65話 【呼び出し手】と青年の話
青年との修行では、魔力の扱い以外に純粋な俺の「動き」も矯正されていった。
踏み込みに思い切りが足りないとか、剣を振るならもっと角度を考えろとか、力を剣に乗せることをイメージしろとか。
端的に言ってしまえばその程度だが、既に癖になっているものを直していくのは想像以上に難しかった。
……そして、そんな最中。
「君の至るべき境地はこんなものじゃない。この程度では、今の奴には敵わない!」
「……今の、奴……?」
青年は何度も「奴」と口にしていた。
けれどその「奴」が何なのかは、いくら尋ねても一切教えてくれなかった。
「……すまない、それは教えられない。もし教えれば全てご破算……そういうルールなんだよ、この世界は」
ひとまず、彼はこの一点張りだった。
それはどういう意味なのか、より正確な言葉で、と重ねて聞いてみたものの、彼はその言葉についても詳しく語ろうとしなかった。
……あまりに頑なすぎて、彼はまるで、大きな何かと強い契約を交わしているかのようだとさえ感じた。
「もし僕がそのルールを破れば、君との修行もできなくなってしまう。それどころか……だからすまないが、何も教えることはできない」
彼はそう諭すように言い、修行に戻っていく。
そんなことが幾晩も繰り替えされ……一体、夢の中でどれほど経っただろうか。
夢の中だからか、体感時間が現実とは大きく異なる気がする。
一ヶ月か、もしくはそれ以上に感じられる修行が続き、ようやく魔力の扱いもまともになってきた頃。
「う、うおおっ!!」
「……っ!」
散々打ちのめされ続けた末、一瞬の隙をついて全身から魔力を放出。
激突するように捨て身で突っ込み、俺の剣が青年の服の端を掠めた時、彼はようやく「合格かな」と太鼓判を押してくれた。
「これだけ動ければ、神獣の支援が受けられる現実なら十分以上に力を発揮できるだろう。身体能力を限界まで底上げしている僕を相手に、よくここまでついてきてくれたよ」
──ってこの人、魔力での加速以外に自分だけ身体強化を……。
一体どんな方法かは分からないが、道理で動きが化け物じみていたはずだし、逆に俺だけ素の状態で戦わされていたのか。
そりゃ勝てないはずだと、脱力しながらどさりと座り込んだ。
夢の中での修行とはいえ、何度も地べたに転がされれば疲労も溜まるのだ。
青年は「ずるとは言わないでくれ。修行のためだ」と困ったように笑いつつ、俺の横に腰を下ろした。
それから剣気とでも言うべき鋭い気配の一切を取り払った、自然な状態で話し出した。
「延々と修行ばかりじゃ、代わり映えしない。だから僕と君との思い出に、少し華を添えようかと思うんだ。……ちょっとした与太話なんだけどね」
彼は「ただ、この話は君にとって重要でもある。心して聞いて、少しでも現実に持ち帰ってほしい」と釘を刺すように言い、続けた。
そこから先、俺はなぜだか……ただ彼の話に聞き入っていた。
「今更だけどね。【呼び出し手】は神獣に好かれやすい魂の形をして生まれてくる傾向にある。あくまで傾向だけど、そもそもスキルとは己の魂の形にそって顕現するものだからね。……あ、やっぱり知らなかったかい? まあ、僕が生きていた時代でも知っている人間は少なかったよ」
「神獣は【呼び出し手】の心のうちを『声』として聞ける。心の声はごまかせない。だから心根がまっすぐな者には、神獣たちはすぐに心を開いてくれるんだよ」
「マグ、君は【魔神】に立ち向かえるほどには度胸のある男で、仲間思いだ。加えて弱体化していたとは言え、【魔神】を単身で倒せる実力も持ち合わせている」
「……おっと、謙遜はなしだ。僕は君の記憶から読み取った事実を、淡々と述べているだけだからね」
「ともかく、君のその心の有り様は稀人のそれだ。銀龍の奴も言っていたけれど、その在り方は決して忘れないでほしい。何せ君を【呼び出し手】……いや、【神獣使い】たらしめているのは、根本的にはその心なのだから」
「神獣達が君を気に入っている大きな理由は、君の中に、強い気概が宿っているの感じ取っているからだ。神獣達は出会った時から、【魔神】すら打倒しうる君の心の本質を見透かし、その上で君を気に入ったと言っても過言ではない」
「だから君は、どんな困難に直面しても挫けてはならない。きっと君が挫けたが最後、君を支えとしている神獣達も総崩れになる……かもしれない」
「ふむ、信じられないって顔だね? でも……君の周りの神獣達は皆、現に君を中心として寄り集まっているだろう? だから君はどんな時でも、彼女達の支えたりうる強い者でいなさい」
「……と、色々説教っぽく言ってみたものの、【魔神】を単身でねじ伏せるような君には、お節介が過ぎたかもしれないけれどね」
