63話 【呼び出し手】と青年の修行
セイナーシスに連れられ、渓谷内をぐるりと見て回った、その日の晩。
相変わらず豪勢かつ独特な旨味のある料理を振る舞われ、腹一杯になった後。
俺や神獣たちは、昨晩と同じ場所で眠って一日の疲れを癒すこととなった。
クズノハが魔術で作成した寝具の上に寝転がっていると、俺の横にローアがやってきた。
「ローア、クズノハがせっかく人数分の毛布とか作ってくれたのに、こっちでいいのか?」
「狭いより、一緒に寝てあったかい方がいいもん」
ローアはそう言いつつ、俺の毛布にもぞもぞと入ってきた。
……すると。
「おっ、それならあたしも入っとこっ!」
「フィアナもか……」
悪ノリして便乗してきたフィアナが、俺を挟んでローアとは別の方に潜り込んできた。
そんな様子をマイラやリーサリナは微笑ましげに見守ってきたが、じーっとこちらを眺めていたクズノハが一言。
「……明日から全員で眠れるよう、寝具を大きくするかの」
うむうむと一人で頷いているクズノハ。
……我が家でも度々皆と一緒に寝ているから、ベッドを大きく作り直したりもしたが。
しかし神獣というのは、固まって眠る習性とか、性質でもあるんだろうか。
そんなことを考えていると、横のローアやフィアナの温かさや甘い匂いもあって、次第に意識が曖昧にまどろんでいき──
***
「──ああ、その通りだよ。君の考えたように、どの神獣も故郷では、家族や仲間と固まって眠ることが多い。神獣は皆、愛情深い性質を持つ生き物だからね」
「……っ!?」
いつの間にか、一面真っ白な空間にいた。
上下左右、どこを見ても白しかない。
けれどそんな空間の中、俺の正面には長身の青年が立っていた。
短く横流しにした金髪に青空のような碧眼、それにすっきりとした顔立ちをしている。
どこかの国の若き王……不思議と、そう思える気品すら感じられた。
「やあ、君とは初めましてだね」
気さくな笑みを浮かべる青年は、こちらへとゆっくりと歩いてきた。
「初めましてって。ローアにフィアナ、それに他の皆は……?」
あたりを見回しながら呟くと、青年が答えた。
「うーんと、それはきっと君と一緒に眠っていた神獣たちかな。それなら大丈夫、ここは君の夢の中だ。現実の彼女たちは、今も君の体と一緒に眠っているよ」
「そうですか、それはよかった……って、そうじゃなくて。ゆ、夢の中?」
信じられない思いで聞き返すと、青年は頷いた。
「そう、夢の中。ここは言い換えれば、君の精神の世界だ。この真っ白な世界に映し出すようにして、毎晩君は夢を見る。しかし今宵はこうして、僕がこの場所を借り受けているって寸法さ」
「……あなたは、一体?」
夢の中に入り込む力を持つスキルや魔術……いや、聞いたこともない。
もしや神獣特有の固有能力かと思ったが、夢を食らうとされるバクですら、夢そのものに入り込めるとは聞いたことがない。
考えにふけっていると、青年は両手を挙げた。
「おやおや。君の気持ちは分かるが、あまり警戒しないでくれたまえよ。何せ僕には……いや、僕らにはあまり時間がない。あまり余計なことをしている暇はないんだ」
「時間、ですか?」
「そう、時間。何せ僕がこの空間を君から借りていられるのは、君が本来夢を見ている間のみ……つまりは、夜明けまでってことになる。そして僕は今宵の時間を使って、君に早急に教え込まなきゃいけないことがある」
青年が両手を広げると、手の中に剣が二本、魔術のように現れた。
それから青年は一本を俺に放り、もう一本を構えて告げた。
「さ、君も構えて構えて。今から君に……戦い方を叩き込んであげよう。修行だ」
「……へっ?」
いやいや、会ったばかりでいきなり何を言い出すのか。
それを聞くより先、青年の体が迫ってきた。
「ふっ!」
正面へ踏み込んでの一閃。
しかしながら、ただそれだけの動作からさえ高い技量を感じた。
無駄のない滑らかな、はたまた演舞のようにも思えるほど、美しい動き。
それでいて残像すら置き捨てた速度で、青年は剣を振るった。
その速度は……かつて相手をした【魔神】デスペラルドを彷彿とさせた。
「くっ……!?」
こちらも剣を構えて渾身の受け止めると、足元に大きくヒビが入って、白い空間の一部が砕けた。
「うっ、この……!?」
