61話 【呼び出し手】と初代の武装
「……ん?」
渓谷の内部、ドラゴンたちの住処が固まっている箇所を皆で移動している最中。
「「「……」」」
ふと視線を感じて振り向くと、岩陰からひょこりと、小さなドラゴンたちが興味津々といった様子でこちらを見つめていた。
その子たちの体高は俺の胸よりも少し低いくらいで、全体的に丸っこいシルエットをしている。
「そう言えばこの渓谷、子供のドラゴンもいるんだっけ」
そう呟くと、ローアがこちらに来て、幼いドラゴン達に言った。
「皆、出てきても大丈夫だよー! 怖くないから、それにお姉ちゃんがよしよしって撫でてあげるから、ね?」
両手を広げ、人間の姿のローアがドラゴンの子達に呼びかける。
するとドラゴンの子供達は顔を見合わせ、光を纏ってから人間の子供の姿となって駆け寄ってきた。
多分、四歳から五歳前後だろうか。
それからローアはその子達を抱きしめようと、待ち構えていたのだが。
「わーっ、にんげんさん! にんげんさんー!」
「ほんもの? ここのおとなたちみたいに、変身してるんじゃないの?」
「あったかい〜!」
ローアを見事にスルーした子供達は、わちゃわちゃと俺の方にやってきた。
それから俺の体をよじ登ろうとしたり掴んできたり、ともかく元気がよかった。
……子供達に無視されたローアが固まってしまっているが、今はフォローを入れる余裕がない。
「うわっ、登るにしても順番にしないと危ないぞ……?」
元気いっぱいの子供達に対応しようと四苦八苦していると、セイナーシスがくすくすと笑っていた。
「【呼び出し手】殿は人気ですね。子供達が人間にここまで懐くとは、思いもよりませんでした」
「笑ってないで抱き上げるのを手伝ってくれ……うおおっ!?」
両手で二人抱きかかえたが、後ろからまた二人よじ登ろうとしてきてバランスが崩れそうになる。
流石はドラゴン、人間の子供の姿でもなかなかの力だ。
……そう言えば、子供達にスルーされて固まっていたローアはどうしたのか。
ちらりと首を向けると、なんとローアはもう目の前まで来ていた。
それから何を思ったのか、子供達が抱きついていない正面から、今度はローアが抱きついてきた。
「お、おいおい、ローア?」
「……お兄ちゃんが倒れそうだから、このまま支えてあげる」
そう言うローアはむくれていて、何だか周りの子供達に対抗しているように見えた……気がした。
──さっきまで『お姉ちゃん』って言ってたのにな……。
これでは周りの子たちと似たり寄ったりだ。
しかしそんなローアも可愛らしく思えて、ついつい撫でたくなったが、しかし両手は二人の子供達でふさがっていたのでまた後にしておく。
しばらくは他の神獣達も合わさって、ドラゴンの子供達と戯れる時間が続いていった。
……それから各所をいくらか回った昼ごろ、とある洞窟にたどり着いた。
「皆さま、次はこちらをご案内いたします。どうぞ中へ」
「この洞窟……人間が通れるくらいの大きさしかないな」
ふと気になって、そう呟く。
この渓谷にあるものは大概、成体のドラゴンに合わせて作られている。
だから何もかもが巨大なのだが、しかし目の前の洞窟は明らかに小さかった。
すると、セイナーシスが微笑んで答えた。
「ええ。ここはかつて、人間が使っていた洞窟ですから。各所を補強、整備しつつ、昔から保存してきたのです」
「……人間? それってもしかして」
「はい。初代【呼び出し手】です。聞くところによると、彼は【魔神】との戦いで傷ついたのち、この渓谷で生涯を終えたようなのです。ですからここは、彼の晩年の住処にして……今ではちょっとした、彼にまつわる博物館です」
博物館、というものはこの国にも王都にあると聞いている。
確かあれこれと、歴史的なものを取り揃えて展示、保管している場所だったか。
「ここに入るには、王族の許可が必要なのですが……姫さまが一緒であれば、問題ないでしょう」
こくりと頷いたローアは「久しぶりに入るかも」と先に洞窟へと踏み入った。
そして洞窟に入りながら、ふと思った。
「その、ローアやセイナーシスたちドラゴンが人間の姿に変身する理由ってさ。もしかして、元々はここを通って中に入るためとか?」
「そういう側面もあります。人間の使用していた物などは脆いですから、同じ人間の姿となって管理した方が都合もいいのです。……それに今時、人間社会に溶け込んで暮らす者も少なくないですし、そちらで暮らせば様々な情報も手にすることができます。便利な姿は積極的に利用すべきと、陛下も仰られていましたから」
セイナーシスの説明に、俺は長い間の謎が解けた思いだった。
神獣たちが他種族である人間の姿に変身する理由って何なのだろうかと、今までも少し考えることがあったが。
要は色々と便利だからと、そういう単純な話だったのだ。
それから洞窟の先の方が、ぱっと明るくなった。
どうやら中で、ローアが灯りをつけたらしい。
洞窟内の広々とした場所に出ると、そこには剣や盾に魔導書らしきものなど、人間の道具……恐らくは、初代【呼び出し手】が使用していたものが保管されていた。
「……ふむ、時間経過による劣化を遅らせる保存系の魔術か。なるほど、ドラゴンの膨大な魔力を使い、初代【呼び出し手】の遺品を永く保管しておると」
置かれていたものの一つを手に取り、クズノハは品定めするように眺めておた。
「初代【呼び出し手】の偉業を後世に伝えるべく、残った遺品は丁重に保管するようにと、初代と共に戦った神獣たちとの盟約がありますから。ドラゴンの中でも魔術を扱える者は、真っ先にこういった魔術を習得するのです。……逆にこの魔術を見抜いたということは、クズノハさまも扱えるのですか?」
小首を傾げたセイナーシスに、クズノハは答えた。
「うむ、妾の師匠は【天輪の銀龍】……即ち、ドラゴンゆえに。寧ろ妾が習ったその手の魔術は、この渓谷由来のものかもしれん」
「なっ……【天輪の銀龍】さまとは、初代【呼び出し手】と共に【魔神】と戦いを繰り広げていたという、あの! ……そのお弟子さまが現代の【呼び出し手】と【魔神】を討ったのも、何かの縁と言えるでしょうか」
「ふむふむ、確かにの。しかし師匠も手を焼いた【魔神】の討伐に妾も貢献できた辺り、妾も既に師匠と同格と言ってもよい可能性も……?」
褒められたからか、すっかり気分を良くしているクズノハ。
その脇を通って、俺はとあるものの前へ向かった。
……それは傷跡の多く残る、古びた鎧だった。
おそらくこれは、初代【呼び出し手】が【魔神】との戦いでずっとずっと愛用し続けていたものだろうと、何となく思った。
鎧の中から、長年が経過しても残り続ける神獣の力の残滓を感じたからだ。
微弱ながら、それでも確かな存在感のある魔力だった。
「この鎧、全盛期は一体どれだけの……」
力を秘めていたんだろうか。
そう言い終わる前に指先で鎧に触れると、一瞬。
「──」
「……んっ?」
何だか、小さな声が聞こえた気がした。
それに視界が、空間が一瞬だけ、全て真っ白になったような。
思わず手を離して、また何度か鎧に触れてみる。
けれど特に異常もなく……何も変化はなかった。
「気のせい、だったのか……?」
しかし神獣の力が少しでもこもっているなら、不思議な現象のひとつやふたつは起こるだろう。
これまでの経験からそう結論づけた俺は、ひとまず鎧のことを頭の端に追いやり、皆と共に他の武装も見て回った。




