70話 【神獣使い】vs最後の【魔神】その3
「うぅっ、捕まらないもん……!」
ファルヴードの空間制御能力の範囲内に入らないよう、ローアは逃れるように飛行してく。
部屋の各所にある巨大な柱などの影に隠れるが、ファルヴードは空間制御能力を使ったのか、遮蔽物を次々に圧壊させて瓦礫の山に変えていった。
『いやはや、お見事。その洞察力と勘のよさ、実に羨ましい。我が弱点を見破った人間は、彼に続いて君で二人目。【神獣使い】とは勘のよさも能力のうちなのでしょうか?』
「減らず口を……!」
『ですが、私の力を見破った以上は……いえ。それ以上に、君との戦いを終えるのは、あまりに惜しすぎる。我が望みと背反しているとしても、戦神たる【魔神】としての本能が囁くのですよ。強者との戦を続けたいと!』
ファルヴードは大鎌に瘴気を溜め込み、横薙ぎにした瞬間に解き放った。
三日月型の瘴気の斬撃が大鎌から幾重にも放たれるが、ローアは持ち前の敏捷性で全てを紙一重で回避していく。
背にいるこちらすら振り落としかねない連続した急制動を絡めたローアの動きは、あの【魔神】の猛撃を全てすり抜けていく。
だが、ローアもただ逃げているだけではない。
「ふんっ!」
ローアは宙に浮く瓦礫の隙間を縫って飛び出し、ブレスをファルヴードへと連続して叩き込んだ。
小刻みに五発、一発で曲げられるなら連続ならどうかという考え。
『悪くない手ですが、所詮は児戯』
次の瞬間、ファルヴードの姿が視界から消え失せ、代わりに奴のいた空間に巨大な瓦礫が現れた。
五発の閃光で瓦礫が爆ぜ飛び、四散する。
急いで首を回すと、奴は更に後方へと現れていた。
──高速で避けたのか?
それにしては予備動作があまりにもなかった上に、突然出現した瓦礫についての説明がつかない。
加えて、奴から感じる魔力がいくらか削れているのを感じ取れた。
「空間制御を使ったのは確実……まさか、瓦礫ごと空間を入れ替えたのか!」
『君は実にいい。思考の速さは戦略性に直結します、強者の特徴ですね』
ファルヴードはそう言いつつも、改めて空間を自由自在に飛行し始めた。
……自由に空間を入れ替え、転移できるなら、最初から俺たちの背後に移動すればカタがついていたはずだ。
けれどそれをしなかったということは、奴の空間制御能力には、やはり距離の制約があると見て間違いない。
「ローア。目測だけど……奴の空間制御能力の間合いは大体、成体のドラゴン二人分。それだけの距離を取り続けてくれ!」
「うん、了解っ!」
ローアは翼を広げ、ファルヴードとの距離を更に離した。
するとファルヴードは痺れを切らせたのか、瘴気を矢として乱射しながら呻いた。
『煩わしい。まずはちょこまかと動く、その足場から止めた方が良さそうですね』
ファルヴードは空間転移を繰り返して急接近しつつ、腕を水平に振った。
連発した空間制御の代償として、奴の膨大な魔力がごっそりと削れていくのが分かる。
けれどあの一振りによって広範囲の空間が雑に歪んだのか、大風圧が起こり、ローアが姿勢を崩してしまう。
「うっ、この……!?」
俺は背から振り落とされ、ローアも真下へ向かっていく。
「ああっ……きゃぁっ!?」
体勢を大きく崩されただけでなく、空間の歪みで片方の翼を痛めてしまったのか。
ローアは翼を広げて飛ぼうとしているが、宙でもがいているような状態だった。
──このままだと二人揃って床に叩きつけられる、だったら!
「ローア、人間の姿になるんだ!」
「う、うんっ!」
ローアが光をまとって人間の姿になった直後、俺はローアを抱えつつリーサリナの羽根を使って宙に浮こうとした。
しかしその最中、ファルヴードが瘴気の矢を生成しているのが視界の端に映り込む。
──まずい!
