68話 【神獣使い】vs最後の【魔神】その1
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「はぁーっ!!」
ローアのブレスは一直線に漆黒の城の大扉を融解させ、同時に爆散させてしまった。
粉々になった大扉の破片が飛び散った城の中は、外よりもいくらか瘴気が薄く感じる。
恐らくあの瘴気は城を隠し、配下の軍勢に魔力を分け与えるものなのだろうと、直感的に悟った。
「……となれば、【魔神】本体は瘴気をあまり纏わないのか……?」
あまりに楽観視がすぎる気がしたが、さて、どうなるか。
城の中は巨大ながら閑静で、悪魔たちの気配もない。
いくらか反撃を食らうと思っていたので、その点は少々拍子抜けだったが……その静けさが、一層不気味さを引き立ててもいた。
障害物や扉をローアのブレスで消しとばしながら、ひたすらに城の最奥へ。
それから最後の大扉を突破した先……開けた空間へと出た。
相変わらず薄暗いが、金に彩られた華美な装飾が真っ先に目に入る。
他にも彫刻や絵画なども設えられ、ここがこの城の主の一室であることを示している。
そしてこの部屋の奥、数段高くなっている場所にある巨大な玉座に……誰かが座っている気配があった。
室内の薄暗さもあり、顔立ちはよく見えない。
しかし気配の主は軽く両手を叩きながら立ち上がり、ゆっくりとこちらへ向かってきた。
『いやはや、よもやここまで素早く私へと辿り着くとは。見ていましたよ、君たち一行の姿を。互いを強く信頼し合う絆……でしょうか。実に人間と神獣らしい切り抜け方です』
声音から推測すれば、まだ年若い男の声。
けれどその身に纏った魔力が、重圧のように感じられるほどに濃い。
神獣を超越して余りあったデスペラルドやアスモディルスと比べても、文字通りに桁違いだった。
……間違いなく、こいつが【魔神】。
デスペラルドやアスモディルスと違って人間と同じ大きさであることは意外だったが、相手が【魔神】ならやることは変わらない。
剣を抜き放とうとした刹那……近寄ってきていた【魔神】の素顔が露わになる。
その顔を見て、俺は……文字通りに固まってしまった。
「な、なっ……!?」
霧の中に沈んだように消えかかっていた記憶の一部が鮮明になり、一気に蘇る。
その顔、その声。
……その姿を、俺はよく見知っていたのだ。
「あ、あなたは……!?」
──なぜ、一体どうして。
混乱しかけていると、【魔神】は首を傾げた。
『はて、君とは面識はなかったと思いますが。もしやこの時代の人間でありながら、この面貌の人間、原初の【神獣使い】を知っているとでも?』
「知っているも何も……!」
目の前の【魔神】は、あの夢に出てきた青年の姿そのものだった。
漆黒の甲冑を身に纏い、瞳こそどろりと濁ってはいたが……間違いない。
となれば、毎晩現れたあの人は。
「……やっぱり、初代【呼び出し手】だったのか」
実を言えば、夢の中で、あの青年の正体をそう感じることは何度かあった。
神獣や魔力に関する膨大な知識に、圧倒的な技量の剣技と身体能力。
そんなものを数多く持ち合わせている非生者……つまり死者となれば、初代かそれに類する者以外ありえないだろう。
「でも、どうして【魔神】がその姿を!?」
姿や顔立ちは明らかに初代のそれだが、気配は真逆。
人間らしい感情が削げ落ちている目の前の【魔神】からは、あの人の好くような笑みの一切を感じ取れない。
【魔神】は肩を揺らし、くくっと低く呻き……否、嗤っていた。
『尋ねたはずですよ、この面貌の人間を知っているのかと。所詮、この姿形は借り物で紛い物。魂ごと読み取った原初の【神獣使い】の姿ならば、あの忌々しい銀龍に対しての牽制程度にはなるかと思ったのですが、いやはや。我が軍勢の半分を削って撤退とは、興醒めです』
【魔神】は『彼も耄碌しましたね、実に嘆かわしい』と肩をすくめた。
……何が耄碌しているものかと、この場にクズノハがいたなら【魔神】を罵ったに違いない。
まさかあの悪魔の大群は、銀龍が半分も削った後だったとは。
銀龍の底力と悪魔の大群の恐ろしさを感じていると、ローアが唸った。
「……ねえ、どうしてあなたはわたしたちの渓谷を襲うの? 何のために、どうして皆を傷つけようとするの?」
ローアの糾弾に、【魔神】はこちらを指し、こともなげに答えた。
『単純な話ですよ。君の主を確実に倒すためです』
「なっ……!?」
一体何を言い出したのかと、耳を疑う。
……こいつがわざわざ渓谷へ侵攻する理由が、俺を殺すためだと?
