ。よくぞ聞いてくれた。簡単なことよ。大きな魔力が制御できぬなら、制御できぬ分を外に逃がしてしまえばいい」
フィアナは腕を組んで「そっか」と数度頷く。
「魔力の高まりに体が追いついていないから、こうなっているわけだし。体が成長するまで、定期的に余分な魔力を逃がせばいいわけね。でも……どうやるの? それができているなら、あたしも昔、苦労しなかったけど」
「私も同感ね。神獣の力を使って魔力を消費しようとしたって、その魔力行使が上手くいかないんだもの。今のローアには、ブレスだって簡単じゃないはず」
「うっ、うにゃー……」
マイラの指摘はその通りらしく、ローアは苦々しい声で、視線を逸らしてしまった。
「でも、クズノハさんはマグさんに協力してもらうって言っていましたが」
「然り! その通りだリーサリナ。マグよ。ローアの力が篭もった短剣をここに」
「分かった」
俺は短剣を引き抜いて、クズノハの前に見せた。
「よし。今から妾がローアの魔力を抜き取り、短剣に向かわせる。マグは短剣に向かった魔力を制御し、内部に収めよ」
「……! そっか! ご主人様、べヒモスの時だって、あたしたち神獣の魔力をサラッと束ねていたし」
「ローア一人分の魔力なら、移し替える先の器さえあれば、コントロールできるかも……」
「様々な神獣の力を扱えますし。マグさん、結構すごいですよね……!」
皆から尊敬の眼差しを向けられ、マグはこそばゆくなった。
「そ、そうかな……? あんまり意識していなかったけれど」
「これができるからこその【呼び出し手】スキル持ちの神獣使いなのだ。さあ、ローア。手を出してくれ」
「う、うん」
クズノハに促され、ローアは手を伸ばした。
クズノハはローアの手を握り、もう片方の手で、マグの握る短剣に手を翳す。
「ゆくぞ……ふっ!」
ローアの魔力が、クズノハを伝い、光と共にマグの短剣へ。
──す、すごい魔力だ。ローアのブレスに近い魔力の密度! 下手に失敗すると部屋が吹っ飛ぶぞ……!?
マグは集中力を高め、自身の魔力で光を短剣へ押し込めるようにして、ローアの魔力を短剣へ流し込んだ。
それが十数秒続いた後。
真っ先にそれに気付いたのは、やはりマグだった。
「クズノハ! ストップだ!」
「むっ、どうした」
「短剣が限界に近くなってきた。これ以上は短剣が……!」
「そうか、魔力に耐えられぬか……!」
クズノハはゆっくりと、ローアから魔力を抜き出すのを停止していく。
マグもその魔力を最後まで短剣へと、丁寧に押し込めた。
やがて光が収まると、その場にいた全員が安堵し、肩から力を抜いた。
「マグ、短剣は?」
「安定しているよ。結構ぎりぎりだった……」
マグは短剣を鞘に戻した。
また、魔力をほどよく減らされたローア本人は、
「うーん……すっきり! ありがとう、お兄ちゃん、クズノハ!」
大きく伸びをして、普段の調子を取り戻していた。
「でも、次はどうする? もう短剣に魔力を込めるのは……」
「マグがほどよく戦い、短剣の魔力を枯らすのが早いな」
クズノハが大真面目に提案するが、マグは全力で首を横に振った。
「危ない、危ないって……」
「なら、あたしが力を込めた長剣は? ほら、マイラたちも似たようなアイテム、渡していたじゃん」
「それは……」
マグは、長剣をはじめとしたアイテムを手に取って、少し考えた。
「……いいや、難しいと思う。それぞれのアイテムは、魔力を込めてくれた神獣たちにしか対応していない。一時的に、魔力を束ねて戦うのはできるけど……」
「魔力を束ねて外付けにするのと、アイテム内部へため込むことの違いね……。【呼び出し手】さんが言うのだから、間違いないのでしょう」
「ならば、どこへローアの魔力を流そうか。大量の魔力を短剣へ移したし、しばらくは大丈夫であろうが……」
クズノハが「うーむ」と本格的に悩み出すと、何か閃いたらしいローアが「あっ!」と表情を明るくした。
「だったら! 良い方法、あるよ! きっとこれがいいかも!」
「ほう。その方法とは」
ローアは胸を張った。
「縄張りに、地脈に流すの! 一人じゃ魔力が不安定で難しかったけれど、クズノハやお兄ちゃんが一緒にやってくれるならきっと大丈夫!」
……結論から言うと。
ローアの考えたこの案は、大成功だった。
この山の地脈になら、いくら魔力を流しても大丈夫。
というのも、余所の土地でそんなことをすれば、豊富な魔力で魔物が寄ってきて、その土地が大変なことになってしまう。
しかし、ここはドラゴンの縄張り。
ローアを恐れて、そもそも魔物が近寄ってこない。
もし魔物が出ても、余所の土地よりマシであり、マグや神獣たちだっているのだから。
……こうして。
ローアにまた同じことが起こった場合、クズノハとマグの協力により、なんとかなりそうということで、マグたちは胸をなで下ろした思いだった……のだが。
──大成功、しすぎたんだよなぁ……ある意味。
「なっ……なんだこれっ!?」
問題も解決したということで、夕暮れ時、クズノハがこれから帰ろうという際。
畑の異変に気付いたマグが、声を上げた。
というのも、野菜の育ち具合が尋常ではなかったのだ。
実も、葉も、先ほどマグが収穫した時より、ずっと大きく、大量だ。
「えっ……えぇっ!?」
試しに根菜を引き抜いたフィアナも「お、重っ!?」と目を見開いていた。
山小屋の畑、空前絶後の収穫量。
しかも……。
「マグさん! 我が家の温泉、なんだか輝いています! 綺麗ですね、魔力の影響でしょうか……!」
光るお湯を眺めて、リーサリナがはしゃいでいる。
マイラも「いつもより疲れが取れそうね~」と嬉しげだ。
ローア本人は「わぁ……! すごいね、お兄ちゃん!」と満面の笑みだ。
「豊作豊作。しかし腐らせるのも勿体ない。こうなったら漬け物……保存食にしてしまおう! 妾の故郷のやり方でな。今夜は泊まりで手伝うとも!」
「ありがとう。クズノハ。この分だと、数日は掛かるかもしれないけどね」
マグは笑みを浮かべる。
──トラブルの先に、豊作があるなんて。それにクズノハのお陰で、野菜も無駄にならなさそうだし、保存できるならありがたい。
マグはこの後も、皆で賑やかに作業をするのだろうと、嬉しく優しい気持ちでいっぱいになった。
こんな日々が、生活が。
マグの理想の毎日でも、あるのだから。