今の俺は、神獣の武装を持たず、神獣たちの力で身体強化をしていない状態。
素のままではあまりに負荷が大きすぎて、体が潰れる……そう感じた刹那。
「……あれっ?」
別段、体に異常はない。
足元が砕けるほどの一撃を受けたのに、よろめかずに持ちこたえられている。
目を白黒とさせていると、青年は言った。
「ふふっ……そう驚くことじゃない。この空間の君の体は、現実のものとほぼ同様の身体能力だがね。しかし君はこれまで、幾度となく神獣の力で体を強化してきただろう。それによって素の体も、次第に強化状態に近づいていった。……これはただ、それだけの話さっ!」
青年はそう説明をしながらも、剣でこちらを上から押し込んだ直後に回し蹴りを仕掛けてきた。
回避不能な爆速の蹴りを腹に受け、俺はそのまま数メートルほど吹っ飛んだ。
反射的に痛みに呻きそうになったが、やはり思っていたほど痛みはない。
「話の最中だったとは言え、油断とはよろしくないね。今のが現実で、僕が本気だったら、君はよくて致命傷だ」
「この……!!」
どうしてこんな状況になったのかは分からないが、黙って叩きのめされる筋合いもない。
立ち上がり、覚悟を決めて剣を構えると、青年は薄く笑みを浮かべた。
「その瞳……いいね。僕に食ってかかろうって気配に満ちている。ああ、そうでなくっちゃ意味がない!」
「……ッ!!」
全力で地を蹴って、青年に肉薄する。
神獣の力で身体強化をしている時ほどではないが、しかし確かに体は想像以上に軽い。
──この人の言った通り、素の状態でも想像以上に動ける!
「ハァッ!」
横薙ぎに剣を振ると、青年は大きく跳躍して横へ避けた。
しかしこちらも止まらない。
勢いのままに回転して方向転換し、そのまま青年に突っ込む。
「反応速度、なかなかによし。だけど……!」
次の瞬間、青年は剣を投擲してきた。
予想外の攻撃だったが、まだ対応できる。
こちらも剣を振って、青年の剣を弾き上げた……が。
「まだまだ、甘い!」
青年は俺が剣を弾いた直後に真正面に現れ、胴へと拳を叩き込んできた。
「くっ……!!」
瞬時に後ろへ跳ねて衝撃を和らげるが、掠っただけでも大きく吹っ飛ばされた。
軽い痛みを感じるより先、驚愕の念に目を見開いた。
青年は地面に突き刺さった剣を抜き、こちらへ向けた。
「今の君はあくまで、高い身体能力にものを言わせて、獣のように力一杯動いているに過ぎない。剣術も我流、加えて武器で戦うことに意識が向いていて、体全体で戦うことに注意が向いていない」
「体全体で……?」
「そう、体全体だ。人間には今みたいな蹴り技もあるし、拳で殴ることも、頭突きだって可能だ。けれど君はあくまで、我流の荒い戦法……現実では神獣の武装で攻め立てるのみ。その他は回避に全振りだ。……さっきの僕のように、場合によっては剣を投げ捨てる柔軟な選択肢だって、時には必要だ」
「……俺に戦い方を叩き込むって言うのは、要するに」
「そう、実戦形式で君の荒く固い点を矯正しながら、僕の技術を覚えてもらう。君にはこれから最低限、僕の動きについて来れるように……いいや。僕の動きを超えられるよう、全て覚えていってくれたまえっ!」
「んなっ、無茶苦茶な!?」
青年の動きをみれば分かるが、彼が扱うのは明らかにれっきとした「剣術」だ。
踏み込みから軽いいなしまで、明らかに即興の業前ではない。
辺境育ちの俺が我流で剣を振っているのとは、わけが違う。
そのくせ、獣……いや、神獣じみた反応速度と、細い体から繰り出されるとは思えないほどに暴力的な膂力。
「あの動き、フィアナの長剣で体を強化して、どうにかついていける域だぞ……!?」
……だが、夢にフィアナの長剣は持ち込めないし、ない物を考えても仕方がない。
身体能力で劣っているなら、ここは彼の言った通りに技能を見て盗み、対応するしかない。
──それによく考えたら、俺は今まで剣術を習ったことも、戦闘の手解きを受けたこともなかった。
そう考えれば、これはある意味得難い機会ではないか。
思い直した俺は、剣を構えてまた青年へと向かって行った。
「いい気迫だ。どうせここは夢の中、どれだけ動いたところで肉体的な疲労は溜まらない。思う存分、励んでくれたまえ!」
この日の晩、俺は不思議な青年との修行に明け暮れ、次第に熱中していくように集中力を増していった。