此の期に及んでは、避ける暇もない。
神獣の力の起動に割いていた集中力を切り、反射的にローアを庇うように抱きしめると、背後から放たれた矢が俺の体の各所を貫き、全身を衝撃が駆け巡った。
「がっ……!?」
激痛と共に、体から力が抜けていく。
肉体が鉛に変化していくような錯覚すら覚え、冷や汗が吹き出す。
──デスペラルドの瘴気の矢とも違う、毒か!? ……違う。これはもっと……!!
今の奴は、アスモディルスの力も取り込んでいる。
感覚からして、あの瘴気の矢にはアスモディルス由来の呪いが込められていたのだろう。
その呪いが毒のように体を蝕んでいき、徐々に自由と感覚を奪っていく。
……けれど、ローアには辛うじて矢は届いていない。
「……ローア、無事でよかった……!」
「お兄ちゃん、血が……!?」
力が抜けていく他、各所にできた深い裂傷からの出血も少なくない。
それでも痛みに呻いて止まる訳にはいかない。
マイラの水の腕輪を起動し、大楯の形状に変更。
魔力を集約して、後続の矢から腕の中のローアを守る。
それから壁際に長剣を突き立て、どうにか静止した。
……しかし上から、ゆっくりとファルヴードが迫り来る。
『ここが君たちの死地になるのは、最早変えられぬ定め。……いいえ。【神獣使い】とは、やはりこの場で我が手にかかる運命なのでしょうか』
「な……何だと?」
出血と呪いで朦朧とする意識の中で問えば、ファルヴードは答えた。
『この場所でかつて、彼……原初の【神獣使い】にも深手を負わせたのですよ。彼の魂の一部を引き剥がしたあの柔らかな感触、今でもよく手に馴染んでいます』
「た、魂を……?」
震える声音のローアに、ファルヴードは片手を開閉して見せた。
『ええ。私もただでは敗れません。彼の猛攻により、活動可能な【魔神】が私しか残っていなかった当時、最後に私を封じようとしてきた彼の魂をこの手で剥がし……その隙に逃れたのです』
距離を縮めてくるファルヴードの圧力に、腕からローアの震えが強く伝わってきた。
「そうか、初代の魂を読み取ったっていうのは……!」
『ええ、その際です。私の一手で、彼も長くは生きられなかったと思いますが、私も長らく眠らざるを得ない状況でした。おあいこですよ。……どうでしょう? 君を同じようにして倒すというのも、一興ではありませんか』
「や、やめてっ! お兄ちゃんにはもう酷いことしないで!!」
泣き声で訴えるローアに、ファルヴードは告げた。
『主を庇うその心意気、好感が持てます。しかしそのように彼の足を引っ張るようでは、戦の邪魔になる。……ならば、君の魂からいただきましょうか』
「……っ!」
『早々に退場する対価として、せめて肉を剥がすが如き絶叫を期待します。君が私を愉しませれば、主の寿命はそれだけ伸びるでしょう。可能な限り、長く長く耐えていただきたい』
「ど、どんなふうになったって! お兄ちゃんはわたしが……っ!」
ファルヴードがゆっくりと近づきながら腕を伸ばしてくる。
ローアは目を瞑って、体をぎゅっと硬くした。
……ローアの抱きついてくる力が、一層強まっていく。
まともに動けないのに、俺を守ろうと、必死に魔力を高めているのが分かる。
……このままでは、俺より先にローアがやられる。
今ローアが神獣の姿に戻っても、翼を痛めている以上は長くは飛べない、逃げきれない。
じきに捕まって、奴に、遊び半分で……なぶり殺しにされてしまうだろう。
それを悟った瞬間、自分の中に……とある感情がドクンと強く、熱く脈打ち、渦巻くのを感じた。
──ああ……全員無事に連れ帰るって、セイナーシスにも約束したもんな。
俺は目を瞑って大きく息を吸い、体にたまった熱を出すようにして、呼気を一度吐き出した。
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