青年はそう言って立ち上がり、俺に手を差し伸べてきた。
彼は普段通りのすっきりとした表情だったが、そこには小さく陰があるようにも思えた。
俺はその手を取りながら、青年に尋ねた。
「その……もうあなたには、会えないんですか?」
「……。どうして、そう思ったんだい?」
どうして、どうしてか。
強いて言うなら勘だけれど、この気持ちを、彼の表情から読み取ったこの感覚を何と言ったらいいのか。
困っていると、青年の方が答えてくれた。
「ああ、いや。あんな話をすれば、誰でも分かってしまうか。……そう、僕が君の力になってあげられるのは今宵までだ。きっと君はこれから、奴に、きっと大きな壁にぶち当たる。だから僕は、それを破る手助けを少しでもしたいと思った……ただの厄介でお節介な、夢の住人なのさ」
会った時と同様、気さくな笑みでそう告げる青年。
「最後にせめて、あなたの名前だけでも教えてはくれませんか? 今までお世話になったのに、まだ名前すら聞けていない」
聞くと、青年はやはり首を横に振った。
「ずっと僕が君に名乗らなかった理由、きっともう気づいているだろう? 名乗らないんじゃなくて、名乗れないんだよ。奴の正体を明かせないのと同様に、ね」
青年は「これくらいなら言ってもいいか」と前置きをしてから、困ったような、はたまた呆れたような、曖昧な声音で言った。
「……僕が生者の君にお節介を焼いているだけでもギリギリなのに、これ以上は望めない。望めば全てがなかったことになってしまう。……それがこの世のルール。破った者たちには、ただならぬ天罰が下るのさ。成人の儀で、各々が授かるべきスキルを天から授かるように。罰もまた、受けるべき者に下される。こればかりはどうしようもない」
「……」
彼は少しだけ不思議な言い回しをしていたが、言わんとすることは、何となく分かった。
そして……昼間のある時にクズノハに聞いてみたが、夢に入るスキルも魔術も、はたまた神獣の能力も、そんなものは「この世のどこにも存在しない」と断言された。
それを考えれば、つまり彼は……。
「おっと、そろそろ朝日が昇る時間だね。僕も粗方の力を使い切ったし、恐らくはもう二度と会うことはないだろう」
そう言った青年の体は、透けて半透明になりつつあった。
「僕の姿が透けて、消えていくように。きっとこの夜のことも、君はいつしか忘れてしまう。ここはあくまで夢の中なんだから、それが道理だ。……それでも君が、僕と修行をしたって『真実』までは消えやしない」
「……真実」
「そう、真実。善かれ悪しかれ絶対に消えないもの、それが真実。だからここで得た力は、決して消えない」
……そうか。
俺はこの人のことを、この夜のことも、いつか忘れてしまうのか。
しかしそれはある意味、この夢での邂逅の代償であるようにも、仕方がないようにも思えた。
「けれど、そうは言ってもお別れは寂しい。だからまたどこかで、奇跡的にでも会えたら、僕は嬉しいよ。……そう思わないかい、マグ?」
「ええ。俺もいつかあなたとまた会って、ゆっくり話がしたいです。……お世話になりました」
最後に軽く会釈をすると、彼は軽く手を振ってくれた。
そうしているうちに、真っ白な空間が砕け始めた。
散り散りになって、光に包まれていく。
青年の顔も声も、目覚めるに従い、いつも通りに鮮明に思い出せなくなっていき……。
「……朝、か」
「お兄ちゃん、おはようっ!」
今日もまた、朝陽とローアの声で目が覚めた。
けれど今日は、普段以上に力が漲っているような、心が洗われた気すらしていた。
そんな感覚から、ふと思った。
──あの夢は、やっぱりただの夢じゃなかったんだな、と。
夢幻と言われればそれまでだが、彼の残してくれた言葉が、鮮明に心に焼き付いている。
けれど青年の顔も声音も朧げになりつつあり、これが彼の言った「忘れる」ということなんだろうと悟った。
……けれど『真実』は、確かに彼から学んだ技術が消えているとは思わない。
現実ではまだ試していないけれど、今なら彼と同じように現実でも動けると、確信めいた予感があった。
魂に刻まれたものは、簡単になくならないといったところだろうか。
そして彼が最も大切そうに言っていた言葉も、確かに残っている。
「『その在り方は決して忘れないでほしい』か。つまりは、俺は俺のままでいろ……ってことかな」
「……? お兄ちゃんはずーっとお兄ちゃんのままなのに、どうかしたの?」
ローアがこちらを覗き込みながら、不思議そうに首を傾げている。
……どうやら考えていたことが、口から出ていたらしい。
少し恥ずかしくなってきたので、その場は誤魔化すようにローアを撫でてみた。