『おっと、勘違いをしないでいただきたい。君がいるから渓谷に乗り込んだのではありません。この地で君に出くわしたのは、寧ろ私にとっても大きなアクシデントなのですよ。正確には、君を確実に倒す魔力を得るために渓谷へ侵攻した、ですかね』
「……それでドラゴンの大群を、正面から相手取るとしてもか?」
問いただすと、【魔神】はさも当然のように頷いた。
『銀龍すら退いた今、ドラゴンの大群風情が何だと言うのです。我が瘴気の帳を突破できるのは、同胞たる【魔神】の他には【神獣使い】のみ。逆にドラゴンの雑兵程度に遅れを取るならば、君の打倒など叶いませんよ』
「……嫌に買い被られたもんだな」
要するに、ローアの故郷が危機に見舞われているのは俺のせいなのか。
苦虫を噛み潰したような心持ちでいると、ローアは毅然と言った。
「お兄ちゃん、気にしないで。何にせよ、あいつを倒せば終わりだもん! それに魔力を求めて渓谷に来たってことは……!」
「あいつもアスモディルスみたく、不完全体で復活したのか?」
既に尋常ではない魔力を纏っているが、不完全体ならどこかに弱点があるかもしれない。
……そんな淡い希望を抱いた刹那、【魔神】の姿がかき消えた。
『おやおや、何か勘違いがあるようですが』
「……っ!?」
背後から聞こえた声に、背筋が凍りついた。
咄嗟に長剣を抜き放って勘任せに反転すると、【魔神】の面貌が間近にあった。
『私は既に、完全なる復活を遂げているのですよ。今のままでも、渡り合うなら十分以上』
「くっ……!?」
長剣を振ったこちらに対し、【魔神】は素早く離脱し……こともあろうに宙に浮いていた。
「飛んだ……!?」
『この程度で驚いていただいては困りますがね。ご足労いただいたのですから、もう少々おもてなしをしましょうか』
【魔神】は直下に魔法陣を展開。
そこから闇色の瘴気を噴き出し、大鎌を生成して手に取った。
さらに【魔神】は直下の床から様々な形状の骨を召喚し、漆黒の鎧の各所を瘴気と共に武装し、補強するように纏っていく。
それらの光景に見覚えがあり、思わず冷や汗が垂れ落ちた。
「その能力は、デスペラルドとアスモディルスの!?」
『ご明察。散り消えた彼らの力を借り受け、私は全盛期……原初の【神獣使い】としのぎを削った際と同等の力を手にしました。退屈はさせません、君も存分に愉しんでください』
「【魔神】が【魔神】の力を取り込むなんて……!?」
「ローア!」
声をかけたのと同時、ローアが翼を広げて飛び上がった。
その瞬間、俺たちが元いた場所に瘴気の矢が幾重にも突き立ち、床を荒々しく破壊した。
「お前は、一体……!!」
『名乗り遅れましたね。私は【七魔神】が一柱、ファルヴード。かつては魔王の二つ名で呼ばれたものですが、現代にまで伝わっているでしょうか』
ファルヴードはぐるりと回した大鎌を構え、力強い声音で告げた。
『さあ、宴を始めましょう。我が同胞、【死神】デスペラルドをして【世界最強の神獣使い】と言わしめた君の力、ぜひこの身で味わいたい』
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