72話 最後の邂逅、そして……
「……なーにを終わったふうに思っているんだい、君は」
「あなたは……」
曇りのない真っ白な世界の中、瞼を開けると目の前には正真正銘、本物の初代【呼び出し手】の姿があった。
すっきりとした顔立ちに澄んだ瞳、けれどその表情は爽やかな笑顔ではなく、極度の困り顔だった。
初代は俺の頭を軽く小突いて言った。
「君、なんて無茶をしてくれたんだい。ファルヴードの奴に魂の半分を引き剥がされた僕が言えた義理じゃないけど、自分の魂を燃やすなんてさ……。そんな方法を取らせるために、僕も修行をつけた訳じゃない」
「それは……いや。それより魂を半分って、もしかして今のあなたは」
気になって問いかけると、初代はため息交じりに言った。
「ああ、そうだよ。僕はその、引き剥がされた方の魂さ。渓谷で君が触った僕の鎧を依り代にして、どうにか存在を保っていた。でも……君の魂の大半は魔力として放出されてしまった。どこかに宿って済むような話じゃない」
「……だとしても、あの時は他に方法がなかったんです。でなきゃあの場でローアも、その後できっと皆も……」
「ああ、間違いなく全員殺されていただろう。ファルヴードの奴は、かつて【七魔神】最強だったアスモディルスの力を取り込んでいたし、【死神】の二つ名を持つデスペラルドの魂魄狩りの大鎌すら手にしていた。……でもだからと言って、君が死んでいい理由にはならないんだよ。見たまえ、現世の光景を」
初代はさらに盛大なため息をついて、空間の中に何かを映し出した。
……そこには俺の体を抱いて泣きじゃくる人間姿のローアとフィアナと、他の神獣たちの姿があった。
どうやら皆は力を合わせ、二体の【四大皇獣】もどうにか倒しきったようだが……。
「どんなに手を尽くしても、君が目を覚まさないから彼女たちは……」
滂沱と涙を流すローアたちを見て、皆にどれほど大切にされていたか、改めて思い知った
鳴き声だけでも胸が壊れるほどに締め付けられる思いだが、しかしどうか……許して欲しい。
魂を焼き尽くして死んだ俺には、もうどうしようも……。
「……あいたっ!?」
今度は拳骨を頭に振り下ろされ、思わず呻いた。
……温厚な初代も、今回の件については本当に怒っているらしかった。
「分かる、分かるよ。仕方がないとか思っているんだろう? かつての僕の半身もそうだった。そうして、愚かにも自己満足気味に神獣たちを残して先に逝ってしまった……だが!」
初代は頭を抑える俺の肩を持って、力強く言った。
「そうはさせない。このまま死んだら君は絶対にあの世で後悔する、断言してやる。もし君がこのままあの世へ行ったら、君は頭を抱えることになるだろう」
初代がそう言った、その時。
「わたしが、わたしがこんなもの、お兄ちゃんにあげちゃったから……」
初代が魔力で映している現世の様子を見ていると、ローアが俺の握っていた短剣を手にして、涙を流していた。
涙を流すマイラが後ろから抱きかかえるようにして、何やらローアを諭している。
「……ローア……!」
思わずローアの名前を呼ぶと、初代が少しだけ笑った。
「ふふっ。大切な相棒のあんな顔を見たら、君も何とかしようって気になったらしいね。……だったら、今回だけ特別だ」
「……えっ? まさか、生き返る方法があるとでも?」
思わず勢いよく問いかけると、初代は苦笑した。
「忘れたのかい? この真っ白な空間は、君の夢の中だ。君は夢を見ている状態、つまりまだ、正確には死んでいない。……心臓もほぼ止まりかけで、限りなく死体には近いけど。でもまだ死んでいないからこそ、やりようはある」
初代は体から強い光を、温かな魔力を放って、俺の全身を照らし出した。
すると映っている現世の自分の体も、淡く輝きを放ち出し、ローアたちが目を丸くしている。
「僕の魂や渓谷に満ちる魔力を使って、君の魂を再生させる。魂も元を正せば、生命力である魔力の塊だ。何より、まだこうしてギリギリ話ができるくらいに君の魂の軸は残っているから、やってできないことはないだろう」
初代はそう言いつつ、俺の足元に魔法陣を描き出した。
そして手早く作業を進めながら、話を続けた。
「大魔術の代償として、流石に今の僕は消滅するけど、これで君は助かる。僕の力と渓谷の膨大な魔力を合わせれば、恐らくは寿命も元通りか、それ以上さ。……ここはひとつ、魂だけになっても魔力の扱いを百年単位で磨いていた僕に、一生分の感謝を捧げて欲しいくらいだ」
「なっ、消滅って……!?」
慌てて初代を止めようとしたが、逆にこちらが手で制された。
「おっと、君に拒否権はないからね。それに僕は死人だ。魂がまだ半分、現世に残っている方がイレギュラーなのさ。そろそろあの世でゆっくりくつろがせておくれよ。……僕に懐いていた神獣たちも何人かは、向こうで待ちくたびれているだろうから」
それから魔法陣を描き上げた初代は、腕を組んだ。
「……ま、生き返ってしばらくの間は、せいぜい神獣たちにお説教を食らうことだね。それが身勝手にも死にかけた、君への罰にもなる」
初代は「まあ若人、せいぜい頑張りたまえよ!」と陽気に笑って手を振り、全身の光を強め、こちらの足元の魔法陣に魔力を送り込んでいく。
それから目を開けていられないほど、閃光が溢れていき……。
***
「……っ!?」
がばりと、勢いよく起き上がった。
ファルヴードに半透明な手を突っ込まれた胸に穴が空いていないかを確認し、ほっと一安心する。
両手を握ってもちゃんと動くし、全身の感覚もある。
瘴気の矢などで傷ついた体も、初代の力か、それとも神獣たちの手当てのおかげか、治癒が済んでいた。
呪いに蝕まれている感覚すら、今はない。
それからゆっくりと皆の方を向くと……。
「お、お、お……お兄ちゃん!? 起きたぁ〜っ!!」
大泣きのローアに抱きつかれ、さらにフィアナやマイラや、クズノハたちまで次々に。
「よかったーっ! 置いていったらやだもんーっ!!」
「ご主人さま、いきなり体が光って……! もう、蘇生する力を隠し持っていたなら早く起きてよっ!」
「全く。今後、無茶は大概にして欲しいものね……」
「その通り! あんな形で今生の別れなど、妾は許さぬぞっ!」
「師匠、進化したわたしの力を見せるのがまだですわよ!」
「マグさん、また会えて本当によかった……」
皆各々、涙ぐみつつ俺を心配するなり怒るなりしながらも、確かに寄り添ってくれていた。
それから不意に耳元で、もう存在しないはずのあの人に囁かれた気がした。
──ほら、現世に戻ってよかっただろう? それとしばらく皆に泣かれた後、こりゃやっぱりお説教を食らうパターンだね。
「……ええ、全くです」
皆を助けたつもりが、自分もまたあの人と、皆の必死な思いに救われたのだ。
救われて、こうして息を吹き返した。
だからこそ、また皆と同じ世界で、生き続けていける。
そう感じて、俺は皆をまとめて抱きしめ返した。
自分のものか皆のものか、はたまた両方か、頬に熱いものが伝うのを感じる。
それからはただ「ありがとう」と言って目を瞑り……長く長く、そのままでいた。
